第7話  大賢者と外泊

大賢者クラスト。

魔戦士フロウ。

疾風剣士リディア。


かつての英雄が一同に会した。

一人一人が万の兵に匹敵する怪物どもである。

こうして全員が揃うのは、およそ60年ぶりといったところか。

しかし不老でも不死でもないので、このような様子となる。



「あぁ、トーヤ子さん。そろそろ飯にしませんか」

「イタタタ。腰が、腰がっ!」



3人の中でもっとも貧弱であったワシが、今となっては一番健康であるのは皮肉と言えよう。

都合良く馬を二頭手配できたのは良いが、進度としてはやや遅い。

だが無闇に急ぐと馬を潰してしまう。

何とか間に合うことを祈るばかりだ。



「それにしても、フロウには驚いたね。まさか本格的にモウロクしてるなんてさ」

「だから何度も申したであろうが! もはや戦える状態ではないと!」

「うっさいね。連れていくべきだって予感がしたんだよ」

「己を過信しすぎだ。こんな所まで連れてきて、どうするつもりだ」

「戻れないんだろ? だったらこのまま最後まで一緒だよ。フロウもその方が良いだろう?」

「えぇ、もちろん。パンを3個もくだされば十分ですよ」



これはダメであろう。

足手まといになることは明らかである。

いっそどこかの村で引き取ってはもらえまいか。



「つうかさ、この剣重いんだよ。持ち主のアンタが持ちな」

「よせ。今のフロウが持てるはずが……はずが……」



破壊を得手とするフロウの大剣である。

刃は長く、鉄を何枚も重ねているので極めて重量がある。

並みの男であれば、3人がかりで持ち運ぶのがやっとという代物だ。


それを一人で易々と持つリディアも大概であるが、フロウはその上を行く。

なんと木の枝でも持つように、片手で剣を受け取ったのだ。

それからは白刃に魅入る事、しばし。


ーーこれは、案外上手くいくか?


胸に微かな希望が宿ったのだが。



「か、固い。マシュー子さんや、もうちっと柔らかいパンは無いかのう?」



瞬時に絶望の味へと変わる。

あろうことか愛剣の柄にかじりつき、固い不味いと騒ぎ出したのだ。

もしかしなくても、本格的にダメである。



行軍は日暮れまで続いた。

気は急くが、馬の都合も考えなくてはならない。

軍馬であるならまだしも、運搬用であり、鍛え方も気質も違う。

体力の限界も早いだろう。



「クラスト。あそこの村で宿を取ろう。夜中の行軍は避けるべきさ」

「馬を休ませねばならぬ。今日はここまでである」

「そうさのう。晩御飯はパンが良いのう」



満場一致で村に立ち寄った。

街道沿いにある村であり、人の往来があるためか、数件の宿がある。

そのうちの一軒にて厄介になる。



「騎士団ですかい? もちろん通りましたよ。お偉方はウチに泊まりましたしね」



この宿は存外に広く、多機能であった。

一階は食堂と酒場を備えており、宿泊客は食事も摂れる。

ワシらは今、宿の主に先行する連中の動向を聞いているのであった。

幸いにも話好きらしく、質問を重ねても嫌な顔をするどころか、率先して会話を続けようとしてくれた。



「そうか。将に会えたのか。どうであった?」

「そうですねぇ。きっとダメでしょうなぁ」

「ほぅ。それは何ゆえだ?」

「いえね、もちろん討伐は上手くいってほしいですよ? でもねぇ、あれはなぁ」

「第二騎士団って言やぁ、王族が騎士団長を務めてたね。武闘派のうるせぇやつ」

「ははは。確かにお強そうではありましたよ。実際、戦歴もご立派だとか」

「恐らくだが強い、実績もある。なのにお主は失敗すると見ておる。なぜか?」



主は少しだけ声を潜めた。

僅かな警戒心を見せつつ、耳打ちをする。



「何と言うか、覚悟が足りない気がしましてね。討伐ってのは戦争でしょう? それが好きなだけ酒を飲み、暖かい寝床で寝てるんじゃあね。肝心な時にへこたれそうじゃないですか」

「それが根拠か。どちらも提供したのはお主であろうに」

「こちらは商売人ですからね、そりゃ用意しますよ。しますが、ねぇ」



その言い分は分からなくはない。

軍学にのっとれば、兵と共に夜を明かすものである。

そうする事で信頼が芽生え、兵も従えやすくなる。


それが将だけが宿に泊まり、兵は野宿では、不平も生まれよう。

この一事だけでも、件の団長は凡将か、それ以下であると思えた。

何となく飯が不味くなった気がして水を一口だけ含む。



「それにしてもお客さん。何だってそんな事聞くんです? 軍の関係者……にしちゃあお歳を召してますよね」

「ワシらは最後の旅の途中である。討伐の成否いかんによっては、進路を変えるつもりであった」

「なるほどねぇ。いずれにしても、ここより南には行かない方が良いでしょう。旧魔王領はいまだに魔族が出るそうですから」

「そうか。馳走になったな」



食事を終えて主と別れた。

これからは僅かな自由時間となるが、することと言えば眠るか、徘徊するかのどちらかである。

ワシはというと、眠る寸前の村を出歩いた。だが淡い期待も空しく、一切の収穫無しに宿へと戻った。



「おかえり、クラスト。散歩は楽しかったかい?」

「はぁ……。中々居らぬものだな。見知らぬ老人の身請けをしてくれそうな人物は」

「当たり前だろ。子供ならまだしも、知り合いでもないボケ老人を誰が引き取るかっての」

「こうなっては、どうにかして連れて行くしかないのか」



何とも頭の痛い事だ。

その頭痛の種はというと、お手本のような高いびきである。

世の中とはいつも不公平なものだ。


夜明け前。

老人の朝は早いものだ。

この時間で起きている者は、他にはおるまい。



「急ぐゆえに、先を行く。世話になった」



少し多目の宿賃と一筆を残し、出発した。

厩舎から馬をひき、向かうは村外れ。

集落の外は夜も明けていないので人気(ひとけ)はない。

この2人を除いては。



「遅かったじゃないか、クラスト。今日は遅れを取り戻すよ」

「シレト子さんや。朝はパンが食べたいのう」



その姿を認めるなり、馬の背に乗った。

2人もすぐに馬上の人となる。



「そんでさ、どう進むのさ。街道を行くのかい?」

「いや、それでは間に合わん。森を突っ切っていこう」



進路は南。

それがワシらに残された、ただ一つの道筋であった。


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