第11話 惚れちゃった?童貞力舐めんな。

「あのシオコショーという商品はお前が売っているのか。同僚の間でも評判になっていたぞ」

「そうなんだ。思った以上の反響で俺も驚いている」


衛兵は週一交代で休みを取るらしく、リナが1週間ぶりに我が家に訪れた。四人で朝食を取り、お茶を飲みながら一息入れている所だ。昨日まで毎日町へ行き、試食販売を行った。毎日貰える小遣いで買い食いすることの方が大事だった様だが、リミュもキトも毎日手伝ってくれた。今日は一日家でゆっくり過ごすことにしていた。


シオコショーは口コミが口コミを呼び、二千セットが日に売れる様になっていた。一日200ギルが俺の懐に入ってくる。三人で生活して行くには充分の額だ。シオコショーは競合する人間が出てこないとも限らないし、一時的な流行という側面もあるので、臨時収入だと割り切りなるべく節約生活をすることに決めた。ゴードにノーズとの出会いと、今後香辛料調味料シリーズの生産販売をノーズに協力して貰うことを報告した。勝手に決めてしまったことを詫びると、ノーズの子供達の為になると思うと言い、また、ノーズを紹介してくれと頼まれた。彼とのコネクションが出来たことの方が、ゴードも商売上利益になると判断してくれた様だ。俺は二日おきに町に行き、ゴードから塩、胡椒、包紙を購入してノーズへ届ける。目下の所、俺の仕事はそれだけになった。


「そうだ。リナ。新しい商品を考えてみたんだ。ヨーグルトと言うんだけど、ちょっと試してみてくれ」


俺は言うと、ヨーグルトにハチミツを掛けたものをリナに出してみた。シオコショー販売が一段落ついたので次の新商品はと、脳内ブラウジングしていたときに、乳酸菌の入手方を知った。米ぬかを水で溶き一晩置く。容器の底に白い液体が溜まっていたらそれが乳酸菌だと。簡単なので試してみたら、本当にその通りになったので牛乳に混ぜてしばらくおくとヨーグルトが出来たのだ。リナはスンスンとヨーグルトの香りを嗅いで、スプーンで掬い少し固まっていることを見て眉をひそめながら


「この牛乳腐ってるな」


と、言った。俺は軽く吹き出してしまう。軽い咳払いで誤魔化しながら、


「確かに。確かに腐ってるんだけど。この牛乳に入っている菌はニュウサンキンというものだけなんだ。乳酸菌は身体に害のある毒を出さない。どころか、身体に良いんだ。腹の調子を整えて通じを良くしたり、風邪になりづらくもなる。少し酸味があるが美味しいぞ。リミュもキトにも食べさせたら途端に好物になったんだ。思い切って食べてみてくれ」

「あのな!それな!よーぐるとな!すごくうまいぞ!ほんとうに!リナも食べてみろ。な!」

「キン?ニュウサンキン?なんなのだそれは?」


全く理解出来ないと不安そうな表情のリナだったが リミュにまで促されて観念したのか、スプーンの先のヨーグルトをリナは少しだけ口に含んだ。しばらく舌で転がし呑み込んだあと、スプーンで一杯に掬ったヨーグルトを口に入れる。しばらく味わった後、大きく息を吐いて


「確かに酸味があるが、旨いなこれは」


と、表情も変えずにリナは言った。会ったときから感じていたが、つくづくリナはとても感情に起伏がない。


「なー?旨いだろ?わはははは」


満面のどや顔で得意そうに笑うリミュ。世界征服でも成し遂げたかの様な表情だ。


この世界では魔力を扱えるものが多く存在する。魔力は動物、植物、無機物あらゆるものに含まれているものだそうだ。無機物の中でも、安定して手に入りやすい水。この水から魔力を吸い出すのが手軽で効率が良いらしい。そして魔力を吸い出された水はたちまち凍り付いてしまうそうだ。魔力を蓄え、必要に応じて火を灯したり、遠隔精神通話に使ったりするのだ。朝出掛ける前にバケツ一杯の水を凍らせるのが、魔力を使える者の習慣だそうだ。古くからこの世界では氷が手に入りやすかったため、食品を冷やして保存する習慣が根付いてしまった。そのため発酵食文化が殆ど発達してないのだと俺は考えている。現時点で俺が知っている発酵食品と言えば、パンとワインぐらいなものだ。


「乳酸菌はな、肉を分解して軟らかくする効果もある。今日、もしゆっくり出来るなら、ヨーグルト漬けした鳥肉の炭火焼きを一緒に食べないか?」

「そうだな。そうさせてもらおう。それはそうと、その男の子は一体誰なのだ?」


あぁ!そういえばキトのことをリナに紹介してなかった。まだこの世界に来て1週間。本当に色んな出来事がありすぎて、俺も相当混乱しているようだ。


「あぁ!すまない。紹介をし忘れてた。この子はキトンという。皆、キトと呼んでいるよ。町で出会った。キトの両親は大雨の晩土砂崩れで亡くなってしまったらしい。身寄りの無い子供なので俺が引き取ることにした。俺もまだ当分は仕事をしないと生きて行けそうにないし、リミュの面倒を見るのにもキトがいると助かるんだ」

「そうか。ケント。貴方はやはりとても良い人間だ。欲が少ないんだな。そこがとても尊敬出来る。」


俺は自分の顔が火照っているのに気がついた。子供の頃、体育で走った後の、あの感じだ。多分俺は赤面しているのだろう。考えてみたら、若い女性どころか他人に褒められたのは初めての経験だ。ここで諸君。ちょっと聞いて欲しい。長くなってしまいそうで申し訳ない。始めて食べた美味しいものに感じる感動は、より大きなものになると俺は思う。人間は経験を積んで成長していくものだ。経験が足りないと、必要以上に感動したり怯えたり痛んだり悲しんだり心細かったり色々大げさに感じてしまうだろう。俺は物心ついてからこのかた、殆ど他人と会話やコミュニケーションを持つ機会が無かった。だから俺の感受性は熟した桃の様にナイーブなのかも知れない。吊り橋効果ってあるだろ?高い不安定なところで、ドキドキしてしまうのを恋のドキドキと錯覚して無意識に異性を好きになってしまうというアレ。俺はドキドキしているわけではないから、そこは全く心配ない。しかし現在顔面下の毛細血管の血流は全力開放状態で赤面モードに俺を陥れている。小学校の頃に、好きな女子に意地悪を言ったりしたこともない。お酒も初体験だと酔いやすいって言うだろ?教師に褒められたことも、両親に褒められたことも殆ど記憶にない。ひょっとすると、テーブルの座る位置が風水的な作用を醸してるか、俺の心理に大きな働きかけをしているのかも知れない。何を言ってるか判らないだろう。俺も全く判らない。支離滅裂で申し訳ない。まぁ推測の域を出ないのだが。間違えてたら許して欲しいのだが。俺は目の前のクールビューティに恋をしてしまった様だ。

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