第35話 それから

町の広場のベンチに座り俺はサンドイッチをパクついていた。子供達はムア先生の塾からもうすぐ帰ってくる。柔らかい日差しに、乾いたそよ風。気持ちよさに伸びをして、んんー!とつぶやいてみる。いやぁ悪くないよ。全く悪くない。1年前の自分がこんな充実した毎日を過ごせることになるとは、想像も出来なかった。ショウジキヤも完全に定着して売り上げは安定している。俺は少し無愛想な店主として、町で人に声を掛けられることも珍しくなくなった。味噌と醤油の品質も安定してきていている。マルコはお客さんの反応を観察し、造りにフィードバックさせるべく週に二回ほど頭領の所へ通っている。単なる工房見習いの時より、仕事が面白くなってきているようだ。チューハイの出現は町の食生活を大きく変えた。酒場で飲む。という娯楽が習慣化されチューハイを商品として置く酒場も増え、隣国でもチューハイが飲めるようになったと噂で聞いた。炭酸水と焼酎の売り上げはゴード商会に大きな利益をもたらしている。ノーズの子供の中から十六歳になった少年がマルコの子分としてショウジキヤに入ってきた。来年はやはり十六歳を迎えた少女がウェイの子分として入ってくるらしい。そうやって店の運営を覚えたノーズの子供達が別の町でショウジキヤを作り、巣立ちの手助けにしていくということで、俺、ゴード、ノーズの三人の中で意見がまとまっている。ショウジキヤに人が増え、マルコと俺の時間がもっと空くようになったらビール造りの挑戦を始めようと思っている。少し苦みが少ないがホップに似た毬花をつける草は見つけた。ビールが作れるようになったら、ショウジキヤで餃子も出そうと思っている。餃子を頬張ってビールで流し込む。想像しただけで恍惚感に浸れる。なにしろ、進み方は少しずつだが、様々なことはおしなべて上手くいっていて充実した毎日を送れている。コンデンエイネンシザイホウ効果はあったようで、リミュの精神状態も健やかに安定している感じだ。


そういえば、大きなニュースがある。さっき雷が落ちたような閃きが俺を襲った。多分、自分で無意識に避けていたというか、封印していたというか、先送りにしてただけなんだと思うけど。俺は思いつきを実行するため、脳内でメーラーと唱えてみた。ポーンと電子音がして、メーラーを起ち上げます。という声が頭の中で響いた。判りやすいインターフェースのメーラーが立ち上がる。メール作成を念じて、親父とお袋のアドレスと唱えてみる。電子音が聞き返してきた。<お母様のアドレスは携帯のみですが、お父様のアドレスはパソコンのアドレスも存在します。どうしますか?>と。やはりメールでなら両親と連絡が取り合えるようだ。どちらも携帯のアドレスで。と唱えてメールを書き出した。


「お久しぶりです。健人です。このメールは親父とお袋両方に宛てて送りました。信じられないかも知れませんが、1年前のあの晩、俺は隕石の直撃を受けてこの世を去りました。」


という書き出しから始め、信じて貰うために自分には周りを盛り下げる強制力の様なものがあったこと。そのせいで、自分を殺すような生き方しか出来ず二人に大きく心配をさせてしまっていただろう事を申し訳なく思っていること。強制力は天国のミスで起こった現象だったこと。そのため、天国の計らいで隕石のエネルギーを利用して別の世界に転移され第二の人生を送っていること。日本のインターネットと俺の脳内が繋がった状態で転移したので、日本の情報は引き出せること。新しい生活の中で、親の居ない六歳の少女と十一歳の少年の生活を面倒見ていること。強制力は相変わらず残っているが、日本の食文化をこの地に広めることで、比較的楽な生活が送れていること。そう言う生活の中で人から信頼されたり、味噌や醤油、焼酎などが人に喜ばれたりしていることで、両親からは想像も出来ないほど明るく楽しい生活が送れていることを書いた。そちらに連絡が出来るかどうかなんてことを考えること自体思いつかず連絡が遅くなって申し訳ない。と謝罪の文章で締めた。


と、そこへリミュとキトが俺の元へ駆けてきた。二人とも良い笑顔をしている。俺は立ち上がり二人を見下ろすと、写メと念じてみた。脳内でカシャッという音がして、俺が見たままの笑顔の二人が写真で撮れた。その写真を添付して両親にメールを送った。


「お前らお腹は空いてるのか?」

「んーん。昨日リナが作ってくれたお弁当を食べたから大丈夫」


と、二人は答える。3度目の家族会議から俺たち三人の絆はグッと深まったようだ。俺から意識して笑いを取りに行ったりすると強制力が働くのは相変わらずだが、二人が俺に対して笑顔を向けてくれる機会はとても増えた。強い関係性が作れてしまえば、ウケを取らなくても、人と人は笑顔で向き合えることを俺は知った。今では少し自信がついて、前の世界でもっと誰かと強い関係性をくじけず作ってみれば良かったと思うぐらいだ。せめて、両親二人とは絆を作りたかった。親不孝なせがれだったわけだ。子供達には親孝行という概念を教え込まないと。


