第12話 土方歳三と沖田総司

 4人が話し合いを続けている頃、咲は新選組の屯所で、土方歳三による尋問を受けていた。

 連れてこられるとき目隠しをされていたから定かではないが、ここはおそらく蔵の中だろう。壁はしっくい、床は板敷きで、一本の柱がむき出しになっている。


 咲は後ろ手に拘束され、その柱に縛りつけられていた。捕縛されるときに乱暴な扱いを受けたために、髪は乱れ、白い肌のあちこちに擦り傷ができている。


「おい、女。あの家で何をしていた?」

 と土方が聞く。


「何もしていない」


「坂本龍馬と会ったことがあるだろ?」

「…………」


「お前の仲間は何の目的で薩摩藩邸に出入りしている?」

「…………」


 土方だけでなく、数人の隊士が咲を取り囲んでいる。


 咲は頭がぼんやりしてきた。


 自分たちは本当に何もしていない。しかし、聞かれている内容は事実だ。坂本龍馬と会ったことも、仲間が薩摩藩邸に行ったことも。一方で、それをしゃべれば、仲間を危険に晒すことも分かっている。未来から来たこともしゃべれない。


(どうすればいいんだろう)


 ***


 尋問の様子を壁にもたれながら見ていた男が口を開いた。


「土方さんは女に甘いなあ。ふるたかしゅんろうのときのように拷問すればいいじゃないですか。すぐ口を割りますよ」


そう、お前は黙っていろ。寝ているように言ったはずだ」


 その男は沖田総司だった。


 新選組一番隊隊長にして、斎藤一と並ぶ、隊内最強の剣客だ。しかし、沖田は慶応三年6月頃からろうがい(結核)の症状が悪化し、前線では働けなくなっている。同年12月には、近藤勇のめかけ宅で療養を始めているから、今は新選組の仲間と過ごしている最後の時期だ。そして、史実の通りであれば、約半年後に病死する。


「ちゃんと寝てましたよ。でも、寝過ぎっていうのも体に良くないんです」

「生意気なことを言うな」


 ちなみに、沖田のいう古高俊太郎とは、京の河原かわらまちで古物商を営みつつ、長州藩の尊皇攘夷派と結託、情報収集と武器調達を行っていた男だ。げん元年6月5日、新選組に捕縛され、そのとき自白した情報が池田屋事件につながっていく。


 土方は、この古高を尋問する際、天井から逆さ吊りにし、両足のかかとに五寸釘を打ち込み、そこにひゃくろうそくを立てて火をともすという拷問を行った。


「土方さんが拷問できないなら、俺がやりましょうか?」

 と沖田は歯を見せて笑う。


 ***


 沖田の言っている内容は恐ろしいが、咲は不思議と怖いとは思わなかった。


 むしろ、少し癒やされた。はっ、ボクはMだったのか……なんてことも一瞬考えたが、そうではない。どこか少年のようなところがあるこの総司という男が、本気ではなく、年長者の土方をからかっているだけだと分かるからだろう。


 そう思うのと同時に、この土方歳三という男についても、


(よく似た男を知っている)


 と咲は思った。


 キレ者で、表向きはどS。それでいて、女や弱者には甘く、後輩にからかわれやすい。……そうだ、この男は涼介に似ている。


 ふと、涼介の言葉を思い出した。


「いいか。俺たちはしゅう、つまり、さしのくにの出身だ。剣術修行の旅の途中、追いはぎにって一文無しになり、この空き家を仮の住まいとしている。この時代の人間から自分たちの素性を尋ねられたら、そう答えろ」


 咲は再び土方から、

「あの家で何をしていた?」

 と問われたとき、それを答えとした。


 すると、土方の態度が少し変わった。


「武州って言やぁ、俺たちの故郷じゃねぇか」


 沖田がそこに乗ってくる。

「たぶん本当ですよ。この女、薩摩や長州や土佐の人間にあるなまりがない」


「剣術修行の旅の途中と言ったな。お前も剣術ができるのか?」

「できる」

「やって見せてもらおうか」


 それから土方は、咲を囲んでいた隊士の一人に目をやって、

「大石、立ち合ってみろ」

 と言った。


「えっ。俺がこの女とですか?」

「二度言わせるな」

「承知」


「それから総司。部屋に戻るついでに、永倉か斎藤に剣道場に来いと伝えてくれ」


「永倉さんは原田さんと出かけちゃったから、斎藤さんに声かけときますよ」

「それでいい」


「他の連中は、この女の縄を一旦ほどいてやれ。剣道場に連れていく」


 咲は新選組と剣道の試合をすることになった。

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