第2章 それぞれの冒険

chapter1. ハル編

第10話 ハルの冒険



五台の牛車が草原を北に向かってさっそうと駆け抜ける。牛、といっても牧場で目にするような牛ではなく、それよりも二回りも大きな体に鍛え抜かれた力強い四本の脚。どの牛も黒の鎧を備えており、陽の光に照らされそのたくましさが輝く。


その五台のうちの一つにこれまた真っ黒のローブを羽織った二人の男女が牛の後方の寝台で揺られていた。女の名はエレン。朱雀隊の隊長にふさわしい赤髪をまとい、可憐な姿で牛車の進むほうを見据える。



……気まずい。大変気まずい。


ついさっきエレンから渡された黒いローブを身にまとった男、ハルは無言の空間の雰囲気に耐えきれなかった。なにせ、昨晩に酒場を出てこの牛車に乗ってから一言も喋っていない。ハルは勇気を振り絞ってエレンに尋ねた。


「あの~、どこに向かってるんですかね?」

しかしハルの言葉にエレンは振り向かない。

「あの~、すいません聞こえてます?よね?」

もう一度尋ねるとさすがに反応があった。が、


「貴様のようなバカに教えても何の意味もない。黙っておけ」

エレンは背中を向けたまま言い捨てた。


あれ、発言権ないの俺?なにこれ、まるで拉致なんだが?

ハルはもうこれ以上聞くのはあきらめ、流れに身を任せることに決めた。



そんな二人のやり取りのおよそ十分後、牛車は草原の先に見える森を前にしていきなり停止した。まだ前方以外は広々とした大草原で、明らかにここが到着地ではないことはハルにもすぐに分かった。


「私とハルで中の様子を見てくる!みなはここでひとまず待機しておけ!」

突然エレンは目の前で声高々と叫ぶと、牛車の前方から飛び降りた。


「貴様も早く来い」

エレンはまだ牛車の中にいるハルを呼ぶ。


「え、俺も待機じゃダメですかね」

「来い」

「はいすんません、今降ります」

ハルのささやかな抵抗はささやかなまま終わった。


牛車から降りると、エレンはもう森に向かってだいぶ前を歩いていた。

「ちょい待ってや!」

ハルは急いでエレンの後を追った。



_________



「なんだこの森、昼なのに真っ暗じゃん……。何しにここに来たんだよ?」

「立派な林冠が太陽の光を遮っているだけだ。レンフレッドという男を探すんだ」

エレンはそう言いながらあたりを見渡す。


「いきなり唐突に新キャラ出すのやめてくんない?」

ハルの言葉はまたもスルー。


「……おかしい。我々がニップルの酒場からここに来ることは告げていたんだが」

徐々にエレンの顔が険しくなってくる。


「あのなぁ、こんな広くて暗い森で探してるんだから、もっと大きな声で呼べばいいだろ」

「お、おいよせっ」

エレンがすかさず止めようとするが、時すでに遅くハルは上を向いて叫んだ。


「おーーい、レンフレッドォ!!いたら返事しろー!!」

ハルの声が森中に響き渡る。


「……おい、いなさそうだぞ」

ハルがエレンのほうを向いたその時、


「伏せろ!!!!」

エレンの突然の声に気圧され、即座に身をかがめる。


ドスッ。音のしたほうを向くとハルの真後ろの地面に一本の白い矢が突き刺さっていた。

「あ、あっぶねぇ……」

しかしハルの安堵はエレンの一言で一瞬にして危機感へと変わった。

「周りを囲まれている!とにかく走れ!」

エレンは叫ぶと同時にハルの右腕をつかみ全速力で駆け出した。


ハルは走りながら周りを見渡すが、そんな敵はどこにも見えない。

「ハァ、おい、囲まれたって誰に!」

「知るか!急いで森を出るぞ!」

「なんでだよ!ハァ、説明してくれ、何もわかんねぇ!」

「貴様のバカ加減にはもう呆れたぞ!木の上だ!何人も武装した人間がいるだろ!あれだけ上を見上げていて気づかなかったのか!」


木の上だと??

ハルは全速力で木々の間を走り抜けながらチラッと頭上を見上げる。すると高さ二十メートルはあるであろうかなり高い場所のあらゆる枝に、何人もの男が緑の迷彩柄のマントに身を包み、弓を構えていた。


「やばいやばいやばい!ハァ、なんで俺たち狙われてんだよ!」

「知らん!いいから走れ!」

「走れ走れって本当にこっちで合ってんのかよ!」

「知らん!せばたいてい何とかなる!」

「分かんねぇのかよ!」

「なんだ貴様、バカなくせに!」

「お前だって来た道覚えてねぇじゃんかよ!」



ハルとエレンの二人は、陽の差し込まない広く暗すぎる森の中を大声で喧嘩しながら弓矢の攻撃から走り逃げ回る。森の中はここ以外静かだったため、この二人の騒がしさはもう一人の森に足を踏み入れた男にも届いた。




「……蜜やかなる灰塵世界ディメンション・オブ・スチーム



突如どこからか聞こえた男の声にエレンが歓喜の声を上げた。

「ほら見ろハル!何とかなっただろう!」

「な、なんか目の前が……!」



走り続けて息が切れ始めた二人の目の前がいきなり煙で覆われた。その煙は二人を包み込むように左右後方に広がっていき、ハルとエレンはものの数秒で頭上まできっちり煙に囲まれた。頭上からの弓矢の攻撃もやみ、二人のすぐ周りだけの視界が晴れた。


「ハァ、なんか助かったけど、なんでいきなり煙?」

「登場が、ハァ、遅すぎるぞレンフレッド」



「お久しぶりです隊長。味方のピンチに登場するのがヒーローの定めでしてね」


レンフレッドと呼ばれた茶色い前髪で片目が隠れている青年が、煙の中からどこからともなく現れた。

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