「そうだ、キト、リミュ。たった今さ、俺の父親と母親に手紙を送れる事を知ったんだよ。それでおまえらの写真も送ったんだ。親父とお袋にしてみたら、お前達は孫だからな。爺ちゃん婆ちゃんにしたら、お前達の写真なんて涙流して喜ぶよな!」

「しゃしん?なんなそれ?前言ってた、いんたーねっととかいうやつか?」


前に一度、インターネットに俺の頭が繋がっていて、情報を引き出したり出来る。って説明したことがあるが、二人とも全くピンと来なかったらしい。リミュに至っては、この手の話になると速攻不機嫌になる。と、ポーンと電子音がした。お袋からのメールだった。長くなりそうなので、子供達に小遣いを渡し遊んでこいと促してから、俺はかなりの恐怖を覚えながらメールを開いてみる。


「貴方が急に姿を消してもう一年ですね。周りが諦めても、私はずっとあなたがどこかで元気にしていると信じていました。あなたのメールが届いてすぐにお父さんが、悪質な悪戯だ!とカンカンになって私に電話を掛けてきました。私はお父さんに、あなたのメールにあった強制力の話や、隕石の話を根気よくしました。お父さんも段々と落ち着いてきて、家族じゃないと知り得ない話とかあなたが消えた理由が一般常識じゃ説明がつかないことを言い出してからは、あなたの無事を信じました。勿論、私もお父さんも泣くほど喜びました。お父さんは仕事を早退して飛んで帰ってきました。あなたのメールを二人で何度も読み返し、あなたが抱いた後悔と同じ後悔を私たちも感じたことを、泣き笑いで話しました。あなたがこちらで暮らした二十四年間は決して幸せな時間では無かったと思います。だけど、あなたが送ってくれた写真の子供達の笑顔を見て、あなたは今幸せを感じて生活しているのだと、しみじみと感じています。一緒に過ごせないのは寂しいけど、あなたが幸せを感じて過ごしていることを考えたら、私たちはとても幸せです。どうか、身体に気をつけて生活して欲しいと思います。それはそうと、この子達の名前を教えて下さい。とても可愛い子達だね。あなたが幸せに育てていることが伝わってきて親として誇らしく感じました。」


俺はお袋からのメールを読んで、両手で顔を覆った。広場のベンチで泣いてしまったからだ。俺たち親子の他人の様な関係性しか作って来れなかった悔しさ。両親に説明不可能な心配を掛け、それをほったらかしにしていた自分の愚かさ。なんだかんだ言って、両親は親が子供に抱く、きちんとした愛情を俺に持っていてくれたのだという嬉しさ。色んな感情が一気に吹き出してしまい、涙を止めることは出来なかった。俺も両親も長年作ってきた、他人行儀な壁があってまだまだぎこちない探り合いの様になってしまっている。もしかしたら、両親は幼い俺に対して感じた愛情や喜びという感情にも強制力が働いていたのかも知れない。もしそうなら、両親は自らを、子供に健やかな愛情を感じられない歪な心の持ち主だと責めたんじゃ無いだろうか。それに近い葛藤を長年抱いていたことで、父親も母親もあんな無感情な振る舞いを定着させてしまったのだとしたら、とても不幸なことだと戦慄した。俺は衝動とも言える強い気持ちで、親孝行がしたいと思った。親に大丈夫だよ。という気持ちを届けたいと思った。メールのやり取りしか出来ない今、どうしたらそういう気持ちが届くのか。親孝行が出来るのか。急にリナの笑顔が頭に浮かんだ。俺はリナのことを考え始めた。


実は、リナとの関係性は全く進展していない。情けねぇチキン野郎!というブーイングが聞こえてきそうだが、少し聞いて欲しい。俺は前の世界でコミュ障完全体の強制力により、ガチガチに心を閉ざして生きてきた。俺ほどじゃないが、リナも相当なコミュ障を抱えている鉄の女性だ。お互い二十代の半ばまで、殆ど人とコミュニケーションを取る経験も積まず生きてきたのだ。俺に関して言えば、誰とも関わらず生きていくという正にゼロの状態をずっと保ってきたのに、いきなり人に愛情を感じたのでプラス百の状態を求めますぜ!攻めますぜ!なんて、まさに無理ゲーナイトメアモードだ。恋人リナ嫁リナなんて妄想をするなんて発想も無かった。家族っぽい付き合いをキト、リミュ交えてやってまーす。という今の状態で既にお腹いっぱい大満足という感じだったのだ。リナがどう考えているかは判らないが、少なくとも家族っぽい我が家との付き合いは大事に感じてくれているらしくて、週に一回非番の前日は森の家で四人で夕飯を取り、子供達とリナは一緒に眠り、リナはお手製のお弁当を子供達に持たせて送り出す。という生活が習慣化していたのだ。


もし。もしも、今の状態を一歩進めて俺とリナが恋人同士とか、結婚を前提にとか、結婚しちゃいましたとか、そんな状態に持ち込めて幸せそうな写真を両親に送ることが出来たら、父親もお袋もかなり喜ぶに違いないと俺は思った。俺は生まれて初めて、自分から人の心を求めるという行動を取ってみる決心をした。とても怖いけれども。

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