第4話 新世界との摺り合わせ

「さて。これからどうするかだ。」


長年の孤独のせいで、癖になっている独り言を俺はつぶやきながら俺は考えをまとめ始めた。この世界の経済の仕組みも、ルールも知らないし、お祖母さんが御近所付き合いをどうしていたのかも知らない。この家の所有者がリミュの保護を俺に託したのだから、この家を住居として当分は滞在可能だと思う。その上で食糧の確保を考えていかねばならない。考えを進めていく上で当然そこに思い当たり・・・・


「避けては通れないな」


幾分力ない独り言を俺は発した。コミュ障完全体である俺が、御近所からの信頼と助けを得てリミュとの同居環境を構築していかなくてはならない。想像すればするほど、俺にそれを実現できるとは思えなかった。今判っている自分が置かれている状況を分析してみる。まず元の世界と大きく根本は変わっていないようだ。この数時間過ごして体調も崩れていないし、息苦しさなどもない。大気の状態はそれほど大きく地球と変わらず、ここに住まう人々も、水を飲み呼吸をし食事を取って生きていることはキッチン周りを見て大体見当がついた。次に自分はコミュ障完全体である。これは大きなマイナス要素だ。


「くそが。」


自然と悪態が口をついて出る。それと、自分の脳内が直接元の世界のネットインフラと繋がっていて自由にアクセス閲覧が出来るようだ。これは大きくプラスになる。しかし、この世界の情報は取り出せないので、実際に経験し知識を集めながら足場を作っていくしかないだろう。この世界のルールから弾かれるにせよ、溶け込めるにせよ、まずはルールを調べながら食糧の確保だ。リミュを飢えさせるわけにはいかない。慎重に出来ることから手をつけていこう。俺は立ち上がると、家の中、家の周りチェックを始めた。家はとても簡素なものだった。玄関を入るとちいさなキッチンと食卓。隣接してベッドが二脚ある寝室。トイレ。キッチンでお湯を沸かして使うのだろう、かまどの横にドアがあり入るとちいさなバスタブがあった。それと大きな部屋が一つ。お祖母さんの仕事部屋か?薬を調合したりする部屋なのだろう、陶器の壺やガラス製のシャーレ、ホーローの小鍋などが沢山整理されて並んでいた。外をぐるっと回ってみると、家の脇に小さな井戸。井戸に隣接するように浴室の窓があり、外壁に棚が据え付けてある。水を汲んだバケツを棚においてグルッと回ってくれば、水を運ばずともバスタブに水を入れられる。なかなか合理的な作りだ。家の四方は木で囲まれているが、家は日当たりがよいようだ。森の中にポカッと空いた空き地に小さな家が建っている。そんな感じだ。家の周りに幾つかの植物が植えてあった。薬草か?食べられるものがないか調べ始めた。祖母さんの職業柄か、薬草らしきものが家の周りに植えられていた。[植物 可食 調べる方法]で脳内検索。ヒットしたページには7段階に渡り、植物を安全に可食できるかどうか調べる方法が説明されていたが、今は時間が無い。お祖母さんは薬草と過食植物を植えていた。と仮定して葉の部分を千切り匂いを嗅いだ上で舐める。根の部分を掘り起こして可食出来そうな部位を調べる。ある程度時間を置いて大丈夫そうなら少量食べてみる。を行うことにした。イケそうなものを幾つか選定、抱えて立ち上がり振り向くと真っ直ぐと剣先が俺に突きつけられていてぎょっとした。意志の強そうな切れ長の瞳がこっちをじっと見据えていた。


「この家の人とは親しく付き合っているものだ。あなたは何者だ?何をしている?」


剣の主はそう聞いてきた。


「俺はこの家のお祖母さんに請われて、この家に来たものだ。この家に住む少女の保護を頼まれた。」


俺はそう答えた。


「お祖母さんはどこにいる。貴方が言うことが本当と言う証拠はあるか?」


俺は考えながら慎重に応えた。


「質問に質問で応えて申し訳ないが、あなたがどこの誰か判らない状態で、軽はずみなことは言えない立場だ。理解して欲しい。あなたとこの家の関係を示して欲しい。でないと、私も話せない」

