第6話 アニキ誕生
ゴードに快諾を貰った俺は胡椒と塩の用意が出来るまで、他に必要な買い物をするため、リミュの手を引き街へ出た。試食用の各種肉。竹串。小さく切りそろえられ藁で作られた安い半紙などを買った。街の中央にある石畳の広場は大道芸人が芸をしたりして賑わっていた。リミュはジャグリングの芸に心を鷲づかみにされてしまった。しかたなく早めの昼食を取ることに。広場に隣接したオープンカフェのテーブルに座り、燻製肉の薄切りと野菜を挟んだサンドイッチを食べ始めた。さきほどから「ふわぁああああ」と感嘆の声がダダ漏れのリミュを眺めながら、こういう時間を満ち足りた時間というのだろうなと考えていた。考えながら、テーブルのサンドイッチに伸びてきた手を右手で掴んだ。一日の大半を一人で過ごし、他の人間を自分のまとった空気に巻き込まないように細心の注意を払って生きてきた俺の注意力は、何かに気を取られていても鈍ることはない。掴んだ腕の主を見ると10歳ほどの薄汚れた少年だった。
「なんだ?腹が空いているのか?この国は盗みをしてもよい国なのか?」
無駄に騒がれても面倒になる。軽く睨み付け威圧しながら少年を牽制する。
「喰わなきゃしんじまう。」
少年はぼそりとつぶやいた。ふてぶてしく睨み返す瞳が、少年の厳しい境遇を物語っているようだった。
「おまえ、家族はいないのか?父は母は?兄弟はいないのか?」
「父ちゃんも母ちゃんも沢山雨が降った夜に、家の裏の山が崩れで埋まっちまった。俺は独りぼっちだ。」
幾ら鉄工業で潤っている王国とは言え、21世紀の日本レベルの福祉は実現されてはいないだろう。俺は思いついた言葉を少年に言ってみた。
「おまえ、うちの子になるか?リミュはお前の妹だ。お前は兄貴として妹の面倒をしっかり見れるか?俺はお前の親父ということだ。俺の言うことは聞けるか?盗みや人に迷惑を掛けることをやらないと約束出来るか?」
「え。ほんとうに?いいの?」
思いも寄らない展開にぽかんとした表情を浮かべる少年。
「ああ。いいぞ。その代わりだ。俺の言う約束を破らないというのなら、お前は今から俺の息子だ。どうだ?」
少年の両の目にみるみるうちに涙が溜まっていく。
「う。うぐ。ぐぅ。あ。あ。あひ、あでぃがどうぉぉぉ」
長い間緊張し続けて生きてきたんだろう。急激な弛緩で放心した少年の分のサンドイッチを追加で注文し、リミュに呼びかけた。
「りみゅ。りみゅ。新しく家族が出来たぞ。」
「りみゅ?聞こえてるか?りみゅ?」
ジャグリングに夢中で俺の声に耳を貸さないリミュの肩に手を掛けると、
バチィーンッ!
小気味よい音が鳴る。こ、こいつ全力で俺の手をはたきやがった。 ジンジンする手をさすりながら、俺は負けずに
「りみゅ。新しく家族が出来たぞ。お前の兄ちゃんだ。」
と言ったらやっとこっちを振り向いた。
「にいちゃん?リミュはなー今忙しいのな!ぐるぐるするやつコツが掴めそうなのな!」
ブンむくれながらリミュは言う。リミュは少年を見ていった。
「おまえがリミュのにいちゃんか?きったないにいちゃんだな。私はリミュだ。お前臭いな。少し綺麗にしろな。」
「わがっだぁ。俺はキトンだ。キトって呼んでくれ。よろしくリミュ。綺麗にするから嫌いにならないでくれよな。」
キトはその後グスグスと泣きながらサンドイッチを追加追加で三つを平らげた。みるみる青くなるキトの顔色。
「おい。大丈夫か。食べ過ぎじゃないのか?」
俺が尋ねた途端、
「ぜんぜんだいじょうぼぉろろろろロロロ」
よほど腹が空いていたのだろう。飢餓状態の少年だ。吐くまで食べてしまったのも無理もない。と自分の幼い頃を思い出しながら、四つん這いで這いつくばるキトの背中をさすってやっていると、斬!と兄の頭上に仁王立ちで腕を組み非情に見下ろしながら、
「リミュな!そういうのなんだか受け付けない!もうちょっとお兄ちゃんぽくなかったら、リミュは嫌だからな!」
と、言い放つリミュだった。
ぺこぺこと頭を下げ、100ギル金貨を店員の兄ちゃんに握らせ店を後にした我等。急展開だが、悪くない。石畳の広場でリミュがつまづいたが、次の瞬間リミュはふわりと宙に浮き柔らかく着地した。
「ほらほら、危ないから下見て歩けよなぁー。」
すっかり兄貴面したセリフを言うキト。先を行く二人は当たり前のように手を繋いで兄弟然として歩いていやがった。
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