chapter3.瑛太編

第8話 瑛太の物語


 円卓を囲い、目を閉じ右手を自身の胸にあてがいながら詠唱する白いローブを羽織った五人の魔術師。



「我々は希求する」

「遥か彼方より舞い現れし伝導者よ」

「円卓の、円卓による、円卓のための伝導者よ」

「我ら円卓を理想郷へ導くものよ」

「時は来た。今我らの前にその姿を現すがよい」



 円卓の中央に月夜が天窓から差し込むだけの薄暗い部屋に突如まばゆい輝きが走る。

 その輝きは十秒ほどで消え去り、その光の中から一人の少年が姿を見せる。

 くせっけのある茶髪に白い肌。天窓を見上げる少年、瑛太は静かに物思う。


 あぁ、くそめんどくせぇ。


 そんな瑛太の思いは知らずに一人の魔術師が尋ねる。

「名乗りたまえ」

 しかし瑛太は声の聞こえた左後ろを振り向き、尋ねてきた年老いた魔術師を睨みながら言い返す。

「あ?礼儀がなってねぇな。人に名前を聞くときはまず自分からだろーが」


 五人の魔術師はみな、その返答に一瞬で殺気だった。

「申し訳ありませんガラハッド卿、一旦彼を拘束します」

 円卓を挟んでガラハッドと呼ばれた男の真反対にいた長い金髪の女が、黒色の短い杖をローブの下から取り出し、円卓の中央にいる瑛太に差し向ける。


「悪く思わないでくださいね。《青く美しき氷の加護イオテル・ブリザード》!」


 その刹那、瑛太の真下の床から大量の水が現れ、瞬く間に瑛太の全身に絡みつく。

「……!」

 体中にまとわりつく水は次の瞬間、一気に温度を下げ瑛太を中心に据えた氷の彫刻となった。


「つめてぇだろ早漏女……!」

 かろうじて顔だけは自由だったために瑛太がそう言葉を漏らすと、すでに固まっていた氷がまた動き始め、さっきよりもっときつく瑛太の四肢を締め上げる。


「何か言いましたか、変態男」

 氷の魔術師はぱっと見だと瑛太と同じくらいの年頃で、整った顔立ちに加えて金髪と青い瞳の効果でとても可愛く見えるのだが、魔法と同じくらい冷え切った声色のせいでその可愛さよりも恐ろしさのほうがまさってしまっている。


「ベディヴィア、落ち着け。なかなか威勢がいいな少年。まったく、アイリスの時にそっくりじゃないか」

 今度は氷女の横にいた背丈が悠々と2メートルを超える大男が、ガラハッドの隣にいる黒髪の女に向かって口を開いた。

「そうね、二年前が懐かしいわ。あたしはこんなに口悪くないけどね~。ぶっ殺すわよルキウス」

「おっかねぇぇ……」


 そこで二人の会話に氷女も割って入る。

「アイリスさんは私に向かって早漏女などとは呼びません」

「そうよね、ベディちゃんもそう言ってるわよ?」

「ごめんてば……。女は怖いな全く……」

「あたしら別に怖くなんかないもんね~」

「はい。事実を言ったまでです」


 白いローブを羽織った連中は瑛太とその周りの円卓を囲って談笑しているが、当の瑛太は体中の冷たさを超える痛さでそれどころではない。

「っ……!なんなんだこいつら……!」


 そのセリフを待っていたかの様に、最初に問いかけてきたガラハッドという顎に白ひげを生やし丸眼鏡をかけた年老いた男が再び尋ねる。

「次が最後だ小僧。名乗り給え」


 その低くかすれた声に他の魔術師も静まり、瑛太に注目が集まる。



 少しの沈黙ののち、参ったように答えた。

「……はぁぁ。 瑛太だ。なんか文句あっかよ」



「正しい判断だ。文句はない。エータか、これから期待しているぞ」

 ガラハッド卿の丸眼鏡の奥から見える細い目が瑛太をとらえる。自分のことは期待はしているが信頼はしていない、そういう目だと瑛太は直感で察した。



「みなご苦労だった、もう夜は遅い。年寄りの儂は先に部屋に戻るよ。誰かエータを部屋まで案内してやれ」

 そう言い残してガラハッド卿は円卓に背を向け扉のほうへいそいそと歩いて行った。




「……ってかおいこら金髪女!そろそろこの意味わかんねぇ氷なんとかしろ!」


「え、お兄ちゃん、誰がエータのお世話係になったんだっけ?」

 氷女は瑛太の叫びを横目に無視して隣の大男に尋ねる。


「ベディ、ここでは名前で呼べと言ったろう。それに世話係はお前だ」

「ええぇぇ!?なんで!?」

「今日の招集に遅刻したからだ」

「聞いてないっ!そんなの聞いてない!」

 駄々をこねだす妹のベディヴィアとそれを軽くあしらう兄のルキウス。


「それはもういいから俺の話を聞け!!しかも兄妹でいちゃつくな!!早くこの氷を何とかしろ!!」

 瑛太は根限り叫ぶが氷女はルキウスと話していて全く取り合ってくれない。もうとっくに手足の感覚は消え去っている。マジで早くなんとかしなければ。頭を回せ。学年一位の脳みそをフル活用するんだ。



「……あら、叫んでる割には結構余裕ありそうねあなた。お姉さんがそこから脱出するヒント、教えてあげよっか」

「ん、なにもんだお前」

 思考錯誤している瑛太の前にベディヴィアとはまた違う落ち着いた雰囲気を放った黒髪の女が近づいてきた。


 ……こいつ、さっき大男と仲良く談笑してた女か。


「あれ、まずは自分から名乗るのが礼儀とかなんとか……なんじゃなかったっけ~?あぁ、エータだっけ!ごめんごめん!」


 そう言ってその女はへらへら笑いながら氷漬けのエータを目の前で見上げている。

 瑛太の怒りの炎は一瞬で燃え上がったが、それでももちろん氷は溶けなかった。



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