第21話 旨味は大事

「海底からですね、これ位の幅で、厚みはこれ位で、長いと十メートルぐらいになる黒いやつ。この国の海でも生えてますかね?」

「うーん。どうかなぁ?生えてんのかなぁ?明日港まで仕入れに行く番頭に頼んで聞いてこさせるよ。」


俺の問いにゴードは答えた。ヨーグルト、シオコショー。現時点で商品として成立しているのは、この二つだけ。いくら何でも商品力的に弱い。店舗も見つかり内装の手直しの間に、少しでも商品の幅を広げておきたい。そこで、ゴードの知識に頼るため商会までやってきたのだ。


この国には、酒がワインとシードルしかない。発酵文化が殆ど無かったので、糖度の高い果汁が自然発生的にアルコールになった果実酒しか存在してないのだ。お茶も緑茶のみだ。ドリンクの種類が足りないので、イメージ的にはカフェ的なスタンスで店を開くしかないんじゃないかという結論に達した。せめてビールがあるとグッと広がる気がするのだが、それはまだまだ先の話だ。それと、今までの短い経験から考えると、メディアのないこの国では女性層の口コミに勝る宣伝媒体は無いようだ。健康や美容をうたい、新しい味を提案し、女性層を取り込む。そのためにももう少し商品を増やしたい。取りあえずターゲットは女性層で決まりだ。


女性をターゲットにしたカフェ。となれば、ドリンクとスイーツ系の充実が必須だろう。日本にあったけどここにないものを考えてみて、パッと思いついたのが紅茶だ。早速脳内ブラウジング。紅茶は収穫後、揉んだときに葉に含まれる酵素が染み出てきて発酵が起こり紅茶となる。日本で親しまれる緑茶は収穫後、茶葉を蒸す事で酵素を殺してしまうのだ。蒸すという一手間があるので、緑茶の方が後天的に生まれたお茶だと思うのだが、そこはこの世界。手軽に加熱が出来る。揉みやすくする為、揉捻前に、加熱して柔らかくした。そしてそのまま緑茶のみが愛され続けた。ということだと俺は推測している。紅茶はきっとこの国の女性にも受けるだろう。ゴードの知り合いの茶葉工房の揉捻機を借りるのに、今度工房の責任者を紹介して貰う約束になっている。なんか気の利いたスイーツをもう一品ぐらい考えておくべきだ。この世界で手に入る材料で作れるスイーツ。『小麦粉、卵、バター、砂糖で作るおいしいスイーツ』で検索してみた。だめだ沢山ありすぎる。スイーツの後に素朴な味わいと入れてみた。幾つかの記事を読んで、昭和の老舗洋菓子店のカップケーキを見つけた。これだこれにしよう。後で試作してリミュとキトに食べさせてみよう。


お茶とスイーツは一品ずつ増やせた。あとは健康志向の和食を軸に食事を展開しよう。と考えてハッと気づいた。和食と言えば旨みじゃん。うっかりしてた旨み。旨み忘れてた。味噌出来ても、旨みがなかったら全くおいしくない味噌汁になってしまう。我が家は味にうるさくない家庭だったので、アミノ酸調味料や、顆粒鰹だし調味料などを愛用していた。そんなマジカルな物はこの国にあるわけがない。慌てて鰹節の造り方を調べてみたが、鰹節の工場によっては幾つかのカビを工程に合わせて使い分けて熟成をさせるとあった。大昔は偶然ついたカビで結果がよくて、そのカビが工房に住み着いて味が安定したんだと思う。本枯節の製造期間は短くても六ヶ月とある。俺は少し心が折れた。顕微鏡もないこの環境で、害のあるカビを避けて適切なカビを幾つか選び、それを使い分けてなんて無理ゲー過ぎる。貝類の味噌汁なら貝からの出汁でおいしくなるが、他の具材の味噌汁も提供したい。取りあえず、手軽な出汁材として昆布と煮干しを作るしかない。そう思い至り、ゴードに相談してたわけだ。


「聞いてみる。じゃ、困る。時間が掛かりすぎる。試作品を作らせてくれ。今からメモを書くから」


と、脳内画像再生しながら、特徴を捉え簡単な昆布とイワシのイラストを描く。昆布のイラストの上下に破線を書いた。イワシも特徴を捉えたイラストを描く。イラストに添えて注意書きを箇条書きにしてみた。



昆布の作り方

○干す工程が一番大事なので、天気をよく考えてから昆布を取ること。

○昆布はタワシを使って海水でよく洗い汚れを落とすこと。

○破線にそって切り取り小石の浜でよく干すこと。一日に五、六回返して万遍なく干すこと。厚紙の様に硬くなるまで干すこと。

○夜、同じように小石の浜に昆布を敷いて夜露に晒すこと。夜露に晒す事で一度干して硬くした昆布を柔らかくする。

○柔らかくした昆布を伸ばして平らにすること。

○伸ばして平らになった昆布をまた天日に晒して干すこと。

○天日に晒して干し、屋内でしばらく寝かしという工程を昆布の表面に白い粉が出るまで続けること。

○大人の指先から肘ぐらいの長さに切りそろえ十枚をひと束にして束ねること。


※昆布は昆布自体には価値がない。白い粉を吹いた状態に価値がある。その手間を惜しまずキチンとした品質の物ならばひと束二十ギルで買い取る。まずは作れるかどうか試作品を作って納品して下さい。試作品は出来不出来に関わらず二十ギルで買い取ります。試作品の出来が良ければ、今後1束二十ギルで買わせて頂きますので、手間を惜しまず試作お願いします。



煮干しの作り方

○長さが大人の小指から中指ほどの、イラストに似た小魚を集める。

○タワシを使って海水でよく洗い鱗を落とす。

○海水で四分ほど煮る。

○熱いうちにザルやムシロに並べて風通しの良い所に起き干す。この際、身が崩れる様なら茹ですぎ。

○一日天日で干した後は、風通しの良い日陰に移し乾燥を進める。

○四日ほど干しカチカチに硬くなったら完成。


※乾燥が甘いとカビが生えてしまいます。こちらも品質がよければ1ストーン五ギルで買い取ります。


昆布も煮干しも出来が良ければ、今後大量に継続的に購入します。出来の良い試作を待ってます。


と、メモに記しゴードに渡した。ゴードはメモを見て、こんな物が旨いのか?と聞いてきた。


「これはね、食べるものではないんだよ。旨みを取るモノなんだ。」

「旨み?旨みって何だ?」

「うーん。言葉で表すのは難しいけど。塩っぱい、甘い、酸っぱい、苦いってのは判るよね?この国では余り親しまれてないけど、辛い。という味もある。それとは別に、食べ物をおいしいと感じさせる味があるんだよ。それが旨味。どんな料理も旨味を足すことでグンと美味しくなる。お湯に塩を入れただけよりも、鳥や豚の骨を煮込んで作るスープは美味しいでしょ?あれも、肉の旨味がでてるから美味しく感じるんだよ。この前話した味噌という調味料は主にスープを作るとき専用の調味料なんだけど、旨味がないと全然美味しく感じないんだよね。だから旨味は今後のショウジキヤには絶対必要なんだ」

「ほう。そうなのか。俺は食べる事に余り金を使ってこなかったからよく判らないな」

「あはは。そういう人も居るよね。でもね、旨い物を食べたらトリコになって、旨くない物は食べられない!って人も居るだろ?この前紹介したノーズもそうだよ。そういう人は一度ハマればずっと買い続けてくれるんだよ」

「そうか。そ、そうか。そうだな。こりゃ金の匂いがしてきたな!わは、わはははははは!」

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