第36話 覚悟完了

それからの俺はひたすら考え続けた。何時間でも何日でも結論が出るまで。という覚悟だった。スタートが何とも情けなく感じたのだ。今までずっと人と関わらない様に生きてきた俺だから、リナと俺の関係性を深く掘り下げずそっとしておいたのは百歩譲ってしょうがないと思っている。ここに来て急に、両親と生まれて初めて絆のようなものを確認出来て親孝行の様なものがしたいと考えた。そのことがリナに自分の気持ちを伝えようと思うきっかけとなった。それがとても情けなく薄汚い動機に感じてしまっていたのだ。俺は二十四歳の成人男性だが、俺のリナへの気持ちは初恋だったのだ。人は初恋を美しく扱いたいと思うのだなぁ。小説、ドラマ、漫画などで描かれていたことは、割りと的を射ていたのだと俺は思った。何はともあれ、自分は恋や人の気持ちに対して全くの素人だ。だから、この世界で経験した様々な人との付き合いを、会話を、色々な角度から思い出して分析して自分なりに消化して蓄積していく事で判断や考え方が変わっていくかも。と結論をつけた。


俺はこの世界に来て出会った人々の顔を一つ一つ思い浮かべた。リミュ、リナ、会っては居ないがお祖母さん、ゴード、キト、ノーズ、頭領、ムア先生、ウェイ、オバチャン、マルコ。他にもゴード商会の従業員や、工房の人たち、出汁昆布と煮干しを作って貰っている港町の村の人々、ノーズの家の子供達、店の常連さん、あと胡散臭い魔具商人のドルガ。顔が浮かぶだけでも数十人だ。元の世界でそこまで関わりが深くなった人は両親以外は、まだ幼い頃に遊んでいた数人の友達ぐらいしか思い浮かばない。考えてみると圧倒的に、この世界との関わりの方が太いし深くなっている。俺の強制力は相変わらず健在だが、強制力があっても人と関係性の構築が出来ることを、俺は知った。それだけではない、逆手を取って強制力を利用することも覚えた。ショウジキヤで飲み過ぎたお客の耳元でギャグを言ってシラケさせて帰らせたりなんてことも出来るようになった。元の世界では何の手段も持たず、ひっそりと自分の殻に閉じこもって生きるしか術がなかった俺。この一年で俺はかなり成長出来ている。元の世界の俺だったら、リナに恋心を抱くことも無かったと思う。そもそも、そこまで人に関わるような事さえなかったのだから。俺の成長も、リミュとキトの笑顔も、リナやゴード、頭領、ムア先生色んな人々との付き合いも、ショウジキヤでの成功も、様々なものが、色々な人や物との繋がり、関わりがあっての結果だと思えた。言葉にすると簡単だが、ここまで来るのに丸二日掛かった。夜は頭から湯気出るんじゃないか?と思うぐらい考えた。元の世界での思い出を掘り起こしダークサイドに落ちてしまい、泣いてしまうこともあった。元の世界に居た時は、どれだけ思い返しても、俺は何とも思わなかった思い出だ。泣くに至ったのは、俺がこの世界で圧倒的に幸せを知ってしまったからだ。今の俺から見たら、あの頃の俺は、哀れで悲しい涙する境遇だったのだ。俺は今の俺の幸せがどれだけ重いもの、かけがえのないものであることを、泣いたことでしみじみと思い知った。俺は今の幸せを捨てることは出来ない。この幸せは、リミュとキトへの責任込みの幸せだ。そうだ!幸せはそれだけで考えても駄目なんだ。権利には義務がついて回るように、幸せには責任があるんだ。結局、そういう相反したものなども沢山あって複雑に絡み合い、この世界は回っているんだ。そうやって考えると、薄汚い動機と考えること自体がちっぽけで狭いものの見方のように思えてきた。俺の気持ちが真剣で揺らぎないものならいいんだ。俺の言葉や気持ちをどう取ってどう感じるかはリナの自由だ。俺はビビらず真剣に正直に気持ちを伝える事だけを考えればいいという結論に達した。ここまで三日も掛かった。結論に至った考えのプロセスはきっと稚拙でお粗末なものなんだろう。しかし、俺は満足だった。自分をここまで見つめつくして、自分の都合を人にぶつけてみる。という結論を出せたことに。これは自分にとって初めての試みになる。自分が生まれて初めて重い覚悟をしたことに、大きい充足感を感じた。漢らしいぜ俺。


