第14話 穢れなき聖女の暴走
「ぐっ……。少し舐めすぎたか……」
殴り飛ばされた勢いで背中を木に強く打ちつけられたエレンは、陽の差し込まない森の中で腹部を抑えながら立ち上がる。その口からは血が出ており、数本の肋骨とどこか内臓を少しやられたことが本能的に分かった。
「長期戦は不利か……」
そう呟いて森を抜けだそうと数歩歩いた矢先、背後から聞き覚えのない声が聞こえた。
「ま、待ってくれ!」
エレンは自分の戦いの邪魔をするなと言わんばかりに鋭い眼差しで振り向くが、その声の主は意外な人物だった。
______
「最後に一つ。君は長い間ここだけで暮らしているんだろうが、この森の人間を恨んではいないのか?」
レンフレッドはゆっくりとこちらに近づいてくる赤目の少女ロゼに問うた。
「……私はね、お兄さんのような、人間を魔法使いではない種族としか捉えてない人は嫌い」
「どういう意味だ?」
「人間だから。魔法使いだから。 ……だから何よ!!」
突如そのかわいらしい姿に見合わず激昂するロゼ。その声に周りの空気がびりびりと痺れるが、声の主の赤い瞳から数滴の涙が零れ落ちた。
「な、泣いてるのか?」
しかしレンフレッドはその涙の意味をまだ分かってやれない。
「……私は、ここで囚われてるんじゃない! この森のみんなが大好きで一緒に暮らしてるだけなの!!」
まるで世界中に響き渡れというほどの涙に濡れた少女の叫び声に、その場でたった一人、ハルだけが、その本当の想いを理解した。
「……なぁレンフレッド、面白いこと考えたから、ちょっと煙頼んでもいい?」
「あ、あぁ。三十秒でもいいかな?」
「余裕だな」
「伝導者のかっこいいとこ見せてくれるのかい?」
「いや、上手くいくかは分かんねぇ」
ロゼは二人の会話に眉根に
それを見たレンフレッドはハルと微笑みを交わすと、今日二度目の魔法を唱える。
「後のことは任せたよハル! 《
一気に視界が真っ白に覆われ、ロゼは足を止め目を
「また煙……、あなたはもう逃しません!」
煙がレンフレッドとロゼを覆うように満ちてから時にしておよそ十秒後、神経を研ぎ澄ました少女は離れた足もとの草が鳴らしたジリという微かな音に反応し、その方向に向かって飛び掛かりながら思いっきり左腕を振りかぶる。
「お兄さん、見ーつけた!」
その左腕は見事に煙に紛れたレンフレッドの脇腹をとらえた。
「……あと二十秒か」
つぶやくレンフレッドの右腹を凄まじい威力の衝撃が襲う。
「がはっ……!」
あまりに重い一撃に地面に屈したレンフレッドの口から真っ赤な血が吐き出される。
呼吸するだけで精一杯な状況でも真紅の瞳の少女は攻撃を緩めない。ついに地面に横たわったレンフレッドをひたすらに殴り続ける。泣きながら、何回も、何十回も。
「森のみんなで悪い魔法使いから!ここを守ってきたの!」
「ぐはっ……」
「あの森と!私を育ててくれた大事な人は!誰にも渡さない!!」
「ごはっ……、はぁ……、はぁ……。ロゼ、時間だ」
体中真っ赤に染めあがったレンフレッドは静かに目を閉じた。
周りの煙が次第に晴れていき、昼下がりの草原が再びその姿を見せる。
「時間?何の話?」
「ごほっ……、君たちを救うのは……、僕じゃない」
「??」
ロゼがその言葉の意味が分からず首を傾げたその時、
「ロゼぇぇぇぇぇ!!!!」
少し離れた場所からハルの声が響き、ロゼは
「ありがとなレンフレッド。俺のかっこいいとこしっかり見とけよ。 ……時よ凍れ! 《
ゴーーン。
ハルが声高らかと呪文を唱えると、あの酒場前で聞いたのと同じ、低い鐘の音があたり一面に響き渡った。
血まみれになりながらも耐え切ったレンフレッドとこちらを睨みつけているロゼの二人が、ハルの前で微動だに動かず固まっている。この光景を見た瞬間、賭けが当たった、とハルは思った。正直なところ、ロゼの魔法無効化能力あがハルに対しても効果があったら降参していた。
「止まった、のか。助かった……。あとはこの用意した縄で……」
およそ三十秒前、ハルはレンフレッドがロゼの相手をしていた間、牛車に戻って太めのロープを探していた。探しても結局見当たらなかったため、牛車の寝台と車輪を括り付けている縄を頂戴してしまったが、まぁ怒られることはないだろう。その縄できっちりとロゼの両手両足を縛り、念のため座らせた状態で上半身を一台の牛車とも結んでおいた。
「これでよし、と。……あ、この時間ってどうやったらまた動くんだっけ」
ゴーーン。二度目の鐘の音が鳴り響いた。
「えぇ、なんか、なんかかっこわるっ」
ハルはぶつぶつ独り言を漏らすが、気が付いたロゼは自分の置かれた状況に目を丸くする。
「え、?!」
「あ、ロゼ、悪いんだけどちょっと俺の話を聞いてくれるか?」
「……いま何をしたの? お兄さんも私から大事なものを奪っていくの……?」
「え、いや、違う違う!」
「……どいつもこいつも魔法使いは……!」
ロゼの赤い瞳が一層輝きを増し、全身の周りの紺色のオーラも淡い青色に変化し始める。
「ま、待ってって!そんなつもりないんだって!」
「……《
ロゼの着ているワンピース越しに見える両腕の血管が膨張し、両目が充血している。新たな魔法を唱えた彼女が完全に理性を抑えられない状態に入ったのは明らかだった。ハルは嫌な寒気が背筋を走り、その場から数歩下がる。
「お、落ち着け。ロゼ、落ち着くんだ。な?」
「…………アアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!」
しかしハルの声はロゼには届かず、彼女は縄に縛られたまま上を向きながら空に向かって吼えた。
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