「貴方の言うことももっともだ。リミュに会わせて欲しい。リミュは私のことを知っている。」

「あいにくリミュは今寝ている。幼い子をこちらの都合で、無理矢理起こすのはしのびない。家に入ってリミュが起きるまで一緒に待ってくれないだろうか?」


俺は話しながら相手を観察した。革で編んだ靴を履き、薄く柔らかそうな革製の淡い茶色の七分パンツをはいている。パンツのベルトには、剣の鞘が。上衣は綿の様な素材の白い半袖シャツ。首元の切れ込みは白い紐で縛られている。全体的に非常に簡素で地味な出で立ちだ。リミュと同じ様な陽の光をキラキラと返す金色の長い髪が無造作に編んである。毛先は腰まで伸びている。編んでこの長さだからとても長い髪だ。この世界は化粧の習慣があるのか判らないが、少なくともこの女性はスッピンだろう。スッピンでも判る充分美しい顔をしている女性だ。


「わかった。 ただし、変な行動は起こすな。私は王国の衛兵をしている。犯罪めいた事を起こそうとしたら、あなたの命を奪うのも私の仕事だ。」


彼女に先に歩けと促されながら、俺たちは家の中に入った。

テーブルに向かい合わせに座って、もたない間に耐えられなくなり、


「なにかお茶みたいなものはないのかな。」


と俺がつぶやきながらキッチンの物色を始めると、


「薄荷茶がここにあるぞ」


(え?薄荷?この世界にも薄荷があるの?)


女性が差し出した陶器のポットには、乾燥した草葉が入っていた。お湯を沸かし、その葉でお茶を入れた。淡い黄色のお茶を飲む。口の中に爽やかな香りが広がる。この世界に来て緊張続きだった神経が解きほぐれる気がした。思わずふうと息を吐いた。気の緩みからつぶやいてしまう。


「この世界にも薄荷があるんだ。」


あ!と思ったが既に遅く、


「この世界?あなたは別の世界から来た人間なのか?」

「そ、そうだ。しかし詳しいことはまだ勘弁してくれ。あなたのことが完全に信用出来たら、全部話すことを約束する。」


城の衛兵と名乗った彼女のことを俺は信用し始めていた。彼女の物言いと行動は深い気遣いと慎重さを感じるものであったからだ。


「ところで、俺はこの世界にまだ来たばかりで、この世界の食べ物の知識が全く無い。さっき言った通り、俺はお祖母さんにリミュの保護を頼まれている。さっきその粉を溶いたものを焼いてリミュに食べさせたけど、今後の為に食糧の知識を蓄えたい。家の周りを物色していたのも、そのためだ。あなたの知る食糧の知識を俺に教えてくれないか?」

「そうだったのか。話の辻褄は合ってるな。私は料理はからっきしだが、知る限りの知識をあなたに教えよう。あなたが抱えていたもので、その丸いのはイモというものだ。蒸したり、油で揚げたり、茹でたりして食べる。」

「おぉ、そうか。やはりこれは芋だったのか。調理法も順当なものだな。ふそれではこれは?」

「それはだなぁ・・・・」


実は俺は料理が趣味だ。コミュ障完全体の俺は両親とも、上手くコミュニケーションが取れなかった。しかし間接的にではあるが、料理は俺が唯一人とのコミュニケーションに成功した手段だった。機会が無かったので両親以外に料理を作ったことはなかったが、美味しいなと笑う両親を初めて見たときは震えるほどの喜びを感じた。それ以来、ネットで調べたレシピを試して料理を作りまくった。すねかじりニートの俺が唯一出来る手伝いだと、夕食は俺が作るようになっていた。最近はドットクックというレシピサイトを参考に自分なりのアレンジを試すほど腕も上がっていた。自分の数少ない自信の持てるものだった。女性と俺の食材談義は白熱し長時間に及んだ。知識が増えるにつれ、植物や動物など多少の差違はあるものの、殆ど地球のものと変わりが無いようだ。魔法が存在するこの異世界は、俺のいた世界とはかけ離れた世界ではある。しかし、最初の状態は同じで、俺の世界を作っていた地球と、この世界はSF小説にあるようなパラレルワールド同士なのではないか?と俺は考えた。あらゆる可能性が偶然の積み重ねで無数の分岐を続けてきたことで違う世界を形作るが、物質的な総量は変わらないため、世界の構成も似通ったものになる。のでは?というのが少し乱暴な俺の推測だ。


