第一部「未来から来たサムライ」編

第3話 時空を超えたバカ5人

 -慶応三年冬、京-


「おい、田中」

 と涼介が秀一に言った。


「田中じゃありません。真田です」


「今が幕末の慶応年間ってのは、本当に間違いないんだろうな」


「それは確かですよ。複数の町人から、今の将軍はとくがわよしのぶ公であるとの証言を得ていますからね。慶喜公の在位は、慶応二年12月から同三年12月までの約1年間。そのどこかの時期であると考えられます」


「幕末でも大詰めの時期に俺たちは来ちまったってわけか……」


「ええ。そういうことになりますね……」


 タイムスリップしたことを確信して以降、5人は京の町はずれにある空き家に身を潜めていた。この時期、京の治安は荒れ、家を捨ててへ移り住む人が後を絶たなかったのである。そのうちの一軒を5人は借り受けていた。


「そんなことより涼介クン」

 と美羽が涼介の腕に乳を押しつけながら言う。


「ここ寒ーい。くっついて、温め合お♡」


「離れろ、気持ち悪い。バスタオルでも体に巻いてろ」


 しかし、確かに寒い。冬の京は底冷えがする。タイムスリップする以前、現実世界での季節は夏だったから、5人は寒さをしのげる服を持っていない。さらに、この時代の人間に見られても怪しまれない格好を、という涼介の発案で、5人は剣道着に着替えている。美羽の剣道着は、咲が予備のを貸してやった。


「ったく、タイムスリップするにしても、季節くらい合わせろってんだ。何で真夏だったのが、タイムスリップしたら冬になってんだよ」


「ところで涼介」

 この寒さの中、居住まいを正して座っている咲が言った。


「豪太はまだ戻らないのか」


 豪太は、布団なども揃っている居心地の良い空き家を探すべく、一人で街に探索に出ていた。出かけたのは日暮れ前。それから5時間は経っている。


「あのバカ犬、道に迷ったんじゃなーい?」

 と美羽が枝毛を気にしながら言う。


「それはないでしょう。あの人、頭は悪いけど、鼻がきくっていうか、方向感覚は確かですからね」

「犬のそう本能というやつだな」


 と秀一と咲はうなずき合った。


「じゃあ、どこかでじょう浪士に殺されちゃったとか」


 ***


 実際、5人は自分たちがタイムスリップしたという確信をまだ持てずにいた頃、その格好を珍しがって近づいてきた町人から、こう忠告されている。


「あんたはんら、そない異人みたいなナリして、攘夷のお侍さんに斬られまっせ」


 それで自分たちが幕末にタイムスリップしたことを確信し、着替えたのだ。


 ***


「まあ、それはないだろう」

 と涼介が腕組みをしながら言う。


「あの人は殺されたって死にゃしねぇよ」


「その通りだ、涼介。あいつを殺せるのはボクだけだ」


「咲、お前は天童さんを殺そうとするのをやめろ。そして、俺を呼び捨てにするな」


「心配すべきは、むしろ逆です。天童先輩、木刀を持っていったじゃないですか。もし攘夷浪士に襲われたら、たぶん返り討ちにしちゃいますよ」

 と秀一が心配そうに言った。


 豪太は普段から木刀を持ち歩いている。あかがしの木を自ら削ってつくったもので、長さは四尺五寸(約135センチ)もある。豪太はこれで一日5千回素振りすることを日課としている。その一撃を脳天に食らったら、普通の人間は死ぬ。


「ああ、俺もそれを心配してる……」


 ***


 涼介は、自分たちが幕末にタイムスリップしたことを確信した後、秀一と相談の上で、部員たちにこう訓示していた。


「俺たちがなぜこんな時代に来ちまったのか、どうすれば帰れるかってことは、今は分からねぇ。だが、タイムスリップしたときは歴史に介入しするなってのが、小説でも映画でも鉄則だ。この時代のものをできるだけ変えるな。もし刀で斬りかかられても、戦おうなんて考えるんじゃねぇぞ。そのときは、逃げろ」


 だから、豪太を探索に行かせるときにも、木刀を置いて行かせるべきか迷った。しかし、日本刀を持った本物の武士がウロウロしているこの時代に、自衛に役立つとは思えない竹刀だけ持って出かけろとは、さすがに言えなかった。


 ***


「まあ、あの人もそこまでバカじゃねぇだろ……」

 と涼介が自分に言い聞かせるように呟いたとき、

 

 ガラガラッ


 と引き戸が開いて、図体のデカイ男が入ってきた。


「ういーっす。今帰ったぞ」


「天童さん!」

「あーあ、バカ犬、帰ってきちゃった」


「天童先輩、遅かったじゃないですか。どこまで探索に……てか、酒くさっ!」


「手頃な空き家はないかって、通りで出会った二人組の兄ちゃんに聞いてみたんだがよ。こいつらが気さくな連中で。これからとりなべで一杯やるから、お前さんも一緒にどうだいって言うんだよ。そう言われちゃ、俺も断るわけにはいかねーだろ?」


「それで酒飲んできたんですか」


「秀一。いつも言ってるだろ。俺は高校生だが20歳だ。堂々と酒を飲んでいい年齢なんだよ」


「タイムスリップした先でいきなりその時代の人間と酒酌み交わすバカがどこにいるって言ってんだよ……」


「こいつ、やっぱり今のうちに殺しておこう」

 と咲が竹刀を持って立ち上がった。


「ちょっと待て。この時代にあるはずのない死体をつくるのもダメだ。……それより天童さん、まさかとは思うが、酔っぱらって喧嘩なんかしてきてねぇよな?」


「安心しろ、涼介。喧嘩はしてないぞ。ただ、刀を持った侍たちが襲いかかってきたから、