第4話 炸裂!豪太の示現流

「しっかし、おまんはおかしな男ぜよ」

 と豪太と一緒に飲んでいる男の一人が言った。


 武士のような身なりをしているが、刀を帯びていないし、まげも結っていない。クセのある長い髪をびんあぶらで無造作になでつけている。


 その男は「うめろう」と名乗った。


「まっこと。あしは、こん世でいちばんおかしな男は梅太郎だと思うちょったが、上には上がおるもんじゃ」

 ともう一人が言って、豪快に笑った。


 そちらの男は刀を帯びているが、髷は結っていない。梅太郎と同じく、長い髪をオールバックにするように鬢付け油でなでつけている。


 その男は「しんろう」と名乗った。


「いやぁ、梅さん、慎さん。そんなに誉めないでくれよ。俺の方こそ、あんたらのような愉快な男に会えて本当に嬉しい。今夜大いに飲もう!」


「おまんは人の銭で飲んどるくせに、よう言うわい」

 と梅太郎がからかって、3人はまた大笑いした。


 ……とそのとき。


 ドサッ


 と階下で大きな物音がしたかと思うと、ぎゃあ、と悲鳴のような声が聞こえた。


「喧嘩でもしちゅうがか。騒がしいのう」

 と梅太郎は顔をしかめ、声を張り上げて、

「ほたえな!」

 と言った。


 騒ぐな、という意味だ。


 それから間もなくして、襖の向こうに人の気配を感じた。梅太郎が、

「誰なが?」

 と尋ねると、襖の向こうの男は言った。


さいだに先生。お久しぶりでございます」


 言い方は丁寧だが、声は野太く、迫力がある。

 才谷先生というのは、梅太郎のことであるらしい。


 男は「がわごうなにがし」を名乗った。


 梅太郎は手に持っていた杯を置き、右手をふところにしのばせながら、

「入れ」

 と言った。


 慎太郎も杯を置き、左手を刀のつばにかけている。


 男は静かに襖を開けて部屋に入ると、手前に座る大男を見て一瞬驚いたものの、すぐに表情を引き締め直し、梅太郎に向かって深々と頭を下げた。


 静かな部屋の中で、鶏鍋がグツグツ煮えている。


 男は畳の上にスッと名刺を差し出した。それを拾おうと梅太郎が身を乗り出し、右手を懐から離した瞬間だった。何かがキラリと光る。男が小太刀を抜いたのだ。


 鋭い居合いのいっせん


 しかし、その刃は梅太郎には届かなかった。

 豪太が木刀で受け止めたのだ。


「おいおい、十津川郷士さんよ。こんな狭い部屋で危ない真似するんじゃねーよ。俺たちと飲みてーなら、そう言えばいいじゃねぇか」


 豪太は右腕一本で木刀をさかに持ち、男のやいばを受け止めている。男が両腕に力を込めても、それはビクともしない。


「それとも……」

 と豪太は酒をグイと飲み干し、杯を盆に戻すと、左手も木刀にかけてじゅんに握り直し、男を睨みつけながら言った。


「剣道の稽古をしたいってぇなら、俺が相手になるぜ」


「貴様ッ!」


 と叫ぶと、十津川郷士を名乗る男は小太刀を引き戻して、豪太を斬るべく上段に構え直そうとした。しかし、それよりも早く、電撃のような一閃が男の脳天を襲った。豪太が片膝をついたまま木刀を振り下ろしたのだ。


