第25話 蒸留酒造り

実際、オバチャン効果は凄まじいものがあった。次の日からポツポツとおっかなびっくりという感じで来店する、2、3人の女性客が増えた。最初は一日3グループぐらいだったが、日増しにグループ数が多くなっていき、1週間経ったときには一日に十グループぐらいに増えていた。



「あの方、たまに何を仰ってるか判らないでしょ?こちらの質問にも答えてくれないので、さっぱり要領も得ないし。でもなんだか強引で・・・・・・・二日経って行ってないと、ホントにビックリという感じでなんで行ってないの?って聞いてくるし」

「正直、何で私が?と思う部分はあったんですけど、本当に楽しそうに話されてるので、あぁ、そのお店に行ったら私もオバさんの様にストレスから解放されるのかしら?なんて思ってきちゃいました」


町内会の集まり。手芸や音楽、陶芸などの趣味の集まり。各ギルドに属するメンバーの奥様方の集まり等々、様々なグループにオバチャンは声を掛けてくれた様だ。そして殆どの人が困惑しつつ、来店してくれたようだ。お客さんの声を拾い集めてみると、


○私こそが正義。という感じで自信たっぷりに話をしてくるので、一度はきてみようと思った。

○ダイエットの話、美容の話、健康の話、矢継ぎ早に振ってきて盛り上がった話題の時に畳みかける様に落とされた。

○旦那のギルドのライバルの奥さんも来てるというので負けてられないと思った。

○美味しいのに身体に良いとか、肌が綺麗になるとか、お通じがよくなるとか、なんだか来てみないと損な気がしてきた。

○身体や健康の悩みを話していたら、それを解消出来るのはここだ!と言われてきた。


等々。現代日本のセールステクニックを彼女は全て駆使して勧誘してくれたのでは無かろうか。という凄テク振りだった。大阪のオバチャンのコミュ力の凄さをまざまざと、見せつけられた思いだった。幸いなことに、ショウジキヤの来店後の感想は、殆どの人が好意的な評価をしてくれた様で、オバチャン自身の評判も落ちずに済んだ様だ。料理の味については、結構意見が分かれた様だ。発酵食品に慣れ親しんでないこの国の人々には一定の慣れが必要と思われる。しかし、アマザケを始めドリンク類全般と、カップケーキ、ヨーグルトについては、おしなべて好意的に受け入れられた様だ。元々、俺が皆に認められたい、皆に喜ばれて自分の存在意義を強めたいという欲求から、競争相手も居ないのに値段設定もかなり抑えめにしていたため、ライトユーザーにはお茶をしながらダベる場所として、重宝がられた。お昼時と、普通飲食店が暇になる午後から夕方に掛けての時間帯はダベり層にウケて、開店十日目ぐらいから稼働率80%をキープした。最初のうち夕飯時は暇だったが、半月過ぎた辺りから、ハマったという申告をされるリピーター客が増えてきて、ひと月目には初の自称ヌカヅケファンも生まれた。


開店から三ヶ月。一ヶ月を過ぎた辺りからは、目立つ落ち込みもなく安定した売り上げをキープ。当初の目標の130%ぐらいの売り上げを毎日達成し続けた。ショウジキヤは昼十二時開店、休み時間は無く十九時閉店という営業スタイルだ。大分町の知り合いも増えて、日本での生活からは想像も出来ないほど俺の生活は賑やかになっていた。


俺は店を閉めた後、追加のバイト料を約束してウェイに子供達の世話を頼み、頭領の元へ向かった。新たな商品の試作の話し合いのためだ。この世界には果実酒しかない。俺はショウジキヤのメニューの幅を広げるには他の酒が必要不可欠だという結論をもった。一番欲しいのはビール。次に日本酒か焼酎だった。が、醸造酒は発酵に使った菌と醸造状態によって味や香りが決定されてしまう。非情に難しく博打的要素もあると感じた。そこで、蒸留を繰り返してアルコール度数を高めていけば理屈的には純粋なエタノールが取り出せるはずだ。エタノールであれば、味や成分に違いは無いはず。なのでアルコール発酵ができる材料なら原料はなんでも良いはず。という推測を立てた。いわゆる甲類焼酎である。甲類焼酎を造り続ける中でノウハウを蓄えていき、素材の風味を活かした乙類焼酎や、日本酒などの製造に手を広げていこうという目論見である。ビールはその後だ。


