第4話 憤怒の黒炎
じ、時間が、止まった……のか……?
春馬は周りを見渡すが人影らしきものはいない。
もしこの目の前の状況が自分の仕業だとしたら、何とかしなければ。
この状態でまた再びあの二人が動き始めたら何の解決にもなっていない。
ちょっと運ぶか?
春馬は炎の拳を持つ男の体を後ろから抱きかかえ、道に転がす。
「……あっつ!」
男の右手は炎をまとったまま固まっている。もちろん炎もそのまま止まっているのだが、触れると熱さは感じるようだ。
てかなんなんだこの炎は……。
春馬は目の前に広がる不思議な光景に戸惑いながらも、マスターの体を持ち上げ酒場の扉の前まで運ぶ。
あ、でもこれ、運んだだけだと全く意味ないんじゃ……。
春馬は自分の頭の悪さに少し悲しんだ。
「でも、こいつらまた動き出したらどうすればいいんだ……?」
必死に考えを巡らしていると、
ゴーーン。
再び低い鐘の音が鳴り響いた。
「やばっ」
春馬は祈る思いで炎の男のほうへ目をやる。
「……ん?」
炎の男は何が起きたのかわからない様子であたりを見渡し、酒場の前に寝転がるマスターとその脇でたたずむ春馬を見つける。
「……なんであっちにマスターが……?ってかおい、そこのガキ!誰だてめぇ!」
やっべぇぇ。まぁそりゃそうなりますよねぇ……
春馬のもとへ男が怒りをあらわにしながら近づいてくる。
そのうえ右手の炎もさっきよりかなり大きく膨れ上がっている。
「ちょ、ちょっと待って!タイム!もっかい止まって!」
春馬は必死に叫ぶが、男はどんどん近づいてくる。
もう鐘の音も聞こえない。
あー、まずったなぁ。
春馬があきらめて空を見上げたその時――、
「…………
どこからか女の人の声が聞こえ、春馬の目の前の男が
「ぐ、ぐわぁぁぁっ!熱い!熱いっ!」
よく見ると男の背中が彼の炎とは別の黒い炎で燃えている。
「な、なんだなんだ……?」
春馬が目の前の状況についていけず戸惑っていると、後ろで横たわっていた酒場のマスターがつぶやいた。
「あぁ、エレニア様……」
エレニア?
聞いたことのない名前に春馬はまたも戸惑う。
「や、やめてくれぇ!熱い!死んでしまう!」
先ほどまで威勢の良かった赤き炎の男はその面影を感じさせないほど叫びわめいている。
え、でもこの人このままだとマジで死ぬぞ?
春馬がそう不安に思ったその時、酒場の向かいの建物の屋根の上から、黒いローブをまとった長い赤髪の女が飛び降りてきた。顔には黒い仮面をつけていて素顔が見えない。
えぇぇ、強そうな救世主きたぁぁ。
その女は男に後ろから近寄り、背中で燃え盛る黒炎に手をかざす。
「……問おう。この町に近づかない。人間に危害を加えない。今ここで起きた出来事を誰にも漏らさない。以上三点。――誓えるか?」
黒ずくめの女に尋ねられた男はすぐに返答した。
「はいっ!もちろん、もちろんっ!だから早くこの炎をっ……!」
「……よかろう。ここに契約は完了した」
女の言葉に呼応するかのように、黒い炎はみるみる消えていった。
「ハァ、ハァ……、ありがとうございますエレニア様……」
「……私はエレンだ。もう貴様に用はない。失せろ」
「は、はぃぃ……」
男は背中を両手でかきむしりながら、おぼつかない足取りで夜の街路を走り去っていった。
「ふぅ。久しいな、マスター。こうなることが分かっていて、なぜ嘘をついたのだ?」
女は仮面越しにマスターに尋ねる。
え?嘘?何が?
春馬は二人の会話についていけず、顔にひどい火傷を負ったマスターのほうを見る。
「……エレニア様、この少年が例の?」
マスターは女の質問に答えず、春馬を指さす。
「あぁ、おそらくな。……あと私はエレンだ」
「なるほど。では続きは店の中で話しましょう。そこの少年も付いておいで、お腹も減っているだろう」
マスターはそう言ってむくりと起き上がり、春馬の手を引いて店の中へ向かった。
「だ、大丈夫なんですか……?」
「あ、顔?こんなもん余裕余裕」
春馬は気になって聞いてみたが、笑って即答するマスターを見て少しほっとした。
「あの男が、伝導者……」
黒ずくめの女はぼそりとつぶやいてから二人の後を追って店に入った。
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