続いてこの土地のルールについて聞くことにした。会話をする中で、そこそこ信用出来る人間。と俺の評価を彼女はランクアップさせたらしく言葉にも柔らかみが増し、終始リラックスしたムードで進み始めた。この森を東に抜けたところに鉄鉱山が、北に抜けたところに炭鉱がある。そのためこの地は鉄工業が生まれ発達した。当然人が集まりだして国が出来た。国は王制でギルドランドと呼ばれている。国民の8割が人族。2割弱が鍛冶を得意とするドワーフ族だ。鉱山ギルド、工業ギルド、商業ギルドの三大ギルドのいずれかに、殆どの国民は属している。ギルドメンバーはギルドへの会費を収入に応じて納めている。王国はギルドからの寄付によって成り立っている。農業や漁業、狩猟や食品加工業を生業とする者達には税や会費を納める義務は無いので、生活は比較的楽なようだ。各ギルド毎に会員の名簿があり会員証が発行されている。ギルド会員証が一応の身分証になっており、それがないと王都の一部には出入り出来ない場所がある。いわゆる戸籍のような制度は存在していない。ということだった。


市民権的なモノがあると厄介だなぁと思っていた俺は安堵した。ギルドメンバー以外の人間は身元を示す手段がない。そういう人間が多くいると言うことは、俺が紛れて生きていける可能性は広がったと言うことだ。金を稼ぐ手段が見つかるかどうか判らないが、この家でひっそりとリミュと暮らしていくことはできるかもしれない。そうなってくると、やはり差し当たっての一番の障害はコミュ障完全体の俺がどうやって御近所さんと折り合いをつけながら、リミュを養う収入を得ていくかだ。


「ところで、あなたはこの家とはどういう付き合いを?御近所の方なのか?」

「ん、まぁそうだ。同じ衛兵をやっていた父と近所で暮らしていた。父はずっと頭痛持ちだったので、ここの薬をずっと飲んでいた。子供の頃から薬を貰いに来るのは私の役目だった。だから私がまだリミュ位の時からお祖母さんとは知り合いだ。父は一昨年急に倒れてそのまま亡くなってしまった。私は父親っこだったから、小さいときから剣術を習っていたんだ。それで私も衛兵になれたって訳だ。父が亡くなって以来、私は独りで暮らしている。たまにお祖母さんに必要な食料品とか聞いておいて仕事帰りに届けたりしてるんだ。それで今日立ち寄ってみたら、お前が家の周りを物色している様だったので、声を掛けたわけだ。」

「そうか。色々教えてくれてありがとう。あなたのことは信用して良いようだ。あなたがさっき聞いたことについて説明する。まずはこれを読んでくれ。」


彼女は俺が差し出した便箋を読んだ後、しばらく俯いたままだった。数分の沈黙の後、彼女は大きく息を吐いた。顔を両の手で覆いながら、


「そうか。お祖母さん亡くなったんだ。」


と、つぶやいた。俺は話し始めた。


「俺は二十二歳の若さで今日死ぬことになっていたらしい。早死にする人間には突出した才能が与えられる事になっているそうだ。ところが司るものの手違いで、俺は大勢の人に好かれて短くとも幸せな人生を終わる予定が、全ての人から好かれず孤独な二十二年間を過ごすハメになってしまった。そのヘマに対する神の計らいで異なる世界に飛ばされ第二の人生を送ることとなったらしい。先ほどこの世界に飛ばされてきたばかりで、右も左も判らない状態だった。もし、あなたがその手紙の内容と俺を信用してくれるなら、この世界に私が馴染み、リミュを育てていける環境を作るべく協力してほしいのだが?俺は健人。ケントと呼んでくれ。」


俺は頭を下げた。人が人と関わる為の動作の多くは、相手の好意を得るのが目的だろう。当然俺はもう何年も人に受け入れられよう、好かれようとしたことはなかったのだが今は違う、俺が基盤を作らないとリミュは生きていけないかも知れない。俺が自分の意思で人に頭を下げたのは初めてのことだった。


「司るものというのは、お祖母さんの言っていた向こう側の住人の事かしら。お祖母さんとの長い付き合いがなかったらそんな話聞いても、私はあなたをおかしい人と思ってただろうな。いいだろう、私もあなたを信用しよう。私の名前はカタリナだ。リミュはリナと呼んでいる。あなたもリナと呼べばいい。」

