第17話 散財したけどホッとした
ゴードの事務所を出てすぐに俺は家路を急いだ。心配で矢も楯もたまらず、まだ寝ていたキトを起こしてリミュを頼んで先生の元に相談に来たからだ。俺は広場で朝飯代わりのパンケーキを買って家に向かった。小走りで家に着くと、キトもリミュもまだ寝ていた。二人を起こし食事を取らせる。今日は休みの日だ。ムア先生、本気でオンナ磨きに取り組んでるのか、三日授業をしたら一日休むという感じで塾をやっている。先生は生活のタイムテーブルを壊されるのをホント嫌う人ぽいけど、今日の早朝押しかけた俺を全く責める感じはなかった。リミュのことを本気で心配してくれてたんだと思う。お昼過ぎに工房行って頭領にヨーグルトを分けて貰ったらお土産としてもう一度尋ねてみる事にした。魔具の情報も得られるかも知れないし。正直、超強力爆弾を身近に置いている様で落ち着かない。万が一事故があったら幼いリミュの心が傷を負うかも知れない。それはなんとしても避けたいことだ。ムア先生の所へは迷惑を考えて昼過ぎに行くとして、余った時間は魔法の抑制した使用練習に費やす事にした。ゴードに借りたままになっている素焼きコンロに炭を置いて、それを加熱着火する練習だ。ハラハラしながらそーっとそーっとと、リミュの横で昼まで言い続けだった俺は喉が痛くなってしまった。
それはそうと、コミュ障完全体設定の強制力を纏う俺だが、この世界に来てあまりそれを感じた事がない。なぜなのだろうか。傷ついて傷ついて、傷ついた上からまた傷ついて、角質化したかかとの裏の様な強固なコンプレックスの壁があるので、なかなか自分寄りには考えづらかったのだが、学生の頃はノリがまず第一前提にあった。しかし、今は保護者を求めるリミュとキト。大事な知り合い宅の異変を調べる必要に迫られたリナ。金儲けの匂いをビンカンに感じ取ったゴード。美味いものの匂いをビンカンに感じ取ったノーズ。面倒事とはいえ、教え子を導く義務を持っているムア先生。それぞれが、俺と関わる動機を持っていて、それが一番優先されると強制力も無視されやすい。と言う事なのでは無いだろうか。もしそれが正しかったら、こんな嬉しい事はない。これからも、この世界においしいものや便利なものを提案して人々を喜ばせて行こう。それが俺の幸せに繋がるかも知れない。いい時間になったので、二人を促して町を目指す。木々の隙間を縫って降り注ぐ柔らかな陽光を浴びながら、二人と手を繋ぎ歩く。俺は生まれて初めて笑顔を伴い、生まれて初めて鼻歌というものを発しながら、歩いていた。
工房に寄って頭領からヨーグルトを分けて貰った。ヨーグルトは簡単に作れるなと頭領がいう。これから、色々条件を微調整して風味の変化などを探っていくつもりだ。と言う。この人は学者肌なんだなぁと俺は感じた。新製品の開発も色々と考えて居るので、今後とも協力をお願いしたいと丁寧に挨拶をしてムア先生の元へ向かう。俺たち三人を迎えてくれたムア先生は、今回も文句を言わず招き入れてくれた。挨拶もそこそこに、いきなり膝をついたムア先生は、ガバッとリミュを抱き寄せて頬ずりしながら言った。
「リミュ。あなたの魔法力はとても凄かったんだってね。素敵じゃないのぉー。せんせい、あなたが私の生徒で鼻が高いわ。でもいい。リミュ。よく聞くのよ。貴方の魔法は強力だから、とても危険なの。だからこれからは先生の授業はよく聞いて。そして真剣に練習をして。そうしたら貴方はこの国で一番の大魔導師になれるわ。先生約束する。だからリミュも約束して。判った?」
この国はオネエに対する差別があるのかどうかは知らない。それでも、ムア先生は小さい頃から、悩み考え生きてきたんだろう。孤独な思春期を過ごしてきたんだと思う。だからここまで異端な存在に優しく接せられるのだと俺は感じた。ムア先生はひょっとすると途轍もなく優秀な指導者なのかもしれない。
「わかったのなー。リミュ約束守るのな!そして大魔導師になるのなーっ!」
おそらく、一番とか、大とかの言葉がリミュの心の琴線に触れたのだろう。この誓いが永遠に続く事を保護者として俺は切に祈ります。
「偉いわーリミュ。良い子よぉ。あなた」
リミュの背中をポンポンと叩き話を終えたムア先生はぬののののぉ!と立ち上がり俺に向き直った。先生の巨体が動くと本当に迫力がある。
「ケント。魔具の件だけど、付き合いのある魔具商を呼んでおいたわ。多分もうすぐ来ると思うわ。お茶を入れるから、座って待ってて頂戴」
先生に促されて椅子に座り、ふぅと息をついた途端ノックの音がした。俺は先生に気を遣い、俺が出まーすと声を掛けて玄関に向かった。ドアを開けても誰もいない。ここにおりますじゃ。と、下から声が聞こえた。下卑た人間の声はこういうのを言うんだろうと俺は本能的な嫌悪感を感じた。粘度の増した劣等感の匂いがする。俺は近親憎悪を感じたのかも知れない。そこには極端に身長が低く、顔が大きく目がぎょろりと突き出ているガマガエルの様な男が立っていた。身長はリミュより低い、百センチに満たないだろう。
「魔具の件でムア先生に呼ばれて参りました。先生はご在宅でゲスか?」
使う言葉まで醜悪だ。俺にしては珍しく無愛想に男を招き入れた。
