第13話 大賢者と功罪
何と呆気ない幕切れか。
手も足も出ないとは、先ほどの状態を指すのだろう。
かつては互角以上の戦いを見せた我らも、赤子の手を捻るかのような容易さで破れてしまった。
王国の最大戦力である英雄は一人残らず死んだ。
更には第二騎士団も半壊状態。
もはや人間には魔族と対抗する術は残されていない。
あとはそのまま、静かに表舞台から消え去るのみ。
残されたものたちが不憫ではあるが、こればかりは運命と割りきるしかない。
ーー生ききった、と言える人生だったか。
己の生涯を振り替える。
若かりし頃は魔族と死闘を繰り広げ、魔王の封印を成し遂げた。
それから人類は半世紀もの間平和を享受できたのだ。
ワシらの活躍があった故にである。
その一方で、とうとう研究を間に合わせることが出来なかった。
開発は難航を極め、散々に足踏みを続け、気が遠くなるほどの時を掛けたにも関わらず、実を結ぶことは無かった。
更には王の暴走を止めることも、封印解除を阻止する事さえも失敗した。
ワシの功罪は果たしてどちらが重いのか。
秤の如く答えの出るものなのか。
ーーそもそも、研究が間に合ったとしても無駄であるな。此度のように人類自らが解いてしまえば、どんな封印も意味を成さぬ。
「本当にアッサリ解いちゃいましたよね。多少なりとも躊躇するかと思ったら、迷いが有りませんでしたよ」
ーー誰だ? ワシに語りかけてくるのは。
辺り一面はロウソク1つ無い、無明の闇である。
さらには物音も無く、人の居る気配もない。
おおよそ察しがつくが、ここは死後の世界であろう。
己が骸(むくろ)となった感覚は今でも生々しい。
だからこそ、聞きなれぬ馴れ馴れしい声が異物感を醸し出しているのだ。
「私が誰なのか、という情報は重要ですか?」
ーーいや、無粋であった。究極の無頼となったワシには全てがどうでも良いのだ。
「それにしてもアナタ。良いもの持ってますね? ほら、悲願石ですよ」
ーー石? それはもしや、この紫色のものであるか?
懐に手を入れようとしたが、腕が無いことに気づく。
いや、そもそも体も頭も何も無い。
自分の動作が余りにも間抜けで苦笑する。
それを表現するだけの筋肉すら無いのだが。
「耳にしているでしょうが、それはどんな願いでも叶えてくれるものですよ。凄いですね、画期的ですね」
ーーそうか、どんな願いでも?
「そうですそうです。どうでしょう、使ってみたりはしませんか? 死にたての今ならまだ間に合いますよ」
ーーふむ。では、早速叶えてもらおうか。
「では、どうぞ。あなたの願いとは?!」
ーー魔王の封印を頼む。解けることの無い封印をだ。
その言葉をきっかけに静寂が訪れた。
どこか気まずそうな様子の静けさである。
「うんと、実は何でもと豪語しましたが、制約があってでてすね。それをクリアしないとダメなんですよ」
ーーそれでは誇張表現ではないか。詐欺師どもの常套手段であろうが。
「いやいや、ちゃんと叶うんですよ? ただ、心の底から願わないとダメなんです。つまり、一番の願い事じゃないと」
ーー魔王を永劫に封印する事は我が悲願であるぞ。
「……本当にそう思ってます?」
ーー何だと?
