第27話 助っ人マルコ

頭領に促されて俺の対面の席に座ったマルコは、赤髪が似合う線の細い青年だった。美少年と言っても良い位だ。しかし、彼の口をついて出た言葉に俺は少々面食らうことになる。


「オレは頭領のことは尊敬してるス。だから、頭領の指示には全面的に従うときめてまス。だけどあんたのことはオレはしらねぇ。あんたの依頼でうちの工房では、味噌、醤油、ヨーグルト、米の酒、糖蜜の酒、酒の蒸留をやってます。頭領の指示でその製造管理をオレは数ヶ月前からやっていました。俺が頭領を尊敬しているのは、少しでも良いものを作る。という信念で、毎年の仕込みの小さな違いと結果を経験として積み重ね活かしている姿勢は、凄いカッコいいんです。しかし、あんたの依頼はオレには意図が掴めない。あんたの作らせてる味噌や醤油、米の酒は微妙な違いで結果が様々に変わるのでとても難しいし、面白い。だけど、あんたのやらせる糖蜜酒と蒸留は意図が掴めない。なぜ俺たち職人の存在を無視する様な画一的な結果を求める?それは頭領を俺たちを否定することになるんじゃないすか?そういうあんたがやっている店はどんな店なのか察しがつくんだけど?」


随分生意気なことを言うワカゾウだ。とはいえ俺の年齢も大して変わらないのだが。俺は今からこのワカゾウをコテンパンにしないとならない。じゃないとこのタイプは人についてこない気がする。俺はしばらく目をつむり筋道を考えてから話を始めた。


「俺の育った国は、ここよりも少しだけ豊かで、食べ物が豊富な国だった。そういう食文化に育まれた俺は幸せな人生だったと思っている。俺はこの国が好きだ。この国の人々が好きだ。だから、この国の人々、なるべく多くの人に喜んで貰いたい。俺がこの国で物作りを始めた大元のスタート地点はそこにある。お前の言う、よりよいものを作る。というのも人を喜ばせる一つの方法だ。ところが、それも度を超すと酷いことになる。俺の国には一杯1ギルのワインから、500ギルのワインまである。若者の十日分の給料が吹っ飛ぶ一杯のワイン。俺はそれを否定する気はないが、それだけではこの国の人々全員を笑顔には出来ない。よりよいモノを作るだけではない。俺がやりたいのは安くても良いもの、ハズレの少ないものも必要だと思っている。頭領はそこを判ってくれているから、俺に協力してくれているんだと思っている。お前はとやかく言う前に俺の店に来い。俺が今店で提供しているものは、俺の出したい全部。ではない。だけど、店のものを食べてみたらお前も判る気がする。お前が俺の店で働くかどうかは、その後で良いよ」


横で頭領は俺の話を楽しそうに聞いていた。マルコは釈然としない表情をしていたが、俺の話と頭領の表情を見て何かを感じてくれた様だ。マルコは頭領の指示で作業に戻った。俺は蒸留方法の詰めを頭領と始めた。数日前の脳内ブラウジングで、醸造酒に含まれる化合物のうち、蒸留法により取り除いた方が望ましい物質を幾つか選定した。俺たちが必要としているエタノールの沸点は七十八点三度。それ以下の沸点で幾つかの有害な化合物が取り出せる。頭痛の元と言われているアセトアルデヒド二十点二度。自決用の青酸カリ、昭和を騒がせた青酸コーラ事件、サスペンスドラマにしょっちゅう登場する青酸の沸点が二十六点零度。アルコールはアルコールだが、失明や命を落とす危険もあるメタノールの沸点が六十四点六渡。我々の目的とするエタノールの沸点が七十八点三度。と言うことは、六十五度でしばらく蒸留した液体に毒性の強いものが集まるはずで、その後七十九度で蒸留すれば純度の高いエタノールが取り出せるのでは無いか。という推論を頭領に話す。その後、メタノールとエタノールは共沸混合物というもので、単式蒸留で分けることは不可能である。という記述を見つけたが、単式蒸留で製造されている焼酎は沢山あるし、経験と結果による試行錯誤で探っていくしかないということも話し、しばらくこの方法でデータを取りながら進めて欲しいと結論づけた。俺はゴードの事務所へ向かうことにした。俺はマルコをコテンパンにしないとならない。


ゴードと向き合って俺は話し始めた。現在、新たな酒の試作を進めていること。 果実酒とは違い、穀物酒は二段階の発酵を必要とするので、味にばらつきが出やすい事。そのため、相当のノウハウを必要とするだろうと言うこと。その前段階として、糖蜜を使った安いアルコールを作り、それを蒸留という方法で旨いとは言えないが、害が少なく均質で安価なアルコール製造を始めたこと。均質で安価なアルコールはほぼほぼ完成しつつある事。このアルコールを美味しく飲ませるために、炭酸水が必要なことを話した。


「炭酸水というのは、スパークリングワインの様に泡立つ感じの水のことかい?」

「そうそう、穴を掘っていると温泉がでるじゃない?その中に、稀に炭酸を含んだ温泉もあって飲料にも適してる場合がある筈なんだけど。」

「おまえさんも知っての通り、この国は鉄鉱石と石炭の採掘が盛んだから温泉はあっちこっちで湧いてるぞ。その中に幾つかお前さんの言う鉱泉もあったはずだ。ごく少量、むかつきを押さえるための清涼水として、薬局で取り扱ってたはずだな。必要ならうちの商会でも入手出来るはずだ。サンプルを取り寄せさせよう。しかし、炭酸水で旨い酒なんて出来るのか?」