「この魔具は、去年見習いで魔具工房に入ってきた小僧が作った品物でゲス。小僧は経験こそないでゲスが、才能があるんでげすな。時たま突拍子もない性能の魔具が出来るんでさぁ。まぁ突拍子もなさ過ぎて、需要も見込めないレベルのものばかりなんですがね。わたしゃ、そういうイレギュラーなものを全て買い求めて、自宅に大切に保管してありまさぁ。こう言う機会がある事を祈ってました。ぎぇっへっへっへっへ。ですんでまぁ、値は張りますわ。こう言う時に投資分回収せんとなりませんのでなぁ。げへへへ。まずは先生、性能を確認して見てくだせぇ」
魔具商が差し出したペンダントは、革紐にティアドロップの形をした銀色の金属枠に青い半透明な石かガラスの様なものが填め込まれたものだった。かろうじて先生のぶっとい首にペンダントは巻く事が出来た。コップに水を汲み、それを沸かしてみて性能を見る。先生の魔法力ならコップの水は指で触れた一瞬で沸騰するらしい。ところがかなり集中して魔力を使ってもコップの水は一向に沸騰せず、脂汗を浮かべた先生がギブアップしたとき水はやっとぬるま湯になった程度だった。今度はリミュに試させた。心配な俺はそーっとそーっとといいながらリミュを見守った。先生の真似をして人差し指をコップに当ててリミュは口を少しとんがらせた。リミュが集中するときの仕草だ。最初の一秒でリミュは首をかしげ、次の一秒で微笑みを浮かべ、その次の一秒で水は沸騰した。リミュは笑顔で俺に振り向き言った。
「これは楽なのなー!ちょっと出し過ぎても大変にならないのな!」
「やっぱりこの子は凄い子だわ。この国が始まって以来、ここまでの魔法力を持った人間は現れてないはず。おそらく私の数百倍の力は軽くあるわね。この魔具もすごいわね。魔法力はね、単純に蓄える量とそれを一度にどれだけ放出出来るか。って説明をしたけど、技量が上がってくると無駄が減っていくのよ。必要対象に限定して当てれば、少ない魔法力で効果は得られるのよ。ところが私が幾ら集中しても密度の高い線とならなかった。なんというか、もわぁっと強制的に分散されちゃって。それといつもなら出せる総量の十分の一ぐらいに抑制もされちゃうの。リミュはその魔力の集中なんて事もできない。しかもトラブルを心配して慎重に魔力を小出しにして調節していたわ。それでもこの威力。底知れない恐ろしさね」
ムア先生も心底驚いたらしい。リミュの魔力と魔具の性能の両方にだ。
「普通の人間じゃ全く魔力の無い状態になるほどの、とんでもない能力をこの魔具は秘めてるんでさぁ。だから全く一般的には無価値の魔具でさぁ。しかしでゲス。こういう時のために私は大枚をはたいて誰も見向きもしない魔具を買い集めてたんでゲス。これはびた一文まける気はないでゲス。この魔具の代金は1万ギル頂きます」
「な!ドルガあなたねぇ!貴方の事だから、私も代金はふっかけられると思っていたわ。でもせいぜい三千ギルと思っていたわよ。1万ギルって、この子が半年かかってやっと稼げるかどうかの金額じゃない!とんでもないわよ!」
気色ばんだムア先生を制して俺は言った。
「判りましたドルガさん。貴方の言う代金を払いましょう。ただし条件があります。私の収入はシオコショーの利益のみ。一日大体200ギルです。これが毎日入ってきます。今の蓄えから2000ギル払います。これから一ヶ月ごとに2000ギル6ヶ月間払いましょう。総額で12000ギルです。それと、商品に保証をつけて下さい。今日から一年間、万が一この魔具がリミュの魔法力に耐えきれず壊れたら、同等の品物を用意して貰います。あと、リミュの能力は、強力すぎます。悪意のあるものに、それが知れたら要らぬ企みに巻き込まれないとも限りません。リミュの話は絶対他言無用でお願いします。もしこの国にリミュの噂が広まったら、その時点で月々の支払いは致しません。その約束を守って頂けるなら、私はそのペンダントを買わせて頂きます」
「ようがす。その条件でお売り致しましょう。分割払いというのはこの国じゃ聞かない習慣でゲスが、私でも知っている、あのシオコショーの販売をされている方というなら信用するでゲス。それと保証についても聞き慣れない習慣だ。まぁ高額の商品を買うわけですからなぁ。しかもこのお嬢ちゃんの能力も、魔具の性能も計り知れない威力。何が起こるとも判りません。ようがす、お引き受け致しましょう」
案外あっけなくドルガは承諾した。おそらく需要のない能力の魔具だ。二束三文で買いたたいてきたのだろう。また、一万ギルというのも、値切られるのを覚悟して相当ふっかけた金額だったのだろう。それを分割とは言え12000ギルで買うと言った俺はカモに見えたのかも知れない。おそらく今日支払う二千ギルでも充分元は取れてウハウハだったはずだ。しかし、リミュの能力は破格すぎる。この風変わりな魔具商との繋がりを作っておく事も必要だと判断した。取りあえず当面はリミュのトンデモ魔法力に悩まされずに済みそうだ。俺は心の中でホッと胸をなで下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます