第9話 五歳児に助けられて、俺頑張る!
「これじゃダメだ。逃げちゃダメだ。進むんだ。なにがなんでも。」
俺は自分を鼓舞する方法を知らない。ずっとそうやって生きてたからだ。今まではそれで良いと思っていた。自分の都合を殺せば、人の都合が上手くいくのを知っていたからだ。でも今は違う。俺が進めなければ、リミュが、キトが、ついでに自分も生きていく術が得られない。だから俺はなにがなんでも、前に進まなくてはならない。約束は交わしていないが、お祖母さんの願いを俺は受け取ったんだ。人を蹴落としてでもリミュを育てていくんだ。俺には沢山の異文化知識というアドバンテージがある。なんとかなる。一歩を踏み出せ。やれ。たて。おれ。
「ぐふぅ。んぐ。ふぅ、ふぅ、ふぅ。ぐぐっ。んが!」
後頭部が痺れて身体の震えが止まらない。膝に力が入らない。興奮した俺は荒々しい息を吐きながら、やっと立ち上がった。立ち上がってみたもののふらついて、荷車にまた腰を下ろした。俺は数分の間、目眩と耳鳴りに耐え息を整えた。俺は力なく立ち上がると、一口サイズに切った鳥肉を焼き網に乗せて焼き始めた。炭火に脂が落ちて香ばしい煙を立て始める。指でつまんだ塩胡椒をパラパラと振って頃合いを見て一切れ食べてみる。うん。悪くない。他の肉に楊枝を刺して火が通り過ぎない様、網の端に寄せた。
「に、にくがぁ、美味しくなる調味料はいかがですかー。試食の肉は無料です。どうぞお気軽にお試し下さい」
道行く人々に俺はボソボソと声を掛けるが、全く聞こえない程の声量しか出せなかった。
「ぜ、ぜひ一度食べてみて下さーい。美味しいですよー。」
一向に音量が上がらない俺のかけ声。ふがいない自分に自己嫌悪を感じる。もう一度と、大きく息を吸ったとき、尻をバチーンと叩かれた。驚いて振り向くと、ニカッと笑ったリミュが見上げていた。
「そんな声じゃ聞こえないのな!リミュがお手本を見せてやるから、よく見るのな!」
というと、酒樽の前に立ち獲物を物色した後、
「おばちゃん!おばちゃん!これな!すごいのな!お肉がなー。すっ・・・・・・・・・・・・・・・ごく美味しくなるのなー!驚くぐらい美味しいのな!これ、やるから。食べてみるのな。な!な!」
獲物の前に立ちはだかると、試食用の鳥肉をズイと突きだして「お前喰わないと通さんからな」の姿勢を示すリミュだ。リミュに通せんぼされたご婦人は、困惑してあたりをキョロキョロ見回して俺と目があった。緊張で乾涸らびた喉がひりついたが、
「お金は要りませんので、是非味見してみて下さい!」
五歳児に負けてはならぬと、俺もやっと大声が出せた。おどおどする俺を悪人では無いと判断したのか、鳥肉を口にするおばさん。二、三回咀嚼した後、
「あらぁ!まぁ。おいしいわぁ!」
「な!な!美味しいだろ?リミュは嘘は言わないのなー!」
自慢げにどや顔全開で胸を張るリミュが可愛い。
「牛にも豚にも鳥にも良いのね?一人前分五セルね?これはどうやって使えば良いのかしら?」
「えーとですね、肉を火に掛けます。しばらくすると脂が落ちてきます。8割方火が通った頃合いで、肉に振りかけてササッと両面を脂で調味料が馴染むぐらい炙ったらできあがりです。」
ここが正念場と思って肝が据わったのか、説明は滑らかに声が出た。人には他愛もないことと思われるだろうが、俺にとってこれは大きな一歩だった。嬉しかった。
「じゃ、3つ頂くわ。」
買ってくれた。おばさん買ってくれた!嬉しい。リミュもキトも道行く人にどんどんと試食品を手渡している。
「肉がなくなるのなー!急いで焼くのな!」
一人じゃ何も出来なかった俺だが、たった四歳の幼女に勇気づけられて俺は一歩を踏み出せた。俺は、リミュとキトの存在を心強く感じ、気分も上がってきた。リミュの叫び声に応え、俺は肉をどんどん焼き始めた。
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