第10話 特濃おっさん、ノーズとの出会い。

少しずつ酒樽の前に人が集まりだした。脂の焦げる香ばしい香りに誘われて足を止める人間が増え人だかりが出来はじめる。汗をかきながら肉を焼く俺に目線が集まる。恥ずかしい。でも嬉しい。恥ずかしいけど嬉しい。気分は上がる一方で、俺は肉を焼き続ける。


「ちょっとごめんなさいよ。ちょっとすみませんね。わるいね。通してね。ごめんなさいよ」


野太い男のかけ声が聞こえ、人だかりのスキマからデカい顔がにゅっと突き出てきた。


「このイイ匂いはなんだね?儂にも一口貰えまいか?いや、わしゃ旨いもんには目がなくてなー。わは。わはっはははは」


 随分オシの強いおっさんがあらわれたなぁ。と思いながら、楊枝に刺した鳥肉をおっさんに手渡す。ひったくるように肉を受け取ったおっさんは、口に放り込んだ肉を二回三回と咀嚼した。みるみる険しくなる顔。嚥下した途端、百八十度逆転して満面の笑みが浮かんだ。


「うほっ!うほーーーーーーーーー!うはははははははははっ!わはっ!わはっ!ひーーーーー!なんだこれは!なんなのだーーーーー!ひゃーーーーーー。きみ!きみ!これはなんだ!なんなのだ?わはははっはははっはは!ひー!」


 壊れてしまったおっさんにちょっとたじろいでしまう俺。


「肉をおいしくする調味料ですよ」


 と、答えると


「うううう売ってくれ。あるだけ売ってくれ!」


 と、叫ぶおっさん。


「すみません、あいにく並んでたお客さんに渡す分も足りないんです。まさかこんなに売れるとは思わなくて。明日また用意してここで売るので、もう一度来てください。今日は店じまいです。」


自分でも全く予想外だったが、用意した三百包が1時間ぐらいで売り切れてしまったのだ。


「なんだとぅ!け、けしからん!こんな素晴らしい物を、なんでもっと用意しておかなかった!こんなの売れるに決まっとる!き、君はこれから用はあるかね?ちょっと君の話を聞きたいのだ。食事を奢るから、付き合ってくれ」


でっぷりと贅肉を蓄えた巨体に乗ったデカい顔は脂が浮いてテカテカだ。だが悪い人間ではなさそうだ。身なりにも金が掛かってるし、この国でのコネを増やすのも良いかも知れないと俺は考えて、おっさんの誘いに乗ることにした。並んで買えなかった客五人には丁寧に謝って、明日以降来てくれたら無料で十包分用意しておきますと頭を下げて店を畳んだ。荷車に酒樽やコンロを積んでゴードの事務所へ行く。丁度事務所前で従業員に指示出しをしていたゴードに、思った以上に売れてしまい用意した分が1時間でなくなってしまったことを話し石臼を貸して貰った。荷車を事務所前に置かせて貰い、俺たち三人はおっさんと一緒に食事に向かった。注文を済ませて一息つくとおっさんが話し始めた。


「儂はノーザンフォークという者だ。見ての通り鼻がデカいので、皆はノーズと呼ぶ。君もノーズと呼ぶが良い。若い頃に炭鉱を掘り当ててな。この国の鉱山ギルドのマスターをしている。毎日金が転がり込むので、金儲けには興味は無いのだ。楽しみと言えば、美味いものを食べることだ。君の売っていたシオコショーは素晴らしいものだ。久しぶりに旨すぎて大笑いできた。いや。ありがとう」


この町の名士の一人じゃん。と思いながら、抵抗なくぺこりと頭を下げるこのおっさんに好意を感じた。


「私はケントと言います。遠い国からやってきました。私の国では、この国にない様々な文化があります。シオコショーも私の国で親しまれている調味料です。私はこのリミュとキトを育てるために、この地で色々な商品を作り売っていこうと思っています」

「そうか、この子供達は君が育てようと思っているのか。もしかして身寄りが無い子供か?儂もな、使わないと余る一方な金の使い道として、身寄りの無い子供達を大勢儂のうちで育てているんだ。さっき、ゴードとの君の話を聞いてしまったんだが、君はシオコショーを三百包しか用意してなかったようだな。それじゃ全然足りないだろう?シオコショーの包み作りを儂の家の子供達を手伝わせてはどうかね?」

「それは大変ありがたい話です。実は、この二人と出会ってから、この国の身寄りの無い子供達の仕事としてシオコショー包みと、販売は良い仕事になるかなと私も考えていました。ノーズさん、そこでお願いがあります。シオコショー一包の原価は1セルです。明日から10包ワンセットを50セルで売ろうと思います。定着するまでしばらくの間は、あの場所で試食販売も行うつもりです。ゆくゆくは子供達に売って貰って、1セット売ったら30セルを子供達の小遣いや将来への積み立てとしてノーズさんに管理して貰えたらと思います。原料と材料は私が納めますので、その都度20セル分を私にバックするという条件ではどうでしょうか?」


俺は思いきってそう言ってみた。


「それはいい話だが、単純計算で君には2割しか利益が入らないと言うことだよ?こんな素晴らしい商品を世に出して欲がなさ過ぎると思って、にわかには信じられないのだが」


とノーズは言った。


「先にも言いましたが、私は祖国の膨大な文化知識を持っています。これから先、様々な商品を生み出せるはずです。私はシオコショーだけで利益を得ることは最初から考えていませんでした。私は看板の元でシオコショーを売りたい。シオコショーが世に広まることで、看板名が広く知られます。その看板名の元、新商品を販売すれば信用されて売ることが出来るでしょう。先に明かしておきますが、シオコショーは塩と健胃剤として知られる蔓の実を混ぜたものなんです。私の祖国では蔓の実は薬としてよりも、調味料として長く親しまれています。ありふれた素材で作った新商品なので、追従する商人も出てくるでしょう。最初から、私が独占して利益を独り占めする。という考えがなかったのはそのためです。うちの看板は「ショージキヤ」と言います。私の国の言葉で、嘘をつかず騙さず。という意味の名前にしました」


ノーズはガバッと立ち上がり、強い力で俺の右手を掴むと、


「よく判った。君のことは信用しよう。それじゃ我々はショージキヤという看板を揚げて売れば良いのだな?」

「はい、ありがとう御座います。これからあと1週間ぐらいは試食販売を続けるつもりです。それまでは、生産だけお願いします。勿論、約束の30セルは払います。」

「よし、早速我が家に帰って、一万包作ろう。千セットだな。」

「えぇ!そんなにですか?」

「当たり前だ!シオコショーはそれぐらい素晴らしいものだからな。わは。わは、わははっははっははは」

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