第11話 豪太が主将である理由

「ういーっす。今帰ったぞ」


 伏見の薩摩藩邸から隠れ家である空き家に戻り、豪太がそう言って引き戸を開けたとき、3人は「あれ?」と思った。


 部屋の中に布団が無造作に置かれている。


 そして、咲と美羽がいない。


 どこにいるのかと探してみると、納戸の隅に美羽がいた。

 膝を抱えてシクシクと泣いている。


「おい、美羽。どうした!」

 と涼介が聞く。


「咲が……咲が……」

「咲がどうした?」


「新選組に……連れていかれた……」


「何だと……!?」


 美羽は咲が男たちに縄をかけられ、連行されていくところを目撃していた。ドラマなどでよく見るあさ色の隊服は着ていない、黒づくめの集団だったが、野次馬たちの話で、それが新選組であることを知った。


(助けなきゃ……)


 と思った。

 しかし、足がすくんで、体が動かなかった。


「あたしのせいで……あたしのせいで……咲が……」


 美羽は、わあっと泣き崩れた。


 ***


「田中、どういうことだ? なぜ新選組が俺たちを……」


「分かりません。……でも、僕たちの手に負える問題でないことは明らかです。早速ですが、西郷さんを頼りましょう」


「いや、それはちょっと待て」

「どうしてですか?」


「おかしいと思わねぇか? 新選組は俺たちの留守を狙ったように咲を連れて行った。そのことを知っていたのは誰だ? そいつが情報を流したんだとしたら……」


「まさか、やっぱり薩摩藩が僕たちを……」


「そいつは分からねぇ。だが、ともかく、西郷さんに頼るのはもう少し考えてからにしよう。もし薩摩藩邸に監禁でもされちまったら、咲を助けに行けなくなる」


 涼介と秀一の会話を聞いていた豪太がゆうちょうなことを言った。


「別に西郷さんの力なんか借りなくてもよ、俺たちが行って、新選組ぶっ潰しちまえばいいじゃねーか」


「何バカなこと言ってるんですか。隣の中学潰しに行くみたいな感覚でしゃべらないでください。新選組、何人いると思ってるんですか」


「何人だ?」


「170人以上です。しかも、この時期の新選組というのは、単なるけんかく集団ではありません。銃を装備し、洋式調練を行っている軍隊なんです。天童先輩が木刀かついで行って、何とかできるわけないじゃないですか」


 3人がそう話している間も、美羽は肩を震わせ、泣きじゃくっている。


「美羽、お前のせいじゃねぇ。お前ら2人だけを残していった俺がバカだった」

「せめて、僕たちが食事なんかご馳走にならずに、もっと早く帰っていたら……」


 自分を責める涼介と秀一に豪太が言った。


「誰のせいでもいいじゃねーか。そんなこと考えて何になるんだ?」


 まるで責任を感じていないかのような言い方に、涼介が切れた。


「元はと言えば、全部……全部てめぇが悪いんだぞ!」

 と言って、豪太の襟首を掴む。


「てめぇが坂本龍馬を助けなければ、きっと、こんなことには……」


 男3人がいがみ合っている間にも、美羽は号泣しつづけている。

 そのえつが3人の胸に刺さる。


 ***


 豪太は底抜けのバカだ。しかし、バカなりに考えて、新選組が強いということと「俺のせいで、みんなが悲しんでいるようだ」ということは理解した。


「涼介、秀一、美羽」


 豪太は、涼介の手をふりほどくと、3人に呼びかけた。四尺五寸の木刀を肩にかついで、引き戸に向かって歩いていく。


「短い間だったが、世話になったなぁ」


「世話になったなって……天童先輩、どこに行くつもりですか?」


「決まってんだろ。特攻だ」


「特攻?」


「そんな軍隊みたいな相手じゃよ、さすがの俺でも死ぬかも知れねぇ。だが、咲は必ず助け出してやる。体中を穴だらけにされても、俺はやるぜ」


「無理に決まってるじゃないですか!」


「いいか、秀一。男には無理だと分かっていても、やらなきゃならねぇ時があるんだ。できるかどうかじゃねぇ、やるんだ」


 そう言うと、豪太は引き戸を開け、あばよ、という捨て台詞を残し、夕闇迫る京の町へと駆け出して行った。


「天童さん、ちょっと待ってくれ!」


 と涼介が追おうとしたのを秀一が引き留めた。


「伊吹先輩、放っておきましょう。どうせすぐ戻ってきます」

「なぜそう言える?」


 秀一の言葉通り、豪太は5分も経たないうちに帰ってきた。


「おい、秀一。新選組ってのはどこにいるんだ!?」


「ほらね」

「このバカ、どこに特攻するつもりだったんだ……」


 涼介と秀一は呆れたが、このときの豪太の決意と行動には心を動かされた。


 豪太のような無謀な行動ではなく、もっと現実的な、しかし、自分たちにはできないと決めてかかっていることを「できるかどうかじゃねぇ、やるんだ」。

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