第8話 大賢者と魔族
街道を使って魔王城へ行くとなると、東方面に大回りする必要がある。
ここから南は魔族の森である。
最近は付近の住民も立ち入っているらしく、簡素な道が作られていた。
「懐かしいもんだね、森にうごめく魔族を何百とブッ殺したっけね」
「さすがに様相が違っておるな。迷わぬように気を付けなくては」
かつてのワシらは敵性生物を討伐したのだが、根絶やしとまではいかなかった。
数を大きく減らしたが生き残りもいるようだ。
最近でも稀に目撃され、その都度騒ぎとなっている。
油断せずに進むことにする。
鬱蒼と繁った森の道を行く。
丁度南の方を向いているが、流石に魔王城までは続いておるまい。
せいぜいが木こり小屋、猟師小屋のある辺りまでであろう。
それ以降は木々の間、雑草を掻き分ける事になるだろう。
「クラスト、フロウ。敵のお出ましだよ」
「なんだ、ただの血吸いコウモリではないか。人騒がせな」
詠唱の必要もない。
指先よりファイヤニードルという炎魔法を飛ばし、10匹全てを撃ち落とした。
キシャァという耳障りな断末魔がいくつも重なる。
「いいねぇ、さすがは魔法屋。指ひとつで群れも瞬殺さね」
「弱いとは申せ、魔族はいまだ出るようだ。気を抜いてはならぬぞ」
「弱い、ねぇ。あそこに居るヤツはどうかね?」
「なんの話であるか?」
「そこのアンタ、コソコソしてないで出てきな!」
リディアはナイフを一本木の幹に投げつけ、カッと突き刺した。
すると、その木の影がグニャリと歪み、何者かが姿を現した。
銀色の長い髪。
目と、胸元と腰に黒い布だけを巻いた、色白の女であった。
「流石ですね。念入りに隠れたつもりだったのですが、あっさりと看破されてしまいました」
「フン。ケツの青さでモロバレさ。覚悟しな」
勢い良く剣を抜くリディア。
鼻息を荒くするフロウ。
そしてワシは、杖を引き寄せた。
にわかに戦闘体勢となるが、女が身構える気配はない。
それどころか悠長に一礼をしたのである。
「お待ちしておりました。我が主より、クラスト様ご一行をお連れするよう、仰せつかっております」
「主とは、魔王のことか?」
「左様にございます」
「だったら間違いなく敵だね。その細首をはね飛ばしてやるよ!」
「待て、リディア」
飛びかかろうとするリディアを声で制した。
まるで呪い殺すかのような視線が向けられる。
老婆にやられると本当に殺されてしまいそうで、背筋に冷たいものが走った。
「クラスト! アンタまでボケやがって、それとも色ボケかい!?」
「落ち着くのだ。対話をしてからでも遅くはあるまい」
「何を暢気な。ロクでもない事を企んでるに決まってるさ!」
「ともかく下がっておれ。ワシがやる」
馬を進めて魔族に近づく。
その女はというと、我々のやり取りにも身じろぎ一つしていない。
殺されぬ自信があるのか、それとも……。
「いくつか聞きたいことがある。それに答える用意はあるか」
「何なりと……とまでは申せませんが、許されている範囲でしたら」
「魔王の命と申したな。あやつはまだ封印されているはずであろう。どうして口が聞けるのか」
「私めは少々特殊でありまして。自由を奪われているあのお方の声を聞くことが出来ます。クラスト様方をお連れすることも、ご下命のひとつにございます」
「他にも命を受けておるのか?」
「それをお話しするご許可はいただいておりません」
手を口に添えて妖艶に笑った。
後ろの男の鼻息が荒くなる。
「招待、とは何を指す」
「文字どおりで、他意はございません。安全かつ速やかに主の元へとご案内致します」
「フン、どうだか。散々連れ回した挙げ句、大勢で囲もうって魂胆だろ?」
「お言葉を返すようですが、並みの魔族ではあなた様の足元にも及びません。ましてや我らは滅びの直前。まともな兵力を集めることすら叶いません」
「ケッ。その癖に余裕があるようじゃないか。気にくわないね」
「わかった。招待を受けよう」
「クラスト、正気かい!?」
リディアがさながら狂人のような目でワシをみた。
やめぬか、夢に出る。
「どんな罠があったところで、我らが遅れを取るとは思えん。そしてこの者の言葉に嘘偽り無ければ、魔王城に迷うことなくたどり着ける。我らにとって損は無い」
「そうかもしれないけどさ、別の安全策を取ったって良いだろう?」
「いや、我らに選択肢は無い。あれを見よ」
木々の隙間より僅かに空が見えた。
南東の方に土煙が昇っている。
「あれは、第二騎士団かい? もうあんな所まで」
「随分と進軍速度が早い。何があったかは知らんが、こちらも急がねば先回りなど不可能だ」
「ちなみにこの森ですが、我らが隠れ住む為に、数々の仕掛けがございます。皆様方であれば森を抜けられましょうが、急ぎとなると難しいでしょう」
「はぁ……。わかったよ。クラストの案に乗ってやる。その代わり魔族の女、変な真似したら即座に斬り殺すからね」
「ご快諾いただけたようで何より。それではこちらへ」
リディアの威圧をものともせず、女は森の奥へと歩いていった。
魔王とこの娘が何を企んでいるかは判らない。
それでも封印の破壊を阻止するためにも、危険を承知で提案を受けるしかなかった。
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