第13話 修補すべき悲哀の疵



 森を背にしたエレンは草原にたたずむ少女に問いかける。

「おいそこの小娘!」

「小娘じゃないわ。私はロゼよ」

 エレンの声に紫色のボブヘアをした黒のワンピース姿の少女が答えた。青い瞳で両肩が露出したその華奢な姿はどこにでもいそうな女の子とさして変わらない。


「黙れ。ここにいた仲間をどこへやった?」

「それは秘密。殺してはいないわ」

「うちの手練れの魔法使い二十人を貴様一人で片づけたのか?」

「だとしたら何?」

 ロゼは不敵に口元をゆがませる。


「すまんが貴様を焼き殺して仲間を返してもらう、それだけだ」


 エレンはそう言って開いた両手を前に伸ばすと、渦巻くように黒い炎がどこからともなく集まっていく。

「……黒炎火砲ヘインバーナー起動」

 その炎は次第に大きさを増し、エレンの背丈よりも大きな球体を作り上げた。


「おい何だこの禍々しすぎる炎は……」

 ハルは開いた口が塞がらない。


「すごーい、さすが隊長さんって感じだね!」

 余裕があるのか、ロゼは自分に向けられた炎を見て幼稚な感想をこぼす。


「黙れ小娘。憤怒に満ちた我が魂の咆哮を受け取れ。《吼え立てよ、憤怒の炎砲ラ・グラントメント・デュ・ヘイン》!」

 その叫びと共に、球体だった黒炎からロゼに向かって一直線に火柱が放たれる。


「はぁ、私はロゼだって言ってるのに」

 少女はぼそりとつぶやきながら目を瞑る。



「……《修補すべき悲哀の疵マリアージュ・クラレント》」



 一瞬にして黒炎が轟音を立てて走り去り、その通った後の地面は草が焦げて黒ずんでいる。少しの煙と燃えた草のにおいが立ち込める中、ハルとエレンは目の前の光景に目を疑った。



「あー、なんかごめんなさい。そこのお兄さんに言ってなかったっけ?私、魔法使いだけど昔いろいろあって魔法効かないんだよね」

 そう言ってロゼという少女は申し訳なさそうに微笑んだ。しかし先ほどまで青色だったその瞳は、いつの間にか淡い赤色に変わっていた。



「うそだろ、今あれ当たったよな?」

「当たった感触は確かにあった。どういうことだレンフレッド」

 尋ねられたレンフレッドは弱弱しく答える。

「彼女にはおそらく、魔法による攻撃は通用しません。もしかしたら隊長の火力であれば効くのではと思い、伝えておりませんでした。申し訳ありません」


「いや、私もそれを聞いていたとしてもあの攻撃は試していた。謝る前に策を練ろ。正直、あれはかなり厄介だ」

 エレンは予想外に厄介な少女を睨みつけて舌打ちする。


「あのね、お姉さん。そんな怒っても、先に手を出したのはそっちだからね。もう遠慮の時間は終わりでいいよね」

 また不敵に笑うロゼ。

 その笑みを一度味わった男、レンフレッドがエレンに忠告する。

「隊長、まずいかもしれません……!お下がりください!」

「黙れ。若干嫌な気はするが、自分から売った喧嘩で引き下がるようじゃ隊長失格なんでな」

 そう言ってエレンは覚悟を決めて地面を踏みしめる。


「ひゅー、お姉さんかっこいいー。じゃあ加減は無しだね。……《穢れなき聖女の遊戯ブリュンヒルデ》」

 ロゼが静かに呪文を唱えた瞬間、遠目から見ても分かるほどはっきりと、彼女の全身が紺色のオーラに包まれた。ロゼは両手首を軽く回し、ひざを曲げて地面に強く踏ん張る。


「隊長!避けてください!」

 レンフレッドが叫ぶがエレンはそれをはねのける。

「黙れ!これは私の戦いだ!」


「じゃあ、いきますよお姉さん」

 ずんっという地鳴りと同時に、ロゼが高く跳躍した。

「なんだあの高さ!」

 ハルが驚くのも当然、その高さおよそ七メートル。


 エレンめがけて弧を描きながら飛んできたロゼが初めて声高々と叫んだ。

「あなたたちのような魔法使いを、私は絶対許さないっ!」


 ロゼは着地の手前で右腕を振り上げる。エレンはそれが殴る前の動作だと察し、二歩左へ動き上体を大きく左へ傾けたのち、地面に手をついてカウンターの右足を振り上げる。

「まだまだ甘いな小娘!」


 しかし着地の瞬間、ロゼは振り上げた右手を殴ることなくそのまま体の左に大きくぶん回し、その勢いで全身を左方向に回転させ、右足を真上から振りかざす。

「だから小娘じゃありません、ロゼです!」


 その声とほぼ同時に、お互いの凄まじい蹴りが相手の頭部に的中した。ハルのところまでも衝撃が鈍い音と重なって空気が振動するのが分かる。エレンは強く地面に打ち付けられ、ロゼは5メートルほど後方に吹き飛んだ。


「えぇ……。お前ら女の子だろ……」

 ハルはこの世界で初めて魔法を見た時よりも驚いていた。が、本当に驚くべきはその直後だった。


「いってぇ……、なかなかやるではないか」

 そう言いながら立ち上がったエレンに向かって猛烈な速度で近づいていくロゼ。


「まだまだ甘いのはお姉さんだったね」

「な……、黒炎の加護マリア・ラ・ヘイン!」

 エレンはとっさに自身の腹部を黒炎で包み込み守りに入る。が、しかし、


「だから、私に魔法は効かないってば」

「そうか!しまっ……!」

 どごっ、と腹部を殴った音が響くと同時に、エレンの体が遥か後方の森の中まで吹き飛ばされた。



「速っ……!てかなんだ今の威力!?」

 ハルの隠せない驚きをよそにレンフレッドがロゼに尋ねる。

「ちょっといいかな?あの速度とパワーがそんな華奢な体にあるとは思えない。今のが肉体強化の魔法だとすると、君は二種類の魔法を使えるかなり強い魔法使いのはずだ。なのになぜ君はこの森に囚われているんだ?」


「……お兄さん、もうそういうのいいから。もうこの森にかかわらないで」


 エレンを吹き飛ばした少女ロゼは、標的をレンフレッドに切り替え、鋭く光る赤い目で睨みつけたが、ハルにはそれがなぜか悲しい表情に感じてならなかった。

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