俺は工房に着くと、お祖母さんの仕事部屋にあった製薬用の蒸留器を頭領に見せながら説明を始めた。


「酒というのは、舌が甘いと感じる糖分という成分を、酵母菌がアルコールに変質させることで出来ます。この酵母菌は空気中に沢山存在していますが、葡萄の果皮には元々大量についているものでした。だから、葡萄ジュースが自然発酵することで酒ができることをこの世界の人々は古くから知ることが出来たわけです。ですので糖分のある液体ならほぼ何でもアルコールを作る事が出来ます。製糖工場で余った糖蜜の中で酵母菌を増やせばコストが安く比較的均一なアルコールが造れるはずです。それで、毎年出来の違う葡萄汁を旨い葡萄酒にすることが頭領達ワイン蔵職人の腕の見せ所な訳ですよね?で、大体なんですが、葡萄汁中の糖分をアルコールに変えたワインは1割から2割のアルコールが含まれています。私たちの国では、ワインを蒸留することで、アルコール度数を高め雑味を減らしたブランデーという酒も愛されていました。大体4割から7割のアルコール度数の強い酒です。ワインやシードルを醸造酒といい、蒸留を経た酒を蒸留酒と呼んでいました。蒸留酒は醸造酒と比べると、不純物の含有量が減るため、同じ量のアルコールを摂取した場合、いわゆる悪酔いが少なくなる傾向にあります。翌日頭痛が起こったりする成分は醸造酒の方が多く含まれているわけです。それで、蒸留酒ですが雑味を減らす代わりに、酒の味わいである風味も減ります。じゃぁなんで蒸留酒を作るのよ。って話になりますが、さっき言った悪酔い成分を減らすの他に、強い酒を作るという目的もあります。で、俺が思った目論見はそれとは大きくかけ離れています。まずはビールと日本酒という酒の説明をします。ビールと日本酒は俺の国で盛んに飲まれていた人気の酒です。さっき言った通り、酒は糖分をアルコールに変えた飲み物なんですが、俺の国では盛んに穀物から酒を作っていました。穀物は基本的に多くは糖分を含みません。だから酒にしづらい材料ではあります。穀物には澱粉という成分が多く含まれています。澱粉は麹菌によって糖分に変えることが出来ます。簡単に言うと、日本酒は米を麹で分解して糖にして、酵母でアルコールにした酒です。ビールは麦を糖に変えてアルコールに変え、ホップという草花を使い苦みをつけた酒です。アルコール発酵過程で発生した炭酸ガスをビールは敢えて抜きません。この世界にもスパークリングワインはありますか?あ、ある。それと一緒です。苦みと炭酸がもたらす清涼感は、脂っこい料理と合わせたとき無敵の酒になります。それで、ビールにせよ日本酒にせよ、澱粉→糖→アルコールという二段階の発酵の過程で、複雑な風味や味わいが生まれます。全く果実を使っていないし飲んでも甘くないのに、果実の様な芳醇な甘い香りがする酒もあるほどなんです。俺の最終的な目標は、ビールと日本酒を造ること。なんですが、これは偶然や体験によるノウハウを積み上げない限り、よい酒は出来ないと思います。で、酒というのはアルコールが入った飲み物。なんですが、人間が飲んで害のないアルコールの成分をメタノールと言います。このメタノールという成分は均質なものなので、どの酒から抜き出しても同じ味、同じ効果が期待出来ます。この抜き出す方法が蒸留なわけです。俺の国では、敢えて風味を残さない蒸留酒も一定のニーズがありました。極端な話、材料や製法はさておき、酒を作って蒸留によってメタノールを取り出した場合同じ品質のものが得られるとしたら、それは技術的なノウハウや偶然は必要とされません。悪い言い方ですが、その分人件費などのコストが減らせます。そうやって作った安いアルコールを、清涼飲料などで割って飲む文化が俺の国ではありました。炭酸と果汁で割ったり、お茶で割ったりという感じです。それで、俺が頭領にお願いしたかった話の結論はこうです。将来的に日本酒やビールも造ってみたいけど、そのノウハウ作りなどもついでに出来るので、均質的な蒸留酒をまずは造り始めてみませんか。ということです」


俺のこの回りくどく長い話を忍耐強く聞いてくれていた頭領は、自分の顎を撫でながら、こう答えた。


「つまり、貴方の国で人気だった、米や麦の酒を作る前段階として、蒸留酒を作ろうということですね。まずはコストを考えて糖蜜を使った蒸留酒造りで、蒸留技術のノウハウを積みましょう」


頭領と言い、ゴードと言い、先生と言い、オバチャンと言い、なぜこの国には俺のことを助けてくれる超絶スキルの人間が集まってるんだ。イージーモードすぎだろ。まとまってない考えをとりとめなく情熱だけで語り終えた俺のくどい話を完結にまとめた頭領を頼もしく感じる俺だった。

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