第12話 いやいや気のせいだよ。童貞力舐めんな。
いやいやいやいやないないないない。物心がついて、自分の特徴に気がついて、自分を押さえ込むことに慣れて十数年。十数年間もの長期間、俺は自分の感情に蓋をして殺して生きてきた。幾ら美人だからといって、リナに褒められたぐらいで、自分の感情が、心が、そう簡単に揺さぶられるわけがない。この世界に来て色々な事がありすぎて俺はとても疲れている。疲れていると免疫が落ちるっていうじゃない。感情の防御力もたまたま落ちていただけだ。そうに決まっている。ハイ決定。万事解決。ふぅー。危なかった。やれやれと額をぬぐって、ホッとため息をついていると、
「おい。聞いてるのか?」
と声を掛けられた。とっさにそっちに向くと、凜と輝く瞳が俺を射貫く。顔面瞬間着火。俺は思わず両手をテーブルに突き出し顔をテーブルの下に隠した。上半身だけ見れば太陽神にひれ伏す神官の様な格好だ。
「ご、ごめん。だ、大丈夫だ。ちょっと息苦しかっただけだ。疲れてるんだ。多分」
「そうか。キミはこの数日で本当色んな事がありすぎたものな。疲れているのは確かだ。日が暮れるまでベッドで休むと良い」
リナの言葉にこれ幸いと、寝室に退却する俺。ベッドに横たわり考えを巡らせる。確かにこの十日余り色んな事がありすぎた。身体も疲れてるのかも知れないが、心も疲れてるのかも知れない。幾ら俺が元の世界で他者との繋がりが希薄だったとしても、いきなり様々な関係を失ったのだ。自分では気になっていないが、心理的には喪失感を感じて心細くなってるのかも知れない。そういえば、どこかで恋とはフェニチルアミンと言う脳内分泌物が引き起こす錯覚状態である。なんて書かれているのを読んだことがある。自分の心が弱っているこのタイミングで美しい女性に初めて褒められたことで、脳からそのナントカアミンがちょっと漏れちゃったのかもしれない。何しろ俺はコミュ障完全体だ。この十数年自分の心に蓋をして上手くやってきたんだ。これからもそうやって生きて行くに限る。リナは数少ないこの世界での伝手だ。俺の下手な行動で彼女との関係性を失いたくない。そうじゃなくても、今の俺は幸せだ。こんな短期間に何人もの人間と関係性を構築し商売を始めて、お客にも喜ばれている。地球の二十数年よりこの十日間の方が濃い時間だったと思えるほどだ。リミュとキトのため、この状況を壊さない様生きていくのが一番だ。今の俺は充分幸せだ。結論がでて気持ちが落ち着いたのか、すぅっと俺は眠りに落ちた。
2時間ほど寝たのだろうか。目を覚ますと周りは少し薄暗くなり始めていた。隣の部屋からは子供達の話し声が聞こえる。寝ている俺に気遣って、リナが静かに子供と遊んでくれていたらしい。こんな時間今までなかったじゃないか。満ち足りた気分というのはこういう事だろうか。大きく息を吐き身体を起こすと、俺は顔を洗いに裏庭に向かった。
良い頃合いなので食事を作ることにする。フライパンに薄く油を敷いて、あらかじめヨーグルトに漬け込んでおいた鶏もも肉を三枚、皮を下にして蓋をして焼き始める。およそ5分。皮からでた脂の香りがとても良い。良いきつね色だ。肉の面を下にしてもう5分火を入れていく。肉を焼く間に湯むきしておいたトマトをサイコロに切る。火が通った肉は皿に取る。隣の強火のかまどにフライパンを移し、油と肉汁でトマトを炒めていく。煮崩れたトマトを煮詰めていきソースにする。塩胡椒とハチミツをちょっと隠し味。調味料が少ないこの世界のオールスター調理法だ。薄切りにしたパンを盛った皿と、鶏もも肉の皿。取り皿を四枚とスプーンにナイフフォーク。テーブルに並べ、一口サイズに切って小皿に取り分けてやった。
「とても柔らかいな!鶏もも肉だから味が濃くて旨いぞ。なのに柔らかい。凄いなニュウサンキン?だったか?」
というリナに笑顔でうなずく。薄切りパンにソースを載せたのが気に入った様で、リミュは口の周りをトマトでベシャベシャにしながら、パンをぱくついている。キトも旨そうに食べている。いいなぁ。こういうの。俺は満ち足りた気分ってやつをしみじみと味わいながら、鳥肉を口に放り込んだ。
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