第26話 リミュメルトダウン寸前?
振り返ってみると、やっぱりこの世界に来て順風満帆過ぎていたのだ。何のコネクションもない異世界に、身1つで放り出されてすぐにリミュと出会いねぐらが見つかり。その後、この世界の説明をしてくれて、かつ俺を信用してくれて、簡単な俺の身元保証までしてくれるリナまで見つかり。お祖母さんの仕事部屋で胡椒が見つかったことで、強力な協力者のゴードと知り合い。シオコショーを商品化する過程で、鉱山ギルドの顔役であるノーズと知り合い。シオコショーが売れたことで、日々の生活に困らないだけの定収入を得ることができ。学者肌で俺が密かに尊敬を寄せている頭領と知り合い、仲間と言って貰え。巨漢のオネエだけど、実は偉大な指導者の資質があるかも知れないムア先生と出会い。ヨーグルト作り、紅茶作り、麹菌の入手、出汁昆布と煮干し、アジの開きの商品化成功、味噌醤油の製造もとんとん拍子で上手くいってしまい。オバチャンの協力により、あっけなくアンテナショップ的に出したショウジキヤも軌道に乗ってしまった。唯一のアクシデントはリミュの魔法力が強すぎたことぐらいか。それも大きな出費は強いられたがたった一日でイレギュラーに生まれた超絶魔具で解決してしまった。
こんな状況、物語だったら起伏のないダメストーリーだし、ゲームだったらクソゲーと罵られても文句は言えまい。そう自分に言い聞かせて納得させようとしてはみたものの・・・・・・。やっぱり当事者としては困惑する一方だ。それは突然始まった。とんとん拍子で進んできた新世界の暮らしに。旧世界では味わえなかった他者との関わりが楽しくて。俺はとても心をホロ溶かされて浮かれている部分もあったのだろう。歩いているとき、料理を作っているとき、作業中と、様々な場面で、俺はいつの間にか鼻歌を歌っていることがあった。その日、リミュとキトと3人で店の二階のテーブルで夕飯を取っていると、いきなりバァーンと大きな音が鳴った。
「食べてるときになぁ!歌って良いの?歌って良いの?歌ってぇいいのぉっ!」
キトも俺も、口をぽかーんと開けたまま固まってしまった
「だからぁ!そういうのお行儀悪いでしょっ。怒られるでしょ!そーゆーの言われたでしょ!言われなかった?」
俺は冷水を浴びせられた思いだった。気づくと俺はフンフンと鼻歌を歌いながら、夕食に舌鼓を打ってしまっていた。元の世界では、秒刻みで自分を緩ませない様、何かを表現しない様、動かない様、声や音を発しない様、細心の注意を払って行動していた。人前で鼻歌なんてもってのほかだった。十数年間タブーとしてきたことをやってしまい、それを自分が大事にしている人間にとがめられた。俺は自失し狼狽え、リミュにオドオドと謝りだした。
「ご、ごめん。ごめんなさい。食事中に歌うのはダメだ。うっかり俺歌ってた。リミュ、ごめん」
俺は、顔の血の気が引いていたろう。俺たち3人の立ち位置を理解して忠実に自分の役目を遂行しているキトが口を開いた。
「リミュ。ケンとうさん歌ってたけどさぁ。俺はそんなイヤじゃなかったよ。ケンとうさんが機嫌が良いと俺は嬉しいよ。ケンとうさんが機嫌が悪かったり元気がないと俺は心配だもん。リミュもそうだろ?なんでそんなに怒ってんの?」
「そんなこと言われてもわかんないのなぁっ!なんでキトそんなこと聞くのな?いじわるなのか?わかんないこと聞かれたらいやなのな!」
改めて、机をバンバンと叩きながら叫ぶリミュ。リミュはうっすら瞳に涙を浮かべていた。リミュの涙を見て、俺は自分を少し取り戻せた。おそらく保護者の責任感がそうさせたんだと思う。心配になり、改めてリミュをよく観察してみた。俺の頭の中に情緒不安定という言葉が浮かんだ。早速脳内リサーチ。[五、六歳、イライラ、情緒不安定]で検索してみた。大量にヒットしたページを流し読みしてみる。同じ悩みを抱えたお母さん達が集まりただただ愚痴を言い合ってるだけのサイトから、深刻に状況を捉えて、周りに助けを求めていて専門家がコメントをしているサイトなどもあった。イライラの原因として俺の目にとまったのは3つ。[環境の急変][中間反抗期][欲求への抑圧]だった。お祖母さんが居なくなってしまい、急に俺とキトと暮らす様になり、生活の拠点を町のショウジキヤに移したリミュ。環境の急変は大いにうなずける心当たりだった。またこれ位の年頃になると発生することがある中間反抗期という言葉。インターネットが発達してから、言った者勝ちの造語なんじゃないの?と思える様な用語が氾濫してきているので、そういうんじゃないの?と疑う気もあったけど条件状況等は合致している。 あとこれは本当に、心の中で膝を叩いた。リミュに取ってみれば魔法を使える様になったのはつい最近なので欲求というと違うかも知れないが、お祖母さんが居なくなり、自分の強い魔法が俺やキトをこの世から消してしまうかも。というプレッシャーを持ちながら、自分の魔法を抑制するのは相当ストレスの溜まる作業だった筈だ。取りあえず、原因と対策を考えながらリミュとは接していこうと心に決めた俺だった。俺はまず、リミュと過ごす時間を増やそうと考えた。そのため俺は早速翌朝には、知り合いに片っ端から当たってショウジキヤのキッチン担当を探すことにした。元々アンテナショップ的目的で始めた店だし、今は幸い十二分に利益も出ている。経験の浅い自分の料理が最高だとは思えなかったし、何しろ俺はコミュ障完全体だ。どんなヤツが来ても、接客的には俺より評価は上になるはずだ。来て下さるお客さんたちを裏切らない為にも人選は慎重に行いたいと思ったが、そう言う理由でそれほど心配は抱かなかった。
二日して、頭領から良い知らせが届いた。ヨーグルト、醤油、味噌、蒸留酒造りについては、経験の深いワイン職人より新人から積み上げた方が良いだろうという頭領の判断で若手の新入りを3人指名して頭領の指示で作業を続けていた。そのうちの1人を一時的にでもキッチンに入れたらどうか?という頭領の話を詳しく聞くため、俺は工房を訪れた。
「試作工房で働く3人のうち一番若いヤツが、一番理屈っぽくて味へのこだわりも強いです。私は、そいつなら貴方ともウマが合うんじゃないかなと思っています。一度打診をしたんです。お前が作る製品を、誰がどのように楽しんでるか、見て聞いて感じて来ることも大事だ。その経験をまた自分の製品作りへ活かせるぞと言ったら、目を輝かしてうなずいていたので、やる気もあると思います」
という、頭領の説明の後、呼ばれて会ったのがマルコという少年だった。
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