第5話 胡椒発見!

唯一の趣味である料理と食材の知識を活かして収入を得られる仕組みを作れないだろうかと、俺は考えていた。お祖母さんが残してくれた資金が底を突く前に、リミュにひもじい思いをさせない環境を作ってやらないとならない。どこから手をつけて良いか具体的な策は出来てはいないが、まずは醤油と味噌を造ってみようと思っていた。日本人は醤油と味噌、米さえあればなんとか生きていけると考えているものだ。 塩のみの調味に慣れ親しんだこの国の人々には醤油の出現は衝撃的だろう。そう考えるとついつい顔がほころんでしまう。日本人の誇りのようなものか。お祖母さんの仕事部屋は職業柄、薬草や薬石を加工する道具が沢山あった。これを使って麹菌の培養や醤油味噌の試作をしてみよう。俺は仕事部屋の整理を始めた。白い陶器の壺が沢山並んでいたので中身を確かめると様々な乾燥した草や木の実、鉱石が入っている。なんだか嗅ぎ慣れた香りがする。黒く乾燥した木の実を一粒手に取ってみた。おそるおそる囓ってみる。口中に広がる清冽な香りと辛み。


「こ、胡椒だ。」


俺は放心気味につぶやいた。いいぞ!調理に香辛料を使わないこの世界で胡椒を広めたら資金作りが出来る。発酵食品はとても難しいだろうから、相当な時間と試行錯誤が必要だろう。資金があるに越したことはない。心の中で俺は小さくガッツポーズを決めた。出会った日以来、毎日顔を出してくれるリナに聞いてみた。


「お祖母さんが薬草とか薬石をどこで入手していたか判るか?」

「お祖母さんは王都の商業ギルドに属していたよ。そこで付き合いのあった薬草商人は面識がある。紹介できるぞ。」


幸運なリナの返答。希望の糸はまだまだ繋がっている。この細い糸を切らぬようにたぐり寄せてモノにしよう。リナの瞳をしっかり見据えて俺は頷き返した。



リナの書状を手に、リミュの手を引き王都の商業ギルドを訪れた。引き合わされた商人は小太りで頭髪を短く刈り上げた中年の男だった。脂ぎった頭をツルリと撫でて俺に問うた。


「そうですか。あなたは薬導師の祖母さんの関係者と。で。聞きたいこととはなんですかな?」


俺は胡椒とおぼしき木の実を見せながら聞いてみた。


「この木の実は、蔓の実ですな。粉にして飲めば胃を整え気分を良くします。辛味があるので冷ましたお湯に溶いて一気に呑み込みます。皆に親しまれた薬実です。蔓の実を何にお使いですかな?」


の質問に躊躇せず、


「この蔓の実は清冽な香りが食欲をそそるのです。辛味がありますが、少量を肉料理に使うと味を良くします。ここから遠く離れた私の国では、料理に蔓の実を使うことは常識でした。この王都でも紹介して広めようと思っています。一俵ほど仕入れたいのですが、幾らぐらいになりますか?」


俺は胡椒がありふれた健胃剤として流通しているのなら、下手に囲い込もうとするより安く短期決戦で広めてしまい、俺の商店の認知度と、看板のブランド性を上げる方が良策と考え包み隠さず商人にそう伝えた。


「そうですか。一俵だと二百ギルほどになりますが。あなたは遠い国からおいでになられたと?そうなると色々文化や習慣も違うのでしょうな?幸いこの国は産業は盛んなので潤っている国です。そういった文化や食習慣の違いをこの国で広めたら商売として成立しやすいかと存じます。末永いおつきあいをいただけるというのであれば、蔓の実一俵をお近づきの印に差し上げます。色々協力しますので、仲良くおつきあいしていきましょう。」


と、商人は言った。この男、頭の回転が速いようだ。身なりには余り金を掛けている風では無いが、身につけた貴金属からすると手広い商売を成立させているやり手らしい。長年の暗い生活が、俺から好意や笑顔を見せることで信頼関係を築く。という発想を奪っていた。俺は単刀直入に切り出した。


「私の国は食文化一つ取ってもこの国とはかなりかけ離れた文化を持っている。私は食材業者では無いので、全ての食材調味料に通じているわけではないが、それでもパッと考えただけで三つ四つは商品のアイディアが浮かぶ。私はこの子との生活をこの国で確立させるのが何よりも優先する願いだ。もし、あなたが私を裏切らず協力してくれるのであれば、私はあなたの商店を専属にして様々な商売を提案しようと思うがどうだろうか?まずは蔓の実をこの国で流行らしてみせるので、あなたはそれを見て判断してほしい。」


そう言った俺に男はニヤリと笑いながら、


「あなたは話の早いお方だ。判りました。このゴード、ひとまずあなたを信用しましょう。」


そう答えたゴードに早速厚かましく俺は言った。


「今日、蔓の実を四分の一俵持ち帰りたい。残りは三分割していつ取りに来ても判るようにしてくれ。あと塩も欲しい。湿った塩ではなく、乾いた砂のようにサラサラした塩はあるか?もしあるなら、6俵分用意して欲しい。蔓の実は私の商売の信用を得るために広める。少しは利益も出るかも知れないが。その利益と信用を使って第2第3の商品を試作して販売する。この世界には、ブドウなど果実を原料にした酒があるだろ?酒を造る職人か工房を紹介して欲しい。試作までは私がやるが、量産になるとそういう工房やあなたの人脈を頼りにしないとならない。試作品が出来るまでどれくらいの期間が掛かるか判らないので、現時点では打診程度にとどめて当たってみてくれ。」


金の匂いには敏感な男なのだろう。小手先の社交術をはなから諦めていた俺は、用件優先でついつい不躾な物言いをしてしまっていたにも関わらず、ゴードは終始ニコニコと笑顔を絶やすことはなかった

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