第15話 森の命は終わらない



「アアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 ロゼの怒り狂った雄叫びが響き渡る。

「こいつ縄を……!」

 つい数秒前にハルが固く縛ったはずの縄がロゼの怪力に耐えきれずミシミシときしむ。

 ハルは経験から自分の時間停止能力が連続して使えないことを分かっている。再びこの少女が解き放たれるともう手の打ちようがない。そう頭の中では考えるが死の恐怖の前に足がすくんで逃げることすらできない。

「頼む、頼むからもうやめてくれ……!」

 しかしそんなハルの願いは叶わず、ロゼは真上を向いたまま全ての縄から解放された。


「アアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!」

 ロゼはその場に立ち上がり空に向かって再度えた。

「くそ……」

 目の前の変わり果てた姿の少女に絶望し、諦めかけたその時、



「……待ちやがれ小娘!!」


 その声にハルとロゼの両者の視線がうつる。ロゼは真っ赤に染まりあがった目でエレンを睨みつける。

 助かった、エレンだ、エレンが助けてくれた……、と思い森のほうへ向けたその視線の先には、ハルの予想をはるかに上回る数の人影があった。

 なんとその数およそ三百人。

 よく見るとその中には黒いローブを羽織った朱雀隊の一員らしき人もいる。


「ロゼちゃん!」

「お姉ちゃん!」

「ロゼー!」


 そのたくさんの人影の中から数人の、見るからにロゼよりも年下の小さな子供たちが、狂暴化した姿のロゼに怖がりもせず駆け寄っていった。それはまるで仕事から帰ってきた夫を玄関で出迎えるような、何度もその姿のロゼを見てきているかのような対応だった。

 それでもハルは、危ないぞお前ら、と言いかけるが、目の前に広がる光景を見てその言葉をのんだ。

 あれだけ狂暴化していたロゼの全身から少量の湯気が立ち上がるとともに、その両腕の血管は収縮し、眼の充血も次第に収まっていった。

 駆け寄った子供たちは、へたりとその場に座り込んだロゼのことを強く抱きしめながら頬をり寄せた。


「私の、王の右腕アガートラムの話を聞いてくれないか」

 エレンは一歩前に出て、まだ呆然と座り込むロゼに尋ねた。ロゼは周りに森の人間たちがいるせいか、否定せず黙ってその言葉の続きを待つ。


「我々はこの森から人間たちを追い出そうとしたわけじゃないんだ。もう知っているようだが、近いうちにまたキャメロットのクソ魔法使いどもが人間を片っ端から殺して回る。だからその被害を少しでも抑えるために我々の目の届くところで暮らさないか、という提案をしたかっただけなんだ」


 その場にいた三百人以上の中で、ハルだけがキャメロットの悪い魔法使いの件をまだ聞いていなかったため、ひとり浮いた顔をしてしまうが、今は詳しく聞けそうな雰囲気ではないと思いその質問はあとに取っておくことにした。



「……王の右腕アガートラムが悪い魔法使いじゃないのは知ってる。けど……」


「けどこの森は、ここのみんなの森だから、だろ?」


「え……」

「後は頼みます、森の民の皆さん」

 エレンはそう言って斜め後ろにいる、森で一番年老いているであろう老人にバトンタッチした。


「ロゼよ、さっき話したんじゃが、王の右腕アガートラムの方たちがこの森と一緒にわしらを守ってくれるそうじゃ。だからわしら人間はこの森の中でこれからも楽しく暮らすことにした。そこの隊長さんに許可を貰った」

 その老人の言葉にロゼは焦り始める。


「待って、私もこの森を守りたい」

「だめじゃ」

「……なんで?!」

「ロゼ、そなたにはこの森を守る以外に、もっとすべきことがあるのではなかろうか?」

「……やめて」


 首を横に振るロゼに、周りの子供たちが告げる。

「お姉ちゃんやっつけてきて!」

「ロゼお姉ちゃんは悪い魔法使いを倒すヒーローなの!」

「ヒーロー!ロゼはヒーロー!」

 子供は子供なりにロゼとの別れを察して涙目になりながらも言葉を振り絞った。

「……やめて」


 またも首を振るロゼに今度は森の前に立つ男たちが声をかける。

「ロゼ、この森なら大丈夫だ。俺たちだって毎日鍛えてるからな!」

「おっさんたちの底力なめんじゃねーぞロゼ!心配すんな!」

「長い間ありがとうなロゼ。あとは俺らに任せとけ」

 一緒に森を守ってきた男たちのその言葉に、ロゼの今まで押しこらえていた涙があふれ始めた。

「……みんなやめてよ……」

 ロゼはまだ弱々しく首を振り続ける。


「ロゼよ。この森はいつまでも永遠にここにある。年寄りが死んでも若いものが生まれ、森の命は終わらない。帰りたくなったらいつでも帰ってきなさい。わしらはずっとここにおるよ」


「……みんな……、ごめんね……、ありがとう……」

 ワンピースの裾で拭いても拭いても溢れてくる涙が、ロゼの足元に次々と垂れていく。小さい子供たちがまわりでロゼの頭をやさしく撫でまわし続けた。

 その泣きじゃくる可憐な姿は、森の中に匿われた一人の魔法使いではなく、森を愛し森を守り森とともに生きてきた一人の優しい女の子であった。




「……さてと、お別れの挨拶はその辺にして、」

 エレンがずかずかと前に出て服で涙を拭くロゼを見下ろして話しかける。


「小娘、一緒にこの国ひっくり返さないか?」



 エレンの問いかけに、頬に涙の跡を残した少女はにっこり笑いながら答えた。


「……いいわ、気が向いたからついて行ってあげる。あと私は小娘じゃない、ロゼよ」


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