第10話 咲、新選組に捕縛される

 話は新選組に飛ぶ。


 新選組のとんしょと言えば、の八木邸と西本願寺が有名だが、この時期はどちらにもいない。

 殺生がきんとされる西本願寺の敷地内で、新選組は武芸や砲術の稽古に励み、家畜を飼い、それをさつした。また、捕縛したてい浪士の尋問や拷問を行い、きょくちゅうはっに違反した隊士を切腹させ、首をはねた。その行いに耐えられなくなった西本願寺が、京都守護職・松平容保に新選組の転出を願い出て、七条堀川のどうどう村というところに新屯所を建設することと引き替えに、それを了承されている。


 そんなわけで、新選組は今、不動堂村にいる。


 ***


 不動堂村の屯所の塀越しにぶみが撃ち込まれたのは、慶応三年11月16日の午後だ。それを拾って、文を開いてみた隊士は、情報の重大さにせんりつした。


「京の町はずれの空き家に不穏な動きを見せる一団あり。彼らは土佐の坂本龍馬と内通、薩摩ともつながっている」


 というのである。


 その情報はさらに「空き家には今、女しかいない。それを人質に取れば、一団をおびき寄せ、壊滅させることができるだろう」ということを伝えていた。


 新選組・副長であるひじかたとしぞうは、

「罠かも知れねぇ」

 と思った。


 そう思うのに十分な理由がある。


 数日前の11月10日、御陵衛士に間者スパイとして送り込んでいたさいとうはじめが帰ってきた。伊東甲子太郎が近藤勇の暗殺を目論んでいるという。その情報を元に、新選組は今、伊東を殺し、御陵衛士を壊滅させる計画を立てている。


 策士である伊東が先手を打って、新選組の戦力削減をはかろうとしているのではないか、と考えたのだ。


 一方で、この文が伝えている情報にはしんぴょうせいがある。


 というのも、つい今しがた、むらやまけんきちという男から「坂本龍馬が怪しい連中とつるんでいる」という情報がもたらされたのだ。


 謙吉は、中岡慎太郎が率いるりくえんたいの隊士だが、じつは新選組の間者だ(史実では、龍馬暗殺の二日後にそのことを見抜かれ、陸援隊の手で殺されている)。


 長州藩の尊皇攘夷派が京の街に火を放ち、天子様を誘拐しようとしたのを未然に防いだ、池田屋事件のときと同じにおいがする……。


 もし、これがテロの準備だとすれば、伊東甲子太郎の件より優先させるべき仕事だ。御陵衛士の壊滅というのは、新選組の身内争いにすぎない。


「よし」

 と土方は決断した。


 しかし、女しかいないと伝えられている現場に隊士をゾロゾロと行かせれば、その情報が本当だった場合に新選組の恥となる。


 土方は、少数ながらも、隊内で最強の剣客を参加させることにした。


「行ってくれるか?」

「承知」


 ***


 豪太、涼介、秀一が薩摩藩邸を訪れている間、咲と美羽は留守を守っていた。


 美羽の発案で、スポーツバッグなどの見るからに現代的なアイテムと龍馬たちからもらった50両は、納戸の屋根裏に隠してある。


「うぅ、寒い。涼介クンとくっつきたいよぉ……」

 と美羽が二の腕のあたりをさすりながら言う。 


 2人ともまだ剣道着のままだ。

 あまりに寒そうにしている美羽を見かねて、咲が言った。


「猫を拾ってくるというのはどうだ? 猫は抱いているとあったかい」


「あんた、猫好きなの? そんなイメージ全然なかったんだけど……」

「ち、違う!」

「猫と会話して、語尾にニャアつけちゃったりしてるんじゃないの?」

「ご、誤解をするな。ボクは犬派だ!」


「それはそれでイメージないけど……」


 咲と美羽は同じ剣道部に所属しているだけでなく、高校1年のときに同じクラスで、出席番号も1番2番という関係だったから、何となくいつも一緒にいた。


 美羽は咲に対して、女として張り合おうとしているが、内心は尊敬もしている。高校女子では日本一の剣士である咲を桜坂高校剣道部の誇りだと思っている。


 咲も美羽のことが友達として好きだ。


「……でも、咲のおかげで良いこと思いついた。猫や犬を拾ってくるくらいなら、どこかで火鉢か布団を買ってくればいいんだよ。今はお金もあるんだし」


「それは良いかも知れないな。いずれにしても、必要になるものだから」


「秀ちゃんの話だと、小判1枚で4~5万円の価値があるらしいから、きっと1枚で買えるよね。咲、近くの家に行って、売ってもらえないか聞いて……」


 と言いかけて、美羽は考えを変えた。


「やっぱりあたしが行く。咲よりあたしの方が上手く交渉できると思うから。それに1人でいるときにこの家が強盗に襲われたら、あたしじゃ守れないし」


 それもそうだ、と咲は思った。

「じゃあ、ボクは留守を守るよ」


「美羽、気をつけて」

「咲もね」


 ***


 美羽が出ていってから20分ほどが経過した頃、ガタッという音がした。引き戸には今、つっかえ棒を渡してあり、開けられないようになっている。


「えろう、すんません。土佐の坂本さんの使いで来た者ですが……」


 男の声だ。


 咲は木刀を握って立ち上がった。豪太のものではなく、涼介が素振り用に使っている長さ三尺七寸(約114センチ)のものだ。


 それを中段に構えつつ、引き戸の向こうにいる男に言った。


「そんな話は聞いていない」


「…………」


 男は黙っている。


 咲は引き戸の向こうの気配を探ろうとした。

 相手は1人ではない。2人……いや、3人以上はいる。


(今、美羽が帰ってきたら、まずい)


 と思った瞬間だった。


 ガッ


 と咲は後ろから男の腕で抱きすくめられた。


 引き戸の向こうに注意を集中させ、美羽のことにも気を取られている間に、勝手口から侵入した何者かが、咲の背後に忍び寄っていたのだ。


 喉に突きつけられた小太刀がギラリと光る。

 その刃先がわずかに首に当たり、薄皮一枚を斬っている。


 咲は振り返らず、後ろにいる男に聞いた。


「君は……誰だ?」


 男は凄みのある声で答えた。


「新選組三番隊隊長、斎藤一。ようあらためである」

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