第二話 ゑれき娘
「ねーーセンセ、まだあ?」
源内はひと息つくと、絵筆を右耳に刺してマリアの前にしゃがみ、
「お
源内の前に、傷ひとつない美しい肌の、
「はあーあ、もう
マリアは、あいかわらず
「う・ご・く・な!」
「ぶぅーーー」
マリアは
源内の筆がさらさらと動くと、足の指に
「え…えへへ…うひゃうひゃ、イヒヒ」
それに反応して足の指がピクピクと動いてしまうが、マリアもさすがに見世物の
突然、マリアの目がぱちりと見開いた。
「カズマ」
部屋の外から、大きな足音が近づいてきてゴザを勢い良く跳ね上げ若い男が部屋へ入ってきた。
「先生!準備はいかがですか!?
と、
「あ、あわわ!!マリアちゃん、ゴメン!ゴメンよ…いや!!!見てない、見てないよ!」
当時の女性は現代のような下着をつけることはなく、着物を
* * *
マリアにカズマと呼ばれた若い男は、
その名は
武士を捨て、医者になるために源内の長屋に
「見たって、何をー?」
マリアは、なぜその男が背を向けたのかわからない様子できょとんとしていた。
一馬は赤くなったことが
「先生、客が
「そうか、あとは
「え…」
「ほれ、このあいだのようにそこの
源内はそう言って
「いえ・・・あの、その・・・」
「ほら、早く着替えろ」
「いやですよ先生!あの時は
「客が帰っちまう。お主の
「絶・対にイヤですっ!」
「そんなに?」
「一回きりって先生が言うから
「減るもんじゃねえのに」
「先・生!!」
「ふーーー・・・しょうがねえな、俺の
「(ほっ)わかりました!」
一馬は勢いよく
* * *
源内が、皿の上のいぶりがっこ(秋田名物、スモークしたタクアン)を口の中へ放り投げ、
一馬がゴザを上げると、今度は
マリアはくるりと一馬を振り向いた。
「ううわあぁぁぁ!」
一馬は思わず両手で顔を
「まままままま…マリアちゃん!見てない、見てないよ!」
「ヘンなの。カズマ、そればっかね」
福助はそんな一馬を
福助は、源内が秋田藩に
使用人のこと》
「おう、福助。このいぶりがっこ、
福助は
「
源内はいぶりがっこをボリボリといい音を立てて食べきり、
「うんわかった。
源内は
「へい、承知しましたす」
「おい一馬、太鼓を頼む」
源内は
「センセ、
裸のマリアが廊下まで出てきて手を振って見送った。
一馬は、マリアを
入るなり
裸のマリアの方を見ないようにして、部屋の
* * *
幕の内側、舞台の
「おせえぞ!」
「いったいいつまで待たせる気だ!」
「金返せー!!」
舞台の中央に立った源内が、そんな声は聞こえないといった
「とざいとーざい!えー、いよいよゑ《え》れき娘の登場でござる!
さて、さて、お集まりの皆の衆、これから現れるからくり人形、名をおま…じゃなかった、マリアと申す。
この平賀源内が
(紅毛人とはオランダ人、
「そんなこたあもう知ってんだよ!!」
「
「俺たちゃ、あんたの
「さっさとマリアちゃんを出せ!」
「そうだそうだ!」
待たされ
「うわ!あぶねえ!!」
「いっててて・・・まったく乱暴な奴らだ」
「センセ、大丈夫?」
ほんの一瞬。
マリアが手を
「…」
源内は自分の額をさすった。
マリアは舞台の真ん中にちょこんと座り、
「よし、始めるぞ」
* * *
お
髪を
(
それはまるで、
しかし、その髪はキラキラと輝く『金髪』で、ゆっくりと上げた色白の顔の両眼は
客席から、ほおーっという
「マリアちゃーーーーん!!!」
客たちは
からくり人形は立ち上がり、お
舞台を照らすろうそくが一気に消されると、からくり人形はまるで
「おおおおおおおーーーーっ!!!!!」
客席のボルテージがさらに上昇。
その様子を舞台上から見おろしながら、からくり人形がひらりひらりと舞う。
客席はその動きに合わせてため息ともどよめきともつかぬ声が上がった。
客が持つ
左官職人は周囲の客の顔をのぞいたり、人形の踊りを見たりしてどうやってノリについていこうかタイミングをはかっている様子。