「俺はこちらの世界のマナーやルールを全く知らない。些細なことでも、注意して欲しい。俺がこの国に馴染めなかったら、リミュが生きていけないかも知れないからな。」


俺はもう一度頭を下げた。リナの表情は幾分和らいでいた。


「どこな~~~!どこいったのな?」


寝室から叫び声がして、目をこすりながらリミュが起きてきた。


「あ!リナ~!リミュは会いたかったのな!」


ピョンと跳びはねて椅子に座ったリナの膝に飛び乗るリミュ。リナの首に両手を巻き付け、満面の笑顔で頬ずりする。リナも嬉しそうな表情だ。突然くるりと振り向き俺に向かって、


「おまえもいたのな!いなくなったと思った!いないとリミュ困るのな!」


と言った。いないと困るだと?本気で言ってんのか?そんなこと始めて言われた。コミュ障完全体舐めんな。だが、悪くない。


「そうか、リミュは俺が居ないと困るのかぁ。そうか。でもそんなことを男子に軽々しく言うのはお父さんどうかと思うな。」


と、くすぐったい感情を持て余し、冗談めかして言ってみた。


「・・・・・・・・・・」


急に無表情になり停止するリミュ。さすがコミュ障完全体、揺るぎない強制力だ。長年繰り返してきた経験だけに、流石に慣れっこだ。少しヘコみながらも、俺はすぐさま回復した。


自分の心の中でどんどんと内圧を上げるモチベーションを持て余し、それを誤魔化すようにリナに聞いてみた。


「さしあたって、今夜の食事をリミュに与えないといけない。食材を準備したいんだが。」

「わかった。でももうすぐ暗くなる。街まで買い物に出るのは明日にしよう。今日は私の家から食材を持ってきて私が作ろう。」

「助かる。ありがとうリナ。だったら、君が戻ってくるまでにやっておくことがあるか?取りあえずかまどの火は熾しておこう。」


リナを送り出した俺はリミュを少しおだててお絵かきに熱中させると、かまどに火を熾し水を張った大鍋を掛けた。次に井戸水を風呂桶に張る。現時点で出来ることをやり終えて、絵を描くリミュをかまいながらリナを待つ。リミュの描く絵を見ながら、この世界にもチューリップに似た花があるのか。とか考えていたらリナが紙袋を抱えて帰ってきた。


「すぐ出来るから待っていてくれ。」

リナは言うと、てきぱきと調理を始めた。


鳥肉に塩をすり込み、両面焦げ目をつけて蓋をして蒸し焼きにしたものと、フランスパンの様な外側がかりっとして中はしっとりとしたパン。レタスと刻んだトマトにレモンを搾り塩とオリーブ油を掛けたサラダ。シンプルな料理だったが美味かった。

食事を終えてリナは帰っていった。リミュを風呂に入れてベッドで添い寝をした。リミュはリラックスした表情ですぐに寝息を立て始める。俺もいつの間にか深い眠りについた。



翌朝、改めて訪れたリナに起こされた俺とリミュ。リナはちょうど非番と言うことで、三人で街の市場に行くことにした。リミュの足で街までは三十分ぐらい。街について買い物の前に軽い腹ごしらえと、街の食堂で食事をとった。燻製肉の薄切り。昨日食べたようなサラダ。茹でた卵、パン。あとお茶だ。お茶は日本の緑茶にとても似た黄色いお茶だった。食材に関しては、殆ど前の世界と似たような物が存在するようだ。感じたのは、この世界の食事は質素なのだろうと言うことだ。お祖母さんの家のキッチンを見ても、香辛料はなく塩と蜜に油ぐらいしか使っていないようだ。俺はこの世界での身の振り方を考えていた。お箸の国から来た人だもの。発酵を取り入れた食材づくり、料理作りをして収入が得られないかと考えていた。禁断症状が出る前に、醤油と味噌を自作してみようと、俺は思った。食事をしながら脳内ネットで情報収集をする。俺はリナに言った。


「数日分のパンや肉野菜を買おう。それとは別に米、豆と塩が欲しい。ちょっと試してみたいことがあるんだ。」

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