第5話 見廻組か、薩摩藩か

「はぁ、お腹空いたなぁ……」

 と美羽が膝を抱えた。


 豪太が龍馬を救出した翌朝、豪太以外の4人は、涼介を中心に集まった。全員、目の下にクマができている。寒さと空腹と不安でろくに眠れなかったのだ。豪太だけが、そんなもの少しも感じていないかのように、今も高いびきをかいている。


「天童先輩も起こしますか?」

 と秀一が涼介に聞いた。


「いいよ。面倒くさくなるだけだ。それより田中」

「真田です」

「俺のカバンを取ってくれ」


 自分で取ればいいじゃないですか、と愚痴りながらも、秀一が部屋の隅に置かれた涼介のカバンを取ってきて渡す。涼介はそれを受け取ると、中からカロリーメイトを1箱取り出し、ほらよ、と美羽に投げて渡した。


「えー、涼介クン。あたしにプレゼント?」


「お前にじゃねぇ、全員にだ。あと4本残ってるから、1人に1本ずつ配れ。何か腹に入れりゃあ、少しは元気が出るだろ。……お前らも、持ってる食い物があったら、後で渡してくれ。みんなで分け合うぞ。美羽、食糧の管理は任せる」


「涼介クンの嫁として頑張る♡」

「お前がいつ俺の嫁になったんだ。マネージャーとしてだ」


 ***


 簡単な朝食を済ませると、涼介が改めて切り出した。


「いいか、お前ら。俺たちがどうすれば元いた時代に帰れるのかってことは、今考えても分かるはずがねぇ。あのバカのせいで、歴史はもう変わっちまってるしな。それより、まずはこの時代でどう生きるかを考えよう。そこで、田中に聞きたい」


「真田です」


「昨日、天童さんが坂本龍馬を助けちまったことで、俺たちの身にどんなことが起こると考えられる?」


「それは、龍馬が生き残ったことで後世の歴史がどう変わるか、ということじゃなくて、この時代で僕たちが誰から狙われそうかって意味ですよね」


「そうだ」


「第一に、龍馬を殺害しようとしていた実行犯……つまり、昨日、天童先輩が剣を交えた連中です。諸説あるんですが、通説となっているのは京都見廻組。彼らからすれば、獲物を取り逃がした上、武士の命である刀を木刀で折られるなんて、面目丸つぶれですからね。今ごろ、先輩をまなこで探してるんじゃないでしょうか」


「ねぇねぇ、秀ちゃん」

 と美羽が聞いた。


「見廻組ってなーに? 新選組とは違うの?」


「幕末の京都でてい浪士を取り締まるためにつくられた、京都守護職・まつだいらかたもり公お預かりの治安維持部隊です。その点では新選組と同じですが、新選組と見廻組とでは『格』が違います。新選組は、こんどういさみひじかたとしぞうがそうだったように、元々は武士でなかった人や武士の中でも身分が低かった人たちの集まりでした。それに対して、見廻組は全員が幕臣、つまり、徳川家の正式な家来です。見廻組を正規の部隊だとするなら、新選組は臨時雇いの集団。そういう違いがあります」


「その新選組に俺たちが狙われるってことはねーのか?」

 と涼介が聞く。


「少なくとも、すぐそういうことにはならないんじゃないでしょうか」


「どうしてだ?」


「見廻組の敵は、新選組にとっても敵。その意味では、僕たちが狙われるのに十分な理由はありますけど……。龍馬暗殺は秘密裏に行われていました。そして、さっきも言ったように、見廻組というのは新選組より格上の存在です。その彼らが、暗殺に失敗した事実をわざわざ格下の存在に教えるでしょうか。それで新選組に手柄でも立てられたら、それこそ面目丸つぶれじゃないですか」


「なるほど。要するに、俺がこっそり喧嘩を吹っかけて負けたとして、その事実をわざわざ田中なんぞに教えねぇ、というのと同じだな?」


「そのたとえ、なんかムカつきますけど、そういうことです」


「ならば……」

 と咲が表情一つ変えずに言った。


「先手を打ってボクが豪太を殺すというのはどうだ?」


「あんたはただ天童先輩を抹殺したいだけでしょーが!」


 ***


「見廻組以外に俺たちが狙われそうな相手はいるか?」

 と涼介が改めて聞いた。


「思い当たる相手がいます。これは最悪の想像なんですが……」

 と秀一が深刻な顔で言った。


「薩摩藩です」


「どういうことだ? 薩摩って言やぁ、倒幕だろ。龍馬は仲間じゃねーのかよ。その龍馬を助けた天童さんが、なぜ狙われることになるんだ?」 


「同じ倒幕と言っても、龍馬と薩摩藩とでは考え方が違ったんです。近江屋事件の一カ月ほど前、幕府は政権を朝廷に返上しています。その徳川家を討伐するのは道理に反する、というのが、龍馬や土佐藩の考えでした。それに対して薩摩藩は、徳川家やそれに味方する諸藩を武力討伐して、薩摩藩が中心となる新しい国づくりを進めようとしていた。それで龍馬が邪魔になりはじめていたんです」


「龍馬暗殺の黒幕は薩摩藩……というわけか?」


「そこまで言えるかは分かりませんけど、裏で糸を引いていた可能性はあります。暗殺を黙認する意志を伝えるとか。天童先輩は自分の流派を示現流と称してしまっています。龍馬に示現流の使い手が護衛として付いていたというのは、薩摩藩にとって微妙な問題のはずですよ。そいつは誰だ、ということになると思います」


「あのバカのせいで、ただの時空を超えた迷子だったのが、見廻組と薩摩藩から目を付けられる存在になっちまったってわけか……」


「そういうことになりますね」


 ……と4人が話しているとき。


 ガラッ


 と引き戸が少し開けられ、誰かが中を覗き込んだ。


 見廻組か、薩摩藩か……!

 涼介と咲はとっさに竹刀を持って立ち上がった。


 しかし、4人の緊張とはうらはらに、中を覗き込んだ男は、

「すまんけんど……」

 とのんな声で言った。


「天童豪太という人は、ここにおりますろうか?」


「だ、誰ですか、あなたは?」

 と秀一が咲の後ろに隠れながら聞く。


 引き戸を開けた男は答えた。


「あしゃ、土佐の坂本龍馬という者です」

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