第5話 我が名はエレン
「だーかーら、俺にもよく分かんないって言ってるだろ!」
春馬は目の前のアツアツの炒飯を食べる手を止め、カウンターの横の席に座っている黒いローブに黒仮面をつけた赤髪の女に向かって声を荒げた。
「本当か?貴様、何も隠してないな?」
「しつこいなーお前、ほんとに何にも知らないって」
二人の間に不穏な空気が流れて来たところでマスターが止めに入る。
「まぁまぁまぁ二人とも落ち着いて。エレニア様は何も食べないのですか?」
「いらないと言っている!それに私はエレンだ!」
今度は仮面女が酒場のマスターに対して声を荒げた。
「いやなんでお前切れてんだよ、今おっちゃんが飯いるか聞いただけだろ!」
「なんだと?貴様には関係ない!」
「関係なくねえ!横で飯食ってんだろーが!」
「貴様はバカか!そうか、バカか!」
こんにゃろぉ……。
春馬の怒りは絶好調に達し、席を立ちあがり仮面女の胸倉をグイっとつかむ。
「ほう?なんだ貴様、私に喧嘩を売っているのか?」
「先に喧嘩売ってきたのはお前だろ、真っ黒仮面女!」
仮面女も春馬を見上げて睨み返し、一色触発のピリピリした空気に店内が静まり返る。
「やれやれ。二人とも、落ち着いてください。ここ、出禁にしますよ?」
マスターの突然の出禁というワードに黒女が戸惑いを見せ始める。
「……す、すまなかった。そういえばマスター、なぜさっきの奴に酒は売り切れだと嘘をついたんだ?」
たしかに。
店の外での騒動から三十分ほどたった今でも、まわりにはまだたくさん酒を飲んでいる人が大勢いる。
「あのお客すぐ人間に対して暴力振るうんですよ。クレームがたくさんありましてね」
「なるほど、覚悟ある良い行いであったと思うぞ」
ん?人間に暴力?あの炎男は人間じゃなかったのか?
「とんでもございません。あ、そういえば君、名前は?」
突然マスターに名前を聞かれ、まだ告げていなかったことを思い出す。
「あ、春馬です。菅田春馬」
そう答えると、仮面女が横の席でぼそりとつぶやいた。
「変な名前だな」
「……マスター、こいつぶん殴っていい?」
「まぁまぁ、この人は昔からこういう性格ですから」
笑いながら流していくマスター。
「じゃあこの世界で違和感がないように、ハルくんって呼ばせてもらうよ」
「は、はぁ……」
「唐突だけど、エレニア様は君のことを待ち続けていたんだ」
「はぁ……、え?」
「この一か月くらいだけどね」
「エレンだ。まさかこんなバカがやって来るとは思ってなかったけどな」
「な、ん、だ、と……?」
再び睨み合いの時間が流れる。
「はっはっ、君たちお似合いだよ!よくこんな数十分で仲良くなれるね」
「「……仲よくねぇ!!」」
「すまないすまない。おふざけはもういいとして、ハル君をこの後どうするんですか?」
春馬は炒飯を頬張りながら聞き耳を立てる。
「あぁ、とりあえずランスローズのところに連れていく」
「え、それいきなり連れて行っても大丈夫なんですか?」
え、なにヤバいやつなの?
「奴もこいつを待ち望んでる。心配いらない」
「そうでしたか。では出発は翌朝で?」
「いや、もう行く」
「……もう行くの?!」
春馬は驚きのあまり食事の手が止まる。
「なんだ文句か?いやなら来なくてもいいが、貴様、私のそばにいないと死ぬぞ?」
「……はい?」
呆気にとられ言葉が出てこない。
「貴様のようなバカに長話をしても意味がなさそうなので説明はしない。黙って私についてこい」
春馬はわけが分からずマスターに視線で助けを求める。
「ハル君。このお方は実は素晴らしい魔術師で悪い方ではありません。それに、ここに残っても暇なだけですよ」
マスターはそう言って春馬に微笑みかけた。
「んん、でもなぁ……、まぁいいか」
悩みながらも春馬は承諾した。
「よし!では出発だ!皆の者、裏口の牛車に集合しろ!」
仮面女がそう叫んだ刹那、
「「「オオオオオオォォォォォォ!!!!」」」
突然、酒場にいた客たちが杯を持ち上げ声を上げた。
「……え、誰!?みんな知り合い!?」
マスターにまた助けを求めるが、彼もまた微笑んでいる。
この酒場の中で春馬だけが呆気にとられる。
「はっはっは!貴様は本当にバカだな!」
声のするほうを向くと、仮面女がいつの間にか裏口の扉の前に立っていた。
「ど、どういうことだよ……!」
春馬は仮面女に尋ねると、彼女はいきなり自らの手で仮面を取り去った。
きれいな淡い赤色の髪。仮面の下からは、鼻立ちもよく黄色の瞳の上には長い睫毛がかぶさり、この世のものとは思えないような美しい顔。
お、おぉぉぉ……。すげぇキレイ……。
春馬が黒女の素顔に見惚れていると、すかさず現実に引き戻された。
「バカな顔してないでよく覚えておけ、ハル!――我が名はエレン!【
エレンはそう言うと裏口から外へ出て行った。
まさに圧巻。圧倒的美貌に劣ることのない風格。
春馬はこの瞬間、エレンの全てに圧倒された。
なんかよく分かんないが、今ここで俺はこの人についていくべきかもしれない。
無意識のうちに春馬はエレンのほうに向かって歩いていた。
「マスター、ごちそうさまでした!ちょっと俺行ってきます!」
「おう、頑張ってこい!」
春馬はマスターに別れを告げ、エレン率いる朱雀隊の後を追って勢いよく酒場を飛び出した。
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