第8話 旗揚げなんだから頑張れよ俺。

いやしかし、判ってはいたのだ。判ってはいたものの、いざとなるとやっぱり身が竦んでしまう。どうしても人前に出ると気持ちが萎んでしまうのだ。俺は町の広場の片隅で萎れたホウレン草のようになっていた。


昨晩塩胡椒の配合を決めた俺は薬研をフル稼働させて胡椒を砕きまくった。そしてネット検索で薬包紙の包み方を調べてキトとリミュに教える。少しおだてたら子供達は大喜びで手伝ってくれた。福祉が不完全なこの世界、親のない子供達の生きる術として薬包紙作業は使えそうだなと俺は思った。余り作りすぎて万が一売れ残ったら香りが飛んでしまうので、取りあえず300包を包み製作作業は終了とした。翌日早起きをした我等三人は、早速町へ向かった。


あ!そうそう。我ら組織の名を考えたんだった。名付けて正直屋(笑)。名前を考えるときに、自分に何が出来て何が出来ないか、何がしたくて何がしたくないかをまず考えた。まず第一に、自分には吹けば飛ぶような薄っぺらいプライドがある。コミュニケーションがなかったんだから当たり前じゃん。と言われればそれまでだが、俺は人に嘘をついたことがない。自分の人生、そんなか細いプライドを杖にしてないと、立っていることもままならなかったのだ。まぁ勘弁して欲しい。次に自分のできないことしたくないことと、できることとしたいことを考えた。俺はなるべく人に関わりたくない。人を騙すようなこともしたくない。余り稼げなくてもいいから、阿漕なことはしたくない。あと、これ凄く大事なんだが、この世界に来て芽生えた感情がある。人を笑顔にすると喜びを感じる事を知った。人を騙さず、人を喜ばすのを第一に考えたら[正直]という言葉が浮かんだ。それで正直屋と名付けたのだ。正直なんて言葉、平成の時代にはハズカシめな言葉だけれど、この世界の住人は正直という言葉の意味を知らないから、大丈夫。うん。だ、だいじょうぶだよね。多分。塩胡椒は一人前の肉に丁度いい位の分量を1包とした。一人前の肉が大体1ギルとして、それにかけられる調味料の値段はどれくらいだろう。多分5%位じゃないかなと考え、1ギルが100セルなので、一包5セルと決めた。この国の物価だが豊かな国だけあって、どうやら単位本位で考えられてる節がある。料金は掛かったコストやニーズに寄るものではなく、なんでも1つ1ギル。そんなノリだ。パンが1つ1ギル。肉が1ストーン1ギル。広場でお茶を飲むと一杯1ギル。1ストーンというのはこの国の目方の基準で、手に持って隠れるくらいの石を重さの基準としよう。という考えだ。王国に基準の石が保管されていて、それと同じ重さの石に魔法で刻印が印刷されたものを商売で使うことと定められているそうだ。パンも1ストーン分の生地を焼いたものがパン一個ということらしい。まぁ何しろ値付けは100円ショップ的なノリで決められているようだ。



町に着くと朝市で肉と炭を買う。ゴードの事務所に行き、空の酒樽を二つと荷車、素焼きのコンロを借りる。四角い形の七輪のようなものだ。キトとリミュにそれぞれ1ギルを与えると、


「いいか、お前達は俺のそばにいてもいいが、これから塩胡椒を売る間多分とても退屈すると思う。遊びに行ってもいいし、お腹が空いたら何か買って食べてもいい。ただし、冷たいものは我慢しろお腹が痛くなるかも知れない。あと危ないこともするな。キトは良く考えてもしかしたら危ないかもと思ったら、それをしない、リミュを止める。大事な仕事だ。目を離すとリミュはすぐどこかに行ってしまうから、それも気をつけるんだ。お前は兄貴なんだから、責任を持ってやり遂げろ。リミュもキトの言うことはよく聞くんだ。この約束が守れなかったら、今度から町に連れてきてやらない。判ったか?」


と、俺は二人に言った。周りを見渡すと奇声を上げて走り回っている子供の集団が2つほどあるので、治安はそれほど悪くないのだろう。と判断した。町で金を持たされて自由を与えられた。この初めての状況にリミュは大きく鼻の穴を膨らませて大興奮だ。念のため俺は今言った言葉をもう一度リミュに言った。ギラギラした目を大きく見開き、大げさに何度もうなずいているが、片足は既に広場に向かっている姿勢のリミュに大きく不安を感じつつ、もう一度気をつけろと念を押して二人を解放した。仲良く手を繋ぎかけだした二人を見送ると、俺は酒樽を2つ並べて、樽の上に置いたコンロで炭火を熾す。酒樽に用意した糊で


[焼肉専用塩調味料]

[牛も鳥も豚も、とても美味しくなります!]

[一人前分5セル]

[シオコショー]

[試食用焼肉無料 まずはお試しあれ]


と書かれた紙を貼り付けた。炭火も良い感じに熾きてきた。これから始まる初めての試みに俺も結構興奮してきた!が。ここまでである。俺は停止してしまった。生まれてこの方、俺は周りに向かって声を掛けたことがない。俺が今からしたいことは、コンロで肉を焼き、いい匂いに誘われた買い物客達に、商品の効能をうたいながら試食を奨め、気に入ってくれた客に塩胡椒を売る。と言うことだ。しかし周りの人間に呼びかける。と言う行為は全くしたことがない俺にそれは無理な行動だ。俺の気持ちは急激に萎んでしまった。元より、試食販売なんて行為をこの国の人間はしたことも見たこともないのだろう。何をしている?という目線が。醸される空気が。俺の学生時代の事を思い出させた。朝から何かけったいなことを始めたやつがいるぞと、遠巻きに見ていた周りの商人達の目線が、動きを止めた俺に痛みを増して更に突き刺さった。荷車に腰掛けたまま、俺は十数分動きを止めていた。なじみの家の周りを物色する不審な俺を信用してくれたリナ。不躾な要求に笑顔で応えて協力してくれたゴード。俺を命綱と信頼して、笑顔でしがみついてくるリミュとキト。この数日で出会った人々の顔が思い浮かんでは消えた。次第に日が高くなる。石畳に俺の汗が一粒落ちた。強くなる日差しと、火力を増してきた炭火。滲む汗の原因はそれだけだったのか。奥歯を噛みしめる俺の頬にもう一筋汗が流れた。

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