第3話 リミュとの出会い
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁっ!・・・・・・あ?あぁ?」
何年かぶりに叫んだせいで、喉が痛い。どこだここは?周りを見渡すと、道の傍らに俺は立っていた。踏み慣らしたような土の道だ。左右は沢山の木が生えている。森の小路と言ったところか。
「転移したのか俺は?」
如何せん情報量が少なすぎる。どうしたもんかと考えていたら、目の前の茂みがガサガサっと動いた。危険な動物だったらどうする!とっさに身構える俺。ここがどこか、いつの時代か、どんな世界か判らないのだから当然だ。茂みをかきわけて出てきたのはちいさな女の子だった。クリクリとした良く動く瞳が俺を見上げていた。多分五歳ぐらい?髪は金色の癖っ毛で、木漏れ日をきらきらと反射させている。
「お腹空いたなの」
弱々しく少女はそう言った。良かったー、日本語通じるんだ。ホッとする俺。よく見ると少女の耳は先が少し尖っていた。某有名SFドラマに出てくる異星人のようだ。あーぁ。少なくともここは地球じゃないな。少し落胆する。
「リミュはお腹空いたなのー!」
考えこんで無反応な俺に抗議をするかのようにピョンピョンと跳びはねながら、少女は叫んだ。
「あぁ、ごめんごめん。お母さんは?」
なぜ言葉が通じるのか不思議に思いながら、俺は聞いた?
「お母さんはずっといないのな?」
「え?お母さんいないの?大人の人は?お父さんとか、おじいちゃんとか、おばあちゃんとかいないの?」
少女の顔がぱぁっと明るくなり
「ばあちゃん!ばあちゃんいたよ!でもいなくなった。リミュはお腹空いたのな!」
「おまえ、リミュの家に来るの!な?な!」
と少女は俺の手を無遠慮に握ると俺を引っ張り出した。俺の身体に他人が触れたのは何年振りだろう。
「わかった、わかったから、ついていくから、あまり引っ張ると危ないから!」
人に求められる。初めての感覚だ。くすぐったいような感じがする。学校の強制参加の運動会とかを除くと、人とふれあう経験は始めてかも知れない。
「こっちな!こっちがリミュのうち。な!」
嬉しそうに手を引く少女。嬉しそうにしている人間を身近に感じる事すら俺には新鮮だった。茂みを掻き分けながら少女に着いていくと、すぐに白い家が見えてきた。
「あれー!あれな!あれがいえな!な!」
少女は既に興奮の域だ。少女に手を引かれ家に入る。俺はまた聞いてみた。
「リミュ?大人の人はいないの?」
「あのな、ばあちゃんがいた。でも消えた。ばあちゃん、手紙書いた。リミュ読めない。おまえ 読めるか?」
「いや、話せるのも不思議だから、読めるかどうかさっぱり判らんが・・・・・」
ととととっと小走りに隣の部屋に少女は入っていき、一枚の紙片を持ってきて俺に手渡す。俺は受け取っておそるおそる覗いてみる。あれ。読めるわ。不思議だ。俺はリミュの言うばあちゃんの手紙を読みはじめた。
ーこの手紙を読んでいるあなたへ。私はもうすぐ寿命が尽きます。リミュを一人残して逝くことが心残りでなりません。私は魔導師を仕事にしています。薬草や薬石の知識をよくし、病に冒された人を助ける仕事です。また、精神世界を通じて、司る世界の住民との会話もできますので、その情報を元に占いをするのも私の仕事です。リミュは私の娘が産んだ子です。リミュの母親は、私の資質を受け継いだので、精神通信兵としてこの土地を治める王国で勤務していました。父親も同じ部隊で勤務していました。二人は辺境での任務を命じられ、リミュを一時的に私に預けていきました。赴任地への移動中、落石事故に遭い亡くなってしまいました。それ以来、私はリミュと二人でこの家で暮らしてきました。私は占いの仕事をしていると申しましたが、何でも把握できるわけではありません。司るものが私のような人間に、人々のの命や人生に関わる情報を漏らすことは、人間達の世界創造における[ゲーム性](この言葉はこちらの世界には存在しません。が、あなたには通じる概念だそうです)を損なう恐れがあるので、神が厳しく禁じているそうです。本来私の寿命を私が知ることも禁則に触れる情報でした。しかし、司るものの住民で私と親しく私たちの事情をよく知る方が、リミュが余りにも不憫だと言うことで、寿命が尽きる直前に私に知らせてくれました。併せてあなたという人間が、降る星の力を利用して異世界転生することも教えていただきました。私は自分の寿命を知り、急いでこの文を書いております。誠に勝手な願いですが、リミュの将来をあなたに託したいと思っています。私の肉体には長年の仕事で溜まった大きな魔導力があります。どこに飛ばされるか判らないあなたを私の最後の力を振り絞り、あなたをこの地へ引き寄せようと考えました。あなたがこの手紙を読んでいると言うことは、私の肉体は昇華し消滅している筈です。リミュとの生活の中で蓄えたお金が少しばかりですが、枕元の小引き出しにあります。当座の資金にお使い下さい。どうか、どうかお願いします。リミュはとても素直で可愛い娘です。両親も失い、身寄りも全く無いリミュをどうかあなたに育ててはいただけないでしょうか?リミュはまだ4歳です。本当の名前はリミュエラというのでー
文章はそこで途切れていた。さすがに胸を突かれた。どれだけ無念だったろうか。幼くして両親を失いながらも、元気に生きているリミュ。こんなにも無垢な少女を一人残していく事がどれほど無念だったろうか。自分の肉体を犠牲にして、どこの馬の骨とも判らない俺をこの世界に呼び寄せた事。不安で仕方が無かったはずだ。それでもお祖母さんにはその方法しか選択肢がなかったのだ。しかも彼女は知らなかったかも知れないが、俺はコミュ障完全体だ。その役が果たせるのか俺には全く自信が無かった。気がつくと視界がぼやける。俺はうっすら涙を浮かべていた。現状状況を考えてみると、俺がリミュを育てないとリミュは死ぬかも知れない。どうしたもんだろうか。俺は考えながら顔を上げると、目の前でしょんぼりしながら体育座りのリミュがいた。
「リミュ。」
リミュの両肩を掴んでリミュの目をのぞき込むようにしながら俺は話し始めた。
コミュ障完全体の俺だから、人に触れること自体に気後れを感じるのだが、お祖母さんの必死な気持ちが綴られた手紙と、人なつこいリミュの置かれた境遇を考えると俺は自然とそんな行動を起こしていた。自分から人に関わろうとしたのは小学生以来の事だった。長い灰色時代のおかげで、俺には無意識のうちに自分を抑える癖がついていたはずだ。しかし、今俺が動かないとこの幼い命は失われてしまうかも知れない。遠慮をせず人に触れたのは初めてだった。
「リミュ。よく聞くんだ。おばあちゃんは死んで天国に行ったんだ。おばあちゃんの手紙には、リミュの面倒を見て欲しいと俺に書いてあった。リミュは一人じゃ生きていけないだろ?俺と一緒に暮らすか?」
自分の決意を噛みしめるように、俺は言った。
「リミュな。りみゅ・・・・」
弱々しい声で応えるリミュ。
「お腹空いたの・・・・」
そうだった。遭ったときからこの子はお腹が空いたと訴えていた。お祖母さんがいなくなってどれくらい経ったんだろう。この子はどれくらい食べてないんだ?急いで何か食べさせないとならない。俺は慌ててキッチンを探した。玄関のドアの脇にかまどが二つ並んでいた。かまどの脇には藁で編んだ袋があり、中に炭が入っていた。戸棚を開けてみると、食器と陶器の瓶が幾つか。陶器の瓶には白い粉が。指にとって舐めてみる。小麦粉だろうか?よし、炭水化物確保。加熱のために火をおこさないと。見回したが、ライターやマッチの類いは見つけられなかった。どうする?どうやって火を起こそうか。急がないとリミュが危ない。俺は焦る心を抑えながら、リミュに聞いた。
「リミュ、お祖母さんは火をどうやってつけてた?」
「火なぁ。火は指からボッてつけてたな。おまえは指から火が出ないのか?」
弱々しいリミュの声。俺の指からは火は出ないんだよリミュ。くっそ。こんな時にネットがあればな!と思った途端、ポーンと電子音が頭の中に響いて、
「ブラウザーを起動します。」
と声がした。続いてメッセージがあります。という声が響き、頭の中に文章が浮かんだ。
ー私は先ほどお目に掛かりました、司るものです。あなたの転生直前の叫びは、地球におけるインターネットインフラ環境をお求めのように取れましたので、そのように致しました。とはいえ、転生先に電力インフラや電子情報技術があるとは限りませんでしたので、あなたの精神世界を直接地球のネットインフラにアクセス出来るようにいたしました。ご活用いただければ何よりです。ー
えええええ?まじか。まぁいい。今は時間が無い。ブラウザブラウザ!と頭で念じるとブラウザをアクティブにします。という音声の後、ブラウザらしいウィンドウが開いた。見慣れたモーグルの画面だ。簡単な火のおこし方。と思い浮かべる。検索します。と声が聞こえてズラズラッとヒットページの見出しが並ぶ。ペットボトルのレンズ効果で火をおこす。という見出しを見つけこれが良さそうと思うと、アクセスランプのつもりなのか頭の中に青い光が明滅した後、ページが開いた。ページを頭の中で読みながら周りを見渡す。この世界には硝子があるようだ。ガラス製の丸い水差しを見つける。
「リミュリミュ、要らない紙はある?」
リミュが差し出したお絵描き後の紙をひったくるように取った俺は炭袋の切れ端をナイフで千切り解した。炭をこすりつけて紙を黒く着色した。水差しと藁屑、黒い紙を持って外に飛び出す。いいぞ。日差しは割りと強い。家の横に井戸を見つけたので、水を汲み水差しに移した。日が当たっている場所を選び、小石の上に黒い紙を置いて水を入れた水差しをかざしてみる。いい感じで集光できている。しばらくすると煙が断ち始めた。炭袋を解した藁を載せてふうふう吹いているとボッと火がつく。作業中、効率の良い炭火の熾し方を検索する。煽いで空気を送り込まない方が良いらしい。慎重にかまどに戻り木屑に火を移し、炭を積み上げた。炭に火が移るまで次の仕事に取りかかる。戸棚を漁り蜜を見つけた。水と小麦粉を練って蜜で甘みをつける。バターや卵、牛乳があったらパンケーキが作れたが生憎見当たらない。ちょっと固めに溶いた小麦粉にほのかな甘みをつけてクレープ皮の様に焼いてみた。一口食べてみる。飲み物無しで食べるのはちょっと口の中がパサついて罰ゲームになるだろうが、空腹ならまぁ食べられる。
「リミュ大丈夫か?これを食べてみろ。」
クレープもどきをリミュに与える。一口かじってモソモソと咀嚼した後、
「あまぁいー」
にっこりと微笑みながら、弱々しくつぶやいた。
よかった。りみゅは五枚もクレープ皮を平らげて、リラックスした風情でふわぁーとかつぶやいてたと思ったらすやすやと寝息を立て始めた。無邪気な寝顔を見ながら、どうなるか判らないが、なんとかリミュを育ていこうと俺は思った。
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