「旨いかどうかはさておき、癖になる安い酒はできる。チューハイというんだ」


俺はニヤリと笑いながら答えた。


数日してゴードから連絡が届き、炭酸水のサンプルが入荷したというので、その日の夜にゴード、頭領、マルコと、紹介も兼ねてと思いつきノーズに店まで来て貰った。各々の紹介を済ませると、テーブルに並んで座って貰った。俺は真向かいに陣取るとチューハイの説明を始める。


「これが、糖蜜から作った酒を蒸留という方法で、アルコールだけを取り出し、水で薄めたものです。これ自体には原料の風味も旨味も残されていません。この酒のメリットは安いコストで均質なアルコールが作れる。蒸留を経ている為、有害物質が減っていて、二日酔いになることが少ない。この2点ぐらいでしょうか。それで、このボトルに入っているのが炭酸水です。で、これが櫛切りにしたレモン」


言いながら俺は大ぶりのマグカップにぶっかき氷を放り込み、焼酎を入れて炭酸で満たし、櫛切りレモンを一つ搾ると簡単にマドラーでかき混ぜた。


「これが、俺の国で長年親しまれているチュウハイという飲み物です。これ自体はアルコールと炭酸の苦みと、レモンの酸味、炭酸のパチパチ感だけの非情にシンプルな味しかしません」


同じものを四つ作り、皆に配って飲んで貰う。俺の言う通りの味だと皆がうなずく。俺はそれを見てキッチンにまわり、オーブンから豚バラ肉の炙ったものを取り出した。10センチ幅に切った豚バラの大ぶりブロック肉だ。1時間ほどじっくり焼いたものだ。肉をまな板に取り1センチ幅にスライスする。断面は鮮やかなピンク色をしていて肉汁がふんだんににじみ出てくる。良い焼き加減だ。大皿に取り刻んだ長葱を散らし、ドットクックでレシピを調べたポン酢を掛けた。


「これはじっくりオーブンで焼いた豚バラ肉にポン酢という酢と柑橘類を搾った醤油のソースを掛けた簡単な料理です。じっくり焼くことで、脂身から甘みのある油が出てきてます。ゴードや頭領、ノーズにはこの脂身はちょっとなぁという年齢でしょうかね?これを食べて貰いながら、チューハイ試してみて下さい」


「んほ!この脂の甘いこと!ポンズの酸味によく合いますなぁ!葱の歯ごたえも楽しいしの!」


と、ノーズ。


「俺は酒にも料理にも余りこだわりはないが、この肉の脂っこさをチューハイが洗いぬぐってくれるというのか、なにやら交互に味わってると料理も酒も際限なしに進む様だ。この酒が安い酒で、この豚バラのあぶり焼きも特に高い材料じゃない。なのにこのマッチ感。至福感。ローコストというのが、どうにも俺を興奮させるよ。がははははは」


と、ゴード。


「ふーむ。むむむぅ。ほほぉー。ふはは」


楽しそうな頭領。掴みはオーケーと感じつつ、キッチンに入りササッと川エビを油で揚げて塩を振りレモンを搾ったものを出した。こういう淡泊だけど食感がジャリジャリしたものも、チューハイと合いますよと言葉を添えて。川エビの素揚げとチューハイに上がる歓声を聞きつつ、ねぎまのタレ焼きを作る。ザラメと自作の水飴、醤油で作ったタレに何度かくぐらせてじっくり火を通す。焦げた香ばしい葱に染みいる醤油タレ。日本人ならKO必至の味わいだ。


「ノーズと出会ったときはシオコショーしかありませんでしたが、醤油が作れる様になったので今日はタレ焼きです。焦げた葱から染み出る醤油だれの香ばしさは俺は大好きです。こういう甘塩っぱい料理にもチューハイは合うんですよ。で、この唐辛子をちょっと掛けて食べて下さい。この国の人は辛いの苦手ですよね?でもちょっと多めに試してみて下さい。舌にビリビリきたら、チューハイを飲んでみて」


俺の言葉に忠実に従う4人。香辛料になれてない面々は早速、咳き込んだり赤い顔したり、見ていて楽しい。そして、痛む舌をチューハイがいやしてくれる快感を味わい表情が変わる4人。俺は続けてたたみ込んだ。


「どうですか?脂っこさや、じゃりじゃりした食感、焦げた苦みや、タレの甘ったるさ、唐辛子の辛味。それをチューハイの炭酸水が洗い流してくれるリセット感。それらを交互に味わったとき、やみつきになりませんか?チューハイの酒が甘かったり香りが豊かだったり旨かったら、それは邪魔なだけなんです。シンプルでこそ、炭酸のさっぱり感と、レモンのほのかな酸味が生きるんですよ。しかもこの酒は安く作れて翌日残りません。チューハイは俺の国では労働者必須の酒なんです」

「わはー!やっぱり俺の勘に狂いはなかった。あんたと出会えて俺は幸せだよ。旨いという幸せをあんたは色んな形で俺に見せてくれる。これからも頼むぞ。な!」

「ケント、全くお前さんは、ほんとうに金の匂いが途切れることがないなぁ!これからも末永くよろしく頼む」

「貴方は私たち生産者の喜びを、形を変えて幾つも示してくれます。私は貴方と出会ってから、何度もものの見方考え方を改めていますよ」


大事な3人にこう言って貰えたので、俺はマルコの目を見てこう言った。


「どうだ。俺もまだまだ経験も浅いし知らないことも沢山ある。だけど、俺の気持ちはこの一点につきる。俺の知識を形にして、この国の人々に喜んで貰いたい。生産者としてのお前も、とどのつまり人が喜ぶものを作りたい。って事になるんじゃないのか?もしよかったらしばらくここを手伝うことを考えてくれ」

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