その日頼みこんで夜の部をマルコに任せた俺たち三人は、森の家で夕飯を食べていた。俺はさっきからそわそわして落ち着かない。そうだ。俺は夕食を終えたらリナの家に行き告白しようと決心していた。照れくさいので、子供達には計画を話していない。だって照れくさいし。今日の主菜はそぎ切りした鳥肉を油通しして、水で戻した干し椎茸と青菜を味噌で甘塩っぱく炒めた中華風の炒め物だ。味噌も初期製造のものは大分熟成が進み、キレとコクが増している。強い旨味をもたらす干し椎茸も最近好んで良く作っている。キトもリミュもごま油や甜麺醤を使った味付けは最近のお気に入りだ。


「ど、どうだー?リミュ、キト、鳥肉の淡泊な旨味と青菜のシャキシャキ感が合うだろう?ご、ご飯に合うから沢山食べなさいね」

「ん?なんだおまえ。この頃ちょっと変だよな?なんかあったのな?昨日まではずーっと話もしないで考えてばかりだったのな。それが今日はさっきから無駄話ばかりしてるのな。どうしたのな?少し気持ちが悪いのな」

「え。えぇー?な、なんもないぞー。まぁ、なんつーかさー。俺も色々考えてたんだよ。リミュとキトの為に何をしたらイイかとかさ。そういうのも含めてなー。あは。あはははは」

「やっぱりちょっと気持ちが悪いのなー。あのなー。リミュは今のままで充分幸せだぞ。毎日美味しいもの作ってくれるしなー。キトだってそう思ってるのな。な?キト」

「そうだよ!お父さんとお母さんが死んじゃって、どうやって生きて良いか判らなかった俺を助けてくれたでしょ?それだけじゃないよ。ケンとうさんは、リミュと俺のことを、一番に考えてくれてる。俺はケンとうさんとリミュに出会えてとてもラッキーだったと思ってるよ!」

「そ、そうか。ありがとうな。そう言ってくれると俺も嬉しいよ。まぁ、なにしろな。今日の料理は割りと良い出来だったんだ。沢山たべろな」

「そうな!これな、リミュ好きだな。この、味噌って味はリミュ好きだ。美味しいのな!」

「俺もこの味好きだ!キノコさ、一度干してまた水で柔らかくしてめんど臭そうだなーって、思ってたけど味がもっと美味しくなってるよね!」

「だろ?干すとな、旨味っていう美味しい味が増えるんだ。もっと食え食え!」


普段小食気味なリミュも一回、キトに至っては三回もご飯をおかわりした。沢山食べてくれると手間を掛けた苦労が吹っ飛ぶ。


「ど、どうだ?そろそろおまえらも寝た方が良いんじゃないか?ん?」

「はぁ?何言ってんのな?リミュは今日沢山食べたから、苦しくてまだ眠れないのな。キトだって四杯もご飯食べたのな。キトだってまだ眠れないよな?」

「そ、そうだねー。さすがに苦しいよ。美味しすぎた。あはははは」

「そ、そうだよな。今日は沢山食べたもんな。俺も作ったご飯を沢山食べてくれると嬉しいよ」


まずいな。リナは明日も仕事があるし、なるべく早めに行きたいんだけどな。


「あ!そうだ。俺用事があったんだ!ちょっと出掛けてきても良いかな?」

「あ?どこいくのな?家族に秘密は無しなのな。正直に言うのな」

「ん。んー。ちょっとなー。リナに相談事があってなー。話に行こうと思ってんだ-」

「なんな!何の話しにいくのな?」


参ったなー。リミュの追求は止みそうにない。これからの大仕事、結果がどう転ぶかはわからないけど、できる限りの余力を持ってぶつかりたい。と、突然キトが「あ!」と叫んだ。キトはニヤリと笑い、俺にサムアップするとリミュに話しかけた。


「リミュ!リミュ!そういえばさ、秘密特訓の紙風船用意しないとじゃん。お腹がこなれるまで、紙風船作ろうぜ。俺作り方教えてやるよ!」

「おぉ!そうな!だいじなー!リミュ思ったんだけどな。この前より多めに作った方が良いと思うのな!リミュがケントとキトを守るのな!」

「よし!じゃ袋作ろう。あっちの部屋はちょっと寒いから、これ着な」


リミュに薄手の上着を掛けてやりながら、俺に振り向きウインクするキト。これ、あれだよね。男同士の連帯感みたいな?キト、今日は助かったぜ。リナに会いに行くため、両頬をパンと叩いて気合いを入れた俺だった。

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