エレキテルを回す源内は、客席の反応を見てほっと胸をなでおろしていた。
* * *
お
これで
あんなにエキサイトしていた客たちが、お互いの動きをチェックしながら、
左官職人は「よくわからないが
エレキテルを福助に
すぐさま客たちが源内に注目。一馬も源内の後をついて客席に降りた。
「さあさあ、これなるは新作のマリア
三枚ひと組で売られたその
もともとは、
春信は自宅の裏に住んでいた友人の源内を頼り、力を貸してもらってこの技法を完成させたのだった。
(旗本とは
錦絵の登場で、モノクロだった絵がカラーになり、浮世絵の表現力が格段にアップした。
客たちはこぞって『セット販売の』マリアの錦絵を買い求め、お互いが持っているマリア錦絵コレクションの見せっこが始まっていた。
売り切れた錦絵に満足の笑いをうかべながら
「これって
「馬鹿野郎!人聞きの悪い事を言うな!色違いも奴らにとっては価値あるものなのだ!見ろ、あの満足そうな顔を」
源内は一馬に振り向いて笑った。
買ったばかりのマリア錦絵を近づけたり遠ざけたりしながら
「そろそろ、みなお待ちかね最後の出し物だ! 錦絵を買った順に、さあ、並んだ、並んだ!」
客たちはその声に即座に反応し、錦絵を
常連たちは次に何が起こるのか熟知の様子で、その動きには水が流れるように
改めて幕が上がると、暗い舞台奥の真ん中にマリアが立っていた。
日光を天井から取り入れる細工の『
「マリアちゃーーーん!」
マリアは茶運び人形のように(わざと)ぎこちない動き方で舞台の
一馬は、客がマリアに変なことをしないように、見張り役として列の直ぐ側で
「さあ、一番のお方からどうぞ。
次々と握手をしていく常連の客たち。
「マリアちゃ~ん!」
「しびれるぜ!いやーなんかほんとにピリピリする気がする!なんてな!」
「かわいいなあ 人形とは思えない」
「こんな柔らかい手をしたからくり人形、見たことねえ…」
「いやあ、
などと口々に好き勝手なことを言いながらマリアの手を
もちろんマリアは、からくり人形を<演じて>いるので無表情。口も開かない。
決まりよりも長く手を
マリアは
客たちと手を繋いては下ろし、お
そしていよいよ、最後の客がマリアの前に手を出した。
その男は左官職人だった。
マリアの手が差し出されるともじもじとしていたが、この男もすっかり<ゑれき娘>の
「か、かわいい・・・・ね。マリア、ちゃん?」
左官職人は、源内が三つ数えてもまだ手を離さず、右手どころか左手も添えてしっかとマリアの手を握りしめ、さすり、離そうとしない。
一馬がマリアの間に割って入り、引き離そうとするが、左官職人は鼻息を
源内と福助が
さすがの左官職人も、ドシン!という音とともに倒れ、源内、一馬、福助は男の下敷きになってしまった。
「いてえ!」
「く、苦しい!早くどけー!」
「あいたたた…」
なかなかどこうとしない左官職人に源内が
「おい!いい加減に…」
と言いかけた源内が、周辺の客が
左官職人の手には
<マリアの右腕>が
引きつった笑いでこの場を
マリアは
「マリアちゃんの右腕が!!!」
「この野郎!」
「俺達のマリアちゃんに何すんだ
常連の客たちが怒り始め、左官職人に
左官職人がボコボコにされている
「こいつはまずい・・・」
源内の目に、
マリアの腕の中で静電気の小さな火花。
マリアは、脳天気な顔を源内に向けた。
「ウデ、取れちゃったね(*゜∀゜)」
一馬と福助が駆け寄って来ようとしたのを見て源内が
「こっちへ来るな!」
その瞬間、マリアの腕からバチっという大きな音とともに静電気の火花が雷となって飛び出し、小屋の中を走り抜け、左官職人の持っている右腕へ。
ズドドドン!
左官職人、そして取り囲んでいた常連客一同、
ザ・感電 → 煙立ちのぼり失神。
<ゑれきてる>にも雷が飛び、煙が吹き出し炎が上がった。
源内は、
<つづく>
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