「本当の、本当に、マジのガチの心の底から?」
まるで都合でも悪いかのように食い下がる。
声の主の立ち位置とはどのようなものであろうか。
「ちょっとお喋りしましょうよ。それで色々と見えてきますから」
ーーまぁ構わん。好きに致せ。
「では、失礼して。あなたは何故、危険を冒してまで闘うのです? 魔王様はメチャクチャ強いじゃないですか」
ーー何故、とは。あやつが人類の敵であるからだ。
「いやいやいや、それは名分ってヤツですよ。もっと、心の根っこにある言葉が聞きたいなぁ」
ーーそのように言われても、返答に困る。
確かに生命を賭してまで戦う理由とはなるまい。
物語に聞く英雄であれば無条件で戦うであろうが、我らはそれより大きく異なる。
彼らのような清廉さからは程遠い俗物であるからだ。
リディアは金と酒に目がなく、フロウは病的な女好き。
かつてはそのような動機で集結したのだ。
そしてワシは……。
ワシは。
「研究にしてもそうですよ。あれ、わざとですよね?」
ーー敢えて失態を演じたと言いたいのか。ワシは全力で挑み続けた。
「いえいえ、そこじゃなくて目標ですよ。わざと不可能なゴールを設定してましたね?」
ーー思い描く封印を実現するためである。最終目標を動かし様はあるまい。
「当然、あなたは失敗続きでした。どうです、悔しいですか?」
ーー大金をつぎこんで時間を空費した。そればかりは申し訳ないと思う。
「違いますよ。失敗して悔しいかを聞いてるんです」
ーー何だと?
「どこか嬉しそうですよね。目標があることに安心しますか? 手に負えない難題があると嬉しいですか?」
腸(はらわた)を抉(えぐ)られたような気分である。
自分はあの暮らしをどう考えていたか。
怒りはしたか、苛まれはしたか、無力さに襲われたりはしたか。
答えは、否。
淡々と日々の作業をこなしていた。
誰にグチを溢す事無く、人生の大半を使って。
もしかすると、快く感じていたのか。
解法があるかすら不明な難問と向き合うことが、心地よかったというのか。
「あなた、死に際の言葉を覚えてます? 最期に心に浮かんだ物事って、純粋な感情らしいですよ?」
ーームゥウ。
「昔はどうだったんです? 力を持て余しちゃいませんでした?」
ーー全くもってその通りである。なにせケンカひとつ誰とも出来なかった。
極めて退屈であった。
あらゆる難題は易しく、人々を苦しめる魔族共は弱すぎた。
そんな日々の中、リディアやフロウという友を得てようやく気が和らいだものだ。
そして、やがて宿敵と出会う。
初めてとなる己を凌駕する存在。
その者とは再会を果たした。
50年越しの腐れ縁である。
だがあの戦いぶりは、最期にしては余りにも無様であり、残念である。
ワシが一番に願うこととは、何か。
心の底から渇望するものとは、何か。
それは……。
ーー全盛期の力を取り戻したい。
「はぁい、よく出来ました! それがあなたの本当の願いなのでーす」
ーーたわけ。白々しいにも程がある。
「えへへ、すんませーん。さてと、必要なエネルギーはっと……。魂の移送、重大な怪我の回復、実年齢軸の逆行……」
景気の良い気配が一転、唸り声ばかりが聞こえるようになる。
雲行きが途端に怪しくなった。
ーーいかがした。何か不都合が?
「願いそのものは叶うんですけど、すんごい短命になっちゃいますね。半日……いや、もっともっと短いかなぁ」
ーー構わぬ。どうせ死んだ身である。
「良いんですか? 水泡みたいに一瞬かもしれませんよ?」
ーーやっていただこう。ほんのひと時でも、全力で戦えれば満足である。
「ウホッ、格好イイッ! 魔王様が居なかったら惚れてますよ!」
ーー戯れ言はよせ。やるのなら手早く頼む。
「はいはーい。お気をつけて!」
その言葉を最後に様子が一変した。
まるで、濁流に飲み込まれたかのような、乱高下する意識。
大きな袋に詰め込まれ、振り回されたならば同じ状況となるだろうか。
ーームム。中々に、耐えがたい。
激流、渦に魂を弄ばれ、たどり着いた先。
そこには光があった。
目蓋に強い光が差し、いくらか眼が痛む。
白んだ視界は徐々に慣れ、物の輪郭が定まる。
「死地より戻れた、のか。よもや夢ではあるまいな」
自分の口から漏れた声色は、驚くほどに若々しかった。
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