 キーンッ


 とっさに小太刀で受けようとした男の刀は真っ二つに折れ、その片割れが天井に突き刺さる。

 そのまま脳天をカチ割るもできた。

 しかし、豪太はしなかった。木刀が男の脳天に届く寸前で止めたのだ。


「俺は生まれも育ちも東京だが、剣は薩摩の示現流だ。おうわざは通用しねぇ。二の太刀もねぇ。初撃で相手をぶった斬る。お前さん、今死んでたぜ?」


 応じ技とは、相手の攻撃に応じて切り返す剣技のことだ。

 男の額に脂汗がにじむ。


「こなくそ!」


 と叫ぶと、男は折れた小太刀を捨てて、大太刀の柄に手をかけた。と同時に、襖がガラッと開いて、奥に潜んでいた男の仲間がドッと部屋になだれ込んできた。


 しかし、一同は凍りついたように動けなくなった。


 豪太の後ろで、梅太郎がピストルを構え、銃口を十津川郷氏を名乗る男の頭に向けている。スミス&ウェッソン、7連発式のリボルバーだ。


「動くな。動いたら、おんしらの大将の頭に穴が空くぜよ」


 慎太郎も立ち上がり、臨戦態勢に入っている。

 梅太郎は銃口を男に向けたまま、ゆっくりと立ち上がって言った。


「のう、天童さん。おまんの示現流とあしのピストル。どっちが早くこん男の頭を撃ち抜けるかのう?」


「そりゃぁ、梅さん。十中八九、俺の示現流でしょう」


 豪太は男を睨みつけたまま答えた。

 木刀を短めに持ち、正眼に構えている。


「貴様ッ。愚弄するか!」


 と男が大太刀を抜こうとした瞬間だった。


 ズドーンッ


 という炸裂音とともに梅太郎のピストルが火を噴いた。


 その弾丸は豪太のはかまをかすめ、十津川郷士を名乗る男の足下に着弾。殺傷を目的としないかく射撃だったが、男たちは驚いて体勢を崩した。


「危ねぇなっ、梅さん!」


 と豪太が振り返ったとき、2人はすでにいなかった。窓から脱出していたのだ。


「ちょ、ちょっと待って! 俺だけ置いていかないでくれ。ここの勘定はどうすんだよ。俺は金持ってねーんだぞ!」


 十津川郷士を名乗る男たちは、銃口から解放され、怒りに燃えた目で豪太を睨みつけ、一斉に斬りかかろうと刀を構えている。


「うーん、どうすっかなぁ。全員相手をしてやってもいいんだが、涼介から戦うなと言われてるしなぁ。……よし、逃げるか」


 と呟くと、豪太はサッと身をひるがえし、窓から飛び降りた。


 ***


「……つーわけでよ、その連中を巻くのに手間取っちまって、帰りが遅くなったってわけだ。いやぁ、スマンスマン。でも、ウマイ鶏鍋は食えたし、面白い思いもできたし、俺は満足だ。わっはっはっは」


 と豪太は一人で爆笑したが、残りの4人は一様に顔を引きつらせた。


「天童先輩……」

「おう。なんだ、秀一」


「その才谷梅太郎っていう人、坂本龍馬ですよ……」


「え、あの兄ちゃんが? そんな風には見えなかったがなぁ」


「一緒にいた人は中岡慎太郎です」


「じゃあ、あの二人を斬ろうとしてたやつは誰だ?」


「おそらく、京都見廻組のたださぶろう。坂本龍馬と中岡慎太郎の2人は、慶応三年11月15日、京の近江屋で十津川郷士を名乗る刺客に襲撃され、殺されるはずだったんです」


「へぇ。ということはあれか。俺は龍馬を助けた英雄ってことか。歴史の教科書に名前が載っちまうかも知れねーな。わっはっはっは」


 と豪太はまた爆笑したが、4人は誰も笑わない。


「英雄、じゃねーだろ……」

 涼介は額の血管をヒクつかせた。


「タイムスリップしてきた人間が歴史の教科書にるようなことして、どうするんですか……」

 と秀一はうなだれる。


「こいつ、やっぱり殺そう」

 と咲が竹刀を構える。


「わーん! あたしたち、もう現代に帰れないよー!」 

 と美羽が頭を抱える。


「バカ犬がいきなり歴史を変えやがったーーーーー!」


 こうして、豪太が坂本龍馬を救い、5人は京都見廻組を敵に回した。

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