第38話 四度目の家族会議

俺はかなり強い力でリナの手を引きながら夜道を急いだ。最初こそリナは、何急いでるんだ?とか手首が痛いとか言っていたが、俺の真剣さが伝わったのか途中から素直に歩調を合わせてくれるようになった。正直、自分が置かれている状況が俺には全く信じられなかった。いつも毅然として、凜とした美しさを讃えたリナが俺の求婚を受け入れてくれた。全く信じられない。今俺にまた隕石が降ってきても、そっちの方があり得そう。と思えるほどない話だと思った。俺はこの十日ほどリナのことばかり考えていた。だから、リナがことある毎に脈アリな反応をしていたのも、きっちり時系列順に並べられる。美少女ゲームのフラグ画像保存データ並みにだ。第三者的目線で言えば、充分あり得る状況は揃っていた。それも判る。しかし、それでもこの俺が、まさかそんな。という言葉が俺の頭の中で光速を超えたスピードでギュンギュン回っていた。童貞力って強制力より強いんじゃないか?と俺は思った。ただ一方で、リナからしっかり俺を受け入れるという言葉も聞いている。だから当然脳内の一部は村祭り状態で、飲めや歌えやピーヒャララという感じ。不安と喜びでふわふわした足取りで俺は急いだ。多分、リミュもキトも、もし明日メールで報告すれば両親も大喜びする様も想像出来る。不安五十パー、歓喜三十五パー、笑顔十五パーという感じだ。今は多分夜の十時頃、子供達はもう寝ていてもおかしくない。しかし、この気持ちを伝えずには居られない。可哀想だが寝ていた場合たたき起こしてでも第四回家族会議を開く覚悟だった。


森の家のドアを勢いよく開きながら、


「第四回家族会議を始めるぞー!」


と、俺は叫んだ。幸い、リミュもキトもまだ起きていた。キトは正座をさせられ、仁王立ちで腕を組んだリミュに説教を喰らっていた。二人はその体制のまま振り向いて俺を見た。


「なんな!また問題か?全くもう。リミュが居ないと、すぐ問題が起こるのな!油断もスキもあったもんじゃないのな!」


俺をギロリと睨むリミュ。ここで狼狽えちゃいけない。


「いや!そういうんじゃない。とても大事な話なんだけど、リミュもキトも喜んでくれると思うんだけどな」


リミュは腕組みをしたまま、鷹揚な態度でテーブルにつく。キトもとぼとぼと歩いてきてリミュの隣に座った。俺はリミュの真向かいに座った。首を曲げてリナを見やると、しずしずと言った風情で俯いたまま俺の隣に座る。なんかその仕草が、私はあなたの決断についていきます。という覚悟に見えて俺は激しく感動した。本当に感動すると人は腕やら首やら頭やらの表面がジーンと痺れるんだなぁと感慨に浸っていると、リミュが言った。


「なに気持ち悪い顔してるのな?大事な話って一体何なのな?早く話すのな。」

「あ。あぁ。ごめん。あーんとな、そのぉ、俺な。リナのことが好きなんだよ」

「そ・ん・な・こ・と・は・とっくに判ってんのな!この前にそう言う話したのな。」

「あ!あぁ。そ、そうだね。そうだ。ご、ごめん。それでな。さっきリナの家に行って、俺の気持ちをきちんと伝えてきたんだ」

「何言ってんのな?ケントはリナのことが好き。リナはケントのことが好き。そんなのこの前リミュも言ったのな。お前らホントなにのんびりしてんのな?」

「いや、そうなんだけど。そ・う・な・ん・で・す・け・ど!ほら、自信が無かったつーか。まぁそんなで、色々考えたいこともあったつーか」

「いや、俺判るよ!ケンとうさん、この何日かずーっと考え事してたでしょ。色々責任とか将来とか考えてたんだよね?」


と、キト。サムアップ以降、キトは俺の、男同士的な相棒だ。


「そうそう!そうなんだよ。そういう色んな事を考えて結論と覚悟ができたんで、もう一度きちんとリナに伝えに行ったわけよ!」

「ふーん。で?どうなったのな?」

「え?えへへ。でな。俺はリナに結婚して俺とリミュとキトの本当の家族になって欲しいって言ったんだよ。そしたらな、リナも良いよって言ってくれてな。へへへ」

「ほう。そうか。そういう大事なことを勝手に決めてきたのか?」

「へ?いやだって、リナの気持ちが一番大事だろだって」

「な・ん・だと?リミュの気持ちはどうでも良いって言うのな?」

「そうは言ってないけどさぁ。リミュは反対なわけ?」

「誰も反対とは言ってないのな。ただ、リミュも条件があるのな」

「じ、条件?」

「そうな。この条件が一番大事なのな」


リミュはそう言った後、俺、リナ、キトを順繰りに睨み付けると、大きく息を吸い充分な間を作ってから言った。


「この中で一番小さいのはリミュなのな。小さい子にはとても大事な事なのな。良く聞くのな。リナはケントと結婚して、ケントの奥さんになって、リミュとキトのお母さんになるってことなのな?」


リミュはリナの瞳を見据えて言った。


「そうだ。リミュとキトが嫌じゃなかったら、私も貴方たちと本当の家族になりたい」


そう答えたリナに間髪を入れずリミュは言った。


「まぁ、リナは私たちみんなの家族になる。ということな。でも、大事なことが1つあるのな。リミュはこの家族で一番小さい子な。だから、リナのおっぱいはリミュ専用にするのな!」


リミュ以外の三人が、呆気にとられてポカンとした。


「何ぼけっとしてんのな!どうなのな!大事な事なのな!」


机を叩きながらリミュが叫ぶ。我に返ったリナがリミュに言う。


「いいよ。今度から私と一緒に寝るようにしよう。こっちにおいで」


リミュは素早い身のこなしでテーブルの下をくぐってリナの膝に飛び乗ると、リナの胸に顔を埋めた。


「じゃぁ、リミュはもう文句はないのな。これでこの話は終わりな。誰も反対させないのな!」


きな臭い反対意見ではなかったことにホッとして、ふにゃふにゃと姿勢が崩れる俺。自分の胸に顔を埋めたリミュに慈愛の眼差しを向け、優しく髪を撫でるリナをうっとりと眺めながら、この五歳児は人間力というか交渉力というか、俺より数段上じゃねぇ?と舌を巻く俺だった。

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