第9話 円卓の魔術師



 瑛太の召喚が終わり、ガラハッド以外の四人の円卓の魔術師とその中央で氷漬けにされた瑛太が円卓の間に残る。



 目の前でへらへら笑う黒髪の女。瑛太は体の寒さに耐えかねてもう一度尋ねる。

「何もんだあんた」

「あなたが聞いてるのは名前?それとも肩書き?」

「……めんどくせぇ女だなお前」

「なにそれドSのつもり?」


 とっくに頭にきているがこの女に構っている時間はない。

「あっち行け、邪魔だ」

「はいはーい言われなくてもお部屋に帰りま~す。けどあたし、実はSな男ってタイプなんだよね~。その氷から抜け出すヒント教えてあげよっか」

「え、なに教えてくれ」

「あぁんっ!Sな男が急に甘えてくるのもたまんない!」

 目の前でいきなり喘ぎ声を出されて少し戸惑うがそんな場合ではない。


「はよ」

「つれないわねぇ。い~い?その氷は魔法の氷。その魔法はあの可愛いベディの魔法。そのベディは今もあなたの近くにいる。ヒントはこのくらいかなぁ~」

「は、それだけ?」


 ヒントの曖昧さに目を丸くして聞き直すが、それを見て女は笑っているだけ。

「ふふっ。頭が良くてプライドが高くてそのうえイケメン。お姉さん惚れちゃった~。じゃあね、頑張んなさい」

 そう告げると女は瑛太に背を向けて部屋をあとにした。



 なんだったんだあいつ……。氷の金髪女はまだ部屋の端で兄であるルキウスという大男と何か話している。くそ、しっかり頭を回すんだ俺。魔法の氷。ベディの魔法。そばにいるベディ。……落ち着くんだ。考えろ。



「ね、お兄ちゃん一生のお願い。お世話係かわってください」

「断る。円卓で一番新入りなんだからそのくらい頑張れ」

「え~、今新入りとか関係なくない~?」

「とにかくエータは任せたぞ、仲良くやれよ」

「えぇ帰んの?!んもうっ、お兄ちゃんのバカ!」

 妹と話を終えたルキウスも部屋の扉のほうへ向かっていく。兄に見捨てられて悲しむベディがその背中を目で追っていたその刹那、


「あ、あ、あぁぁぁ……」


 ベディから突如漏れる声。

 妹の異変に気付きルキウスが振り向く。

 ここまで一言も発さずに黙っていた残るもう一人の魔術師もその様子を遠目で凝視する。

「どうしたベディ!」

 ルキウスが慌てて駆け寄るが、ベディはその場で自分の両手を見ながら目を大きく開けつぶやく。

「あぁ、あぁ……、そうか、そういうことか……!」


「おいしっかりしろベディ!どうした!」

 ルキウスは嫌な予感を感じてふと円卓のほうを見るが、まだその中央で氷漬けの瑛太は静かに固まっており、さっきから特に様子は変わっていない。

「だ、大丈夫かベディ?」


 しかし次の瞬間、ルキウスの問いに対しベディはまさかの言葉を放つ。

「うるせぇシスコン野郎。兄妹そろって早漏か?」

「……!!」


 ルキウスが呆気にとられた瞬間、ベディは一目散に部屋の隅に向かって走り出した。

「お、おい!どこへいくんだ!」

「ハァ、ハァ、たぶんこれでいけるはず……!」


 ベディが息を切らして部屋の隅で足を止めた時、部屋の中央に異変が起きた。

 瑛太を氷漬けにしていた氷が一気に溶けだしたのだ。大きな氷の彫刻は緩やかに水へと変わり、その中から瑛太がどさりと床に倒れこむ。しかしその瑛太は意識がなく動かない。


「……なるほど、そういうことか。エータお前、賢いじゃねぇか」

 ルキウスは部屋の隅に立ち尽くすベディに向かって静かに告げた。


「はっ、おせぇよ。俺は昔から頭はいいんで、ね……」

 そう言い残し、どさりとベディもその場に倒れこみ意識を失った。




 円卓の間には立ち残された二人の魔術師。



「……なぁパーシヴァル卿。今のって、多分憑依だよな?」

 ルキウスはもう一方の男に尋ねる。

「おそらくな。今後貴重な人材になるだろう」

 白い髪を後ろで束ねたパーシヴァルという男はそう答えながら円卓の机を乗り越え、倒れている瑛太のもとへ歩む。


「このエータという男は俺が預かろう。ベディヴィア卿にもそう伝えておけ」

「それは別に構わんが、珍しいな。お前が気に入るなんて」

「ちょっとしておきたいことがあるんでな」

 パーシヴァルはそう言って瑛太を軽々と肩に担ぎ上げる。


「おい待て、またいじるのか、を」

「我々魔法使いの未来のためだ」

「まったく、何をそんなに恐れているんだか」

「俺の予想が正しければだが、マーリンはあの時言わなかったが二年前のアイリス卿のことを考えると、おそらく伝導者は他にもいる。そしてまず間違いなくそいつはランスローズ卿の味方につく」

「ランスローズ……」

 過去の裏切り者の名前を出され、ルキウスの目の色が変わる。


「念には念をだ。前の世界の記憶がなければ寝返る心配もないだろう」

「恐ろしい男だ、パーシヴァル卿。敵に回したくはないな」

「そう褒めてくれるな、買いかぶられるとろくなことがない。じゃあベディヴィア卿は頼んだぞ」

「はいはい仰せのままに」

 パーシヴァルは話し終えると瑛太を担いだまま円卓の間をあとにした。





 これはアレフルーム王国の首都キャメロットの中央に位置する、白亜の城での出来事だった。

 瑛太はこの三日後、春馬や鈴菜との記憶をなくした状態で目を覚ますことになる。


 そして異世界から三人の伝導者を巻き込んだ王国の物語は、新たな展開に進んでいく……。

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