第39話 祭り
広場は大勢の人で賑わい、ラッパや太鼓の賑やかな音楽が流れ、子供達の集団がいつもより大きな嬌声を上げて走り回っていた。今日は町の祭りなのだ。俺たちは店の前に、氷水を張った大きな木桶を用意した。昨日夜中まで店のスタッフと瓶詰めしたチューハイとヨーグルトドリンクを大量に冷やした。木樽の横には大きなコンロを3つ用意し串焼きを焼いて売るのだ。
空は抜けるような青空で、サラッと乾いた涼しい風が吹いている。柔らかい日差しが丁度良く眼球を刺激してきて、なんだか気持ち良い。今日は祭りだ。と言う言い訳を掲げて、俺は準備段階からガンガンチューハイを呷っていた。リナと結婚したことは、俺の心を物凄く緩めてくれたようだ。リミュとキトの面倒を見てきたことについて、保護者が居ないので仕方なく。という大義がついて回っていた。ところが、四人が結婚を承諾するという意思を示したことで、各人好きでそうしてます。という事が俺の気持ちの中に根付いたのだ。口じゃ家族だと言っていた俺だが、やはりどこかでリミュとキトに遠慮してる部分があったように思う。前の世界では俺以外の全生物に対して遠慮があったんだから、根強い感情だったのだ。ところが今はどうだ。町を挙げての祭りに、俺はなんの遠慮も無く酒やつまみを用意して売ろうとしている。さっきから何人かの常連が俺に声を掛けていってくれる。キトやリミュも、あんな美しいリナだって、笑顔を絶やさず俺の回りで準備を手伝ってくれている。なんだ、この幸せ感。ヤバイ。ヤバすぎる。さっきからドンドン上がってきている自分の気持ちが抑えらなくなっていた。
向こうから手を振りながら歩いてきたノーズに、
「おーいケント!今日は祭りだー!美味い酒とつまみをよろしく頼むぞー!」
と、叫ばれた途端、俺は心のダムが決壊してしまった。前の世界じゃ鉄壁の守りだったが、こっちに来てすっかりユルユルのダムになっちまった。俺はリナを大声で呼び、肩を抱き寄せると叫んだ。
「みんなー!聞いてくれ!見てくれ!このべっぴんさん、俺と結婚してくれることになったぁっ!俺の嫁だぁっ!俺はもんのすごぉーーーーーーーーーーく幸せだぁっ!みんなのお陰ですー!今日は祭りだ!ショウジキヤの串焼きと飲み物は全てただだ!俺の奢りだぁ!感謝の気持ちだぁ!ありがとう!ほんとにありがとう。みんなありがとうねぇ!」
リナは俺に抱き寄せられて顔を真っ赤にして俯いている。いいんすか?と聞いてきたマルコと、ウェイに、
「ゴメン、そう言うわけだから忙しくなると思うけど、バイト代弾むからよろしくな!串打ちと炭酸の追加頼むな!」
と、頭を下げた。
「なんだぁ!ケントお前嫁貰ったのか。なんでこのノーズ様の耳に入るのが町の連中と一緒なんだ。水臭いぞ!がははははは!」
ノーズは俺の首根っこに、がっしりと太い腕を巻き付けグイグイと揺さぶった。
「なー?な!な!リミュのかーちゃんなのな!なかなか良い女なのなー。ちょっと堅めだが良いオッパイしてるのな!」
リミュはすっとぼけた自慢をしながら、群がる人々に瓶詰めチューハイをせっせと手渡している。不意にパンと背中を叩かれて俺は振り向いた。ニカッと笑ったキトが俺を見上げていた。
「とうちゃん!俺もマルコに教わって串打ち手伝ってくるよ!売れ行きの良い肉があったらリミュに言って伝えさせて!」
もう、キトったら、イケメン過ぎだ。サムアップ以来、ほんと親子と言うより仲間って感じ。あいつもリナの結婚話以来、遠慮が消えたのか、ケンとうさんから父ちゃんに呼び方が変わった。俺ほんと転移して良かった。マジで幸せ。しみじみと、ショウジキヤに駆けていくキトの後ろ姿を見守った。我に返って、急いで串焼き焼かないとと振り向くと、リナと目があった。リナの瞳は少し潤んで、暖かい笑みをたたえていた。リナはつつつと、俺の横に近づいて人差し指で俺の背中をつつきながら
「ケント。キトを見るあなたの横顔。本当の父親みたいだった」
少し恥じらいながら上目遣いに微笑みを向けてくれるリナ。俺は萌え死ぬかと思った。少し照れ隠しもあって、
「リナも、リミュとキトのお母さんになって欲しい。これからもよろしく」
俺の顔が真っ赤なのはチューハイだけのせいじゃない。ちくしょぉ幸せだ俺。元の世界じゃロクに親孝行出来なかった俺。強制力があったとは言え、両親とも同級生とも向き合えなかった俺。強制力は一生ものだと言うことなので、俺が発したジョークで笑いを取ることは不可能だ。しかし関係性が構築できたときの笑顔は得られるし、二次的な笑いなら取れるらしい。現に俺の奢りでタダ酒を飲んでいる町の人々は皆笑顔だ。ある程度の工夫と注意さえ怠らなければ、人々と関わり合って生きていく事は可能だ。元の世界での二十数年は思い出したくないほど暗い過去だ。でも、ここで過ごした一年ちょっとで、差し引き大幅にプラスになっていると俺は心から言える。本当に俺は幸せだ。抱き寄せたリナと微笑みあった後、照れ隠しに俺は叫んだ。
「見てくれぇ!俺の自慢の嫁だぁ!俺は幸せだぁ!今日は、俺の奢りだ!みんな!ありがとう。飲んでってくれ!喰ってってくれ!」
俺は心の底から湧き上がる喜びを、町に、人に、家族に、空に、俺に向かって叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます