第16話 生かすも殺すも自分次第



 ハルは牛車の壁に寄りかかりこの世界に来てからのことを振り返る。


 気が付いたら見たことのない街にいて、酒場の前で喧嘩する男を止めに行ったらそこにエレンが現れて、成り行きで彼女率いる朱雀隊についてこの森にやって来た。彼女の部下のレンフレッドを迎えに来ただけのつもりが、森の人間たちやロゼという強すぎる魔法使いの少女に襲われ、あの時は本当に死んだと思った。

 でもどういうわけか結局エレンと森の住人たちがロゼを説得してくれて、ロゼもこれから同行することになった。重症のレンフレッドは別の牛車に簡易治療を受けながら乗っている。……なんだろう、なんか、釈然としない。



「なぁエレン、森の中で何を話したんだ?」

「人間とか?」

「そう。今までずっと一緒にいたのに、あんないきなりロゼを送り出す必要あったのか?」


 二人が話している牛車には森を出発してからもう一人、ロゼも乗っている。サラサラな紫の髪をいじりながら聞き耳を立てている。牛車の周りは依然として草原だが、いたるところに川が流れているのが見える。


「私からじゃなく向こうから頼んできたんだ。ロゼをよろしく頼みたい、彼女はこの国を変えることのできる魔法使いなんだ、って」

「え?」

 ハルはますます意味が分からない。


 その様子を見かねたロゼが口をはさんだ。

「ねぇお兄さん、《持たざる者の粛清ノブレス・オブリージュ》のこと知らないの?」

「ノブリ……、何? あとお兄さんってなんかエロくてそそられちゃうからやめて?」

「ノブレス・オブリージュです。気持ち悪いのでハルさんって呼びますね」

 ロゼは顔をしかめながらさらっと返答した。


「ロゼ、そういった話はまだ教えていない。全部まとめて次の街に着いてからだ。小出しで話してもこの男は覚えれん」

「む……、じ、時間止めておっぱい揉むぞおい……」

 エレンは冷え切った目でハルを一瞥する。

「構わん。その代わり、時間が動き出した瞬間に貴様の存在ごと炎に葬る」

「う、うそだってば……」


「あー、やっぱりお兄さんのあれ、時間止めてたんだ」

 ロゼがしきりに頷きながら納得している。

「……その魔法強すぎじゃない?」

 ロゼは羨むがエレンは同意しなかった。

「まぁ能力的にはかなり汎用性は高いが、だからといってこの男が強いということはない」

「でも時間止めてその間なんでもできるんでしょ?」

「あぁ。まぁ三分くらいだけどな」

「いいなぁうらやましー!」


 エレンは二人の言葉を聞いて眉間にしわをよせた。

「勘違いするな、魔法使いの強さってのは魔法の性能ではない。これはもう死んだやつの受け売りだが、身体能力、判断力、応用力、相性、運、……そういったものを併せ持つ者が本当に強い魔法使いと言われる」


「なるほどたしかに……」

「貴様ら二人はいいものを持っている。これから生かすも殺すも自分次第なことを忘れるな」

 牛車の進むほうを見ながらエレンは二人に助言した。

 草の生い茂る丘を駆け上がる牛車は、速度をやや落として川沿いを走っている。

「それより、この丘を越えたら、もう着くぞ」

「あ、そういえば今ってどこ向かってたんだ?」

 ハルはそう言えば自分が何も聞かされてなかったことを思い出す。


「イースという水上都市だ。ランスローズのところへ行くと酒場で言わなかったか?」

「あぁー、そんな名前聞いたような聞いてないような……、ってそれ誰?」

 戸惑うハルをよそに、ロゼは驚いてその名前を聞き直す。

「えっ待って、ランスローズって、……ランスローズ卿ですか?」

「あぁ。会うのは初めてか?」

「は、はい……、いずれ会うとは思ってたけど、なんか緊張してきた……」

「だから誰!ねぇロゼ、この隊長何も教えてくれないから代わりに教えて?ね?」


 しきりに懇願してくるハルに見かねたロゼは渋々答える。

「んー、今のハルさんに教えても分からないと思いますけど……」

「おんおん?」


「ランスローズさんは、王の右腕アガートラム二代目総隊長にして、元円卓の魔術師だったお方です」

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