第32話 だから童貞舐めるなってば

数分の間、俺とリナは向き合い放心したまま立ちすくんでいた。道の左右の木々からの木漏れ日と、葉擦れの音に包まれ俺たちは、止まってしまった様な時を過ごした。森の家に置いた子供達のことを思い出した俺はリナより先に我に返った。


「し、信じてくれてありがとう」


俺の言葉にリナも我に返ったようだ。


「確かに、貴方の今までの行動や発言を振り返って考えてみたら、損得とかその場しのぎの嘘を言う人じゃなかった。疑ってごめんね」


えぇっ!ごめんねて。乙女か。まぁ確かにリナは見目麗しい年頃の女性ではあるけれど、そんな話し方をする子では断じてない。しかし、俺の衝動的な発言で、大事な仲間を一人失う事は避けられたようだ。ホッとして、心の中で胸をなで下ろした俺は、子供達へ逃避することにした。


「あぁ!そうだ。家にリミュとキトを待たせたまんまだったぁ!心配だから急いで帰らないと!リナも一緒にお昼どうかな?」

「あー!そうね!そうよ。まだ幼いから心配よね!そうそう!私のこと家族と思ってくれている。ってホント嬉しかったわー!私はずっと天涯孤独の身だったから、ホント嬉しかったのよ-!」


家族扱いされて喜んでいるのはリナの本心なんだろうな。柔らかい風が頬を撫でて流れていく。俺はリナの喜びを我が身の幸せのように嬉しく感じた。しかし。しかし、リナの女言葉はどうにも受け付けない。まだ、ムア先生のオネエ言葉の方がしっくりくる。さっきから背中がチクチクと痛痒い。


「り、リナ。俺の君への気持ちは偽りないし、変わらぬ気持ちだと信じて欲しい。ただな、リナの話し言葉は男勝りの厳格な感じだったじゃないか。なぜに急に女言葉になったのだ?いや、誤解せず聞いて欲しいのだが、リナの女言葉はとても可愛いんだ。だけど可愛すぎて何というか、気持ち悪い感じがするというか、一周まわって萌え死にそうというか、なにしろこう、なんというか、あー、慣れないのだ。そうそう。慣れないの。だから、今まで通り、男言葉で話して欲しいなー。なんて思うのだが、どんなもんでしょうか?」


軽はずみに美しいと言っただけで、我を失い剣に手を掛ける激しい女性だ。俺はおっかなびっくりではあるが、どうにも我慢が出来ず、リナにそう言ってしまった。


「たしかに!たしかに今の私は少し変だ。我を失っている気がする。すまん。私もな。私も、貴方とリミュとキトとの関係は、とても大事に思っているのだ。本当に家族だと思っているという言葉が嬉しかったんだ」


その後、蚊の鳴くような声でこう続けた。


「あ、あと、男性に美しいなんて言われたの初めてだったし」


全く聞き取れず、俺は聞き返した。


「え?なんだって?ごめんなさい、ちょっと聞き取れなくて」

「あ!いやいや、なんでもない。大した話しじゃないんだ。あぁ!それより、ほら!ほら、キトとリミュが心配だから、急ごう!ね!」


男勝りの強い力でガチッと手首を掴まれた俺は、グイグイと家に向かって引っ張られ続けた。


「ただいまー」


家のドアを開けた途端、駆け寄ってくるリミュとキト。


「おかえっりーっ!」


全速力で走ってきたリミュは、頭から突っ込んできて俺の鳩尾に突き刺ささった。


「ぐはぁっ!」


突然の脱力感に襲われ床に突っ伏す俺。リミュ。完璧に水月に入ってるよ。


「だ、だいじょうぶ?リミュ!もうちょっと加減してあげて。苦しいの?ケントさん」

「だ、だいじょぶです。リナさん」

「ケントさんだ?リナさんだ?お前ら気持ち悪いな!何があったのな?」


突っ伏す俺を、腕組みで見下ろすリミュ。こりゃ、追求は厳しそうだ。俺は力の抜けた下半身に鞭打って立ち上がった。


「な、なんにもないよ。き、今日の家族会議にリミュがリナを呼べって言っただろ?リナはそれがとても嬉しかったんだって。そのせいで、ちょっとリナはさっきから様子がおかしいんだ」

「そう!そうなのよ!私は嬉しかったの!だからちょっと自分を見失ってる感じなの!」

「ふうん。嬉しいのは判るのな。誰でも仲間が居ると元気が出るし嬉しいのな。でも、やっぱり怪しいのな!大体、なんでリナは女みたいな話し方してるのな!そこが一番おかしいのな!」

「な、なにいってんだリミュ。リナは普段男っぽい話し方をしてるけど、それは厳しい衛兵の職場で働いてるからなんだよ。こんな美しい顔を見ろよ。女性に決まってるじゃないか」

「じゃぁ、見せてみろ」

「な!なにを?」

「リナが女だという証拠を見せてみろ。って言ってるのなぁっ!」


叫びながらリミュはリナに飛びかかると、シャツの襟の部分からリナのバストを覗き込んだ。


「うーむ。まぁまぁなのな」


言いながらリミュはリナの両乳房を鷲づかみにした!


「ひゃぁ!」


叫ぶリナ。


「婆ちゃんのより堅いのな。まぁでもリミュは気に入ったのな。リナは家族だから、リミュのお母さん役をやらしてやるのな!」


リミュは母性に飢えてたのかも知れない。リナと俺の話し方がおかしい問題がいつの間にか、リナは女疑惑問題にすり替わったと思ったら、今はちゃっかりリナの両乳房の間に自分の顔を突っ込んでリナにしがみつき甘えているリミュだった。

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