第2話 じゃあそろそろ時間だ



「……えっと、どちら様で?」

春馬が尋ねると、銀髪の少年は笑顔になった。


「菅田春馬くん!会いたかったよ~!いきなり現れた僕を見ても全く物怖じしない!しかも僕の庭園に感動してくれた!うん、やっぱり僕は君が好きだ!」


――え、なんだこいつ……。


少年はまだ笑顔で足をぶらぶらさせながら春馬を見つめて座っている。


「は、春馬?」

「……春馬、知り合いなのか?」

鈴菜と瑛太は今にもかすれそうな声で恐る恐る尋ねる。



「え、いや、知らな――」


「春馬くん。きみは石川瑛太くんに対して少しばかり劣等感を抱いている。違うかい?」

少年は春馬の言葉を遮り、じっと春馬を見つめる。

「頭もいい。スポーツもできる。顔もかっこいい。でも、幼馴染。別に嫌いではないけど、どこか自分の中に瑛太くんと話していて引っかかるものがある。違うかい?」



――な、なにを言ってんだこいつは……。


春馬はすぐ言い返そうとしたが、言葉が思いつかない。


「ごめんごめん。別に春馬くんを責めているわけではないんだよ。誰にだってそういった感情はあるし。今のは、なんだろう。ちょっとした伏線かな、えへへ」

少年はまた笑顔になる。


「まぁあいさつはこのぐらいにして、と。」


少年は机から下りて、教室の真ん中まで歩きながら語り始めた。

「まず、君たち三人にはやってほしいことがあるんだ。ある国を救ってほしい」



「――ある国?」

瑛太が尋ねる。


「そう。その国は今、大きな歴史の転換点にあってね。まぁちょっとだけかっこつけて言うと、この国を君たちの思う理想郷に導いてほしい、ってわけだね」

少年は笑顔で三人を順番に見渡す。



「つまりあれだろ、悪いやつらをぶっ倒す正義の味方になってくれってことだろ?いいじゃん、面白そうじゃん」

春馬は少し楽しそうに少年の話を聞く。


「あ、あの……、わたしはそういうのは向いてないっていうか、ちょっと怖いっていうか……」

鈴菜が不安げに本音を少年に告げる。



「んー、もう少し説明を加えると、あ、よく聞いてね特に鈴菜ちゃん。もちろん戦う場面はあると思うけど、僕は別に誰かを戦って倒してくれって言ったわけじゃない。正直そんな量産型の異世界転生物語にはもう飽き飽きしているんだよ。そうじゃなくて、君たちには君たちなりの知恵と力で、あの国を君たち自身の考える理想的な形に変えてほしいんだ」



鈴菜と春馬はあまり納得のいかない表情で少年を見つめる。




「ちょっといいか、二つ聞きたいことがある」

ずっと黙っていた瑛太が切り出した。


「いいよ。そろそろ時間だから手短にね」

少年も笑顔で対応する。



「じゃあ一つ目。――俺たちはいつ元の世界に帰れる?」



少年は少し困った顔で答える。

「んーと、悪いんだけどそれは秘密。君たちの頑張り次第、とでも言っておくよ」


――え、まじ……。

春馬は今の少年の答えに驚いたが二人の会話には入らない。


「なるほど。次二つ目。さっきのお前の言い方だと三人で理想郷を目指せって聞こえたが、もし仮に、この三人の考える理想の形が全く違うものだった場合、どうなる?」


瑛太は少年を見ながら尋ねる。



「……え?そんなことある?あ、瑛太お前、悪いやつの仲間になってみたい系男子なの?」

360人中347位の春馬が疑問をぶつける。


「バカにつける薬は多分向こうの世界にもないぞ、春馬」


「ぐっ……」


「いいか、歴史の教科書とかにはよく悪い統治者を善民が倒したとか書いてあるが、実際にその時代に生きていると、良い悪いなんていうのは立場によって簡単にひっくり返る」


「お、おう……?」


「つまり俺が言いたいのは、もし俺たち三人がその世界のばらばらの場所へ送り込まれた場合、それぞれが救いたい立場の人間が正反対になる可能性もある、ってことだ」


「あ、たしかに……」

「ほんとだ……」

春馬も鈴菜もやっと納得する。



「いやぁー、見事にフラグ立ててくれちゃうねぇ。やっぱり勘のいい子は嫌いだなぁ、うん」

少年は腕組みしながら答え始める。


――いやお前も子供だろ……

春馬は突っ込みを入れる空気じゃないことを察知して心にとどめた。



「まぁその時はその時だよね。争ってもいいし和解してもいいし。でも君たち三人は幼馴染でとっても仲もいいんだし、きっと大丈夫さ、うん」



「……さっきから全然答えになってねぇぞ」

瑛太が若干苛立ち始める。



「まぁまぁ。じゃあそろそろ時間だ。一人一回だけなら優しい優しい僕がお助けしてあげるから、本当に困った時には頼りにしてね」


そう言って少年は右腕を体の前に伸ばし、親指と中指を合わせる。



「え、あ、ちょっと待って、俺の質問にも答えて!名前!きみ名前は!?」

春馬が叫んだその瞬間、



――――パチン。




少年が指を鳴らし、三人の目の前が一瞬で真っ白になる。

「ま、まぶしい……!」

鈴菜の声が教室に響く。



――僕の名前かい?うーん、そうだねぇ。今はマリにしておこうか。


声ではない少年の何かが意識の中に直接流れてくる。



――君たち三人ならきっと大丈夫。楽園の端から君たちに聞かせよう。君たちの物語は祝福に満ちている。





春馬、瑛太、鈴菜の三人は遠のいていく意識の中で、マリと名乗った少年の囁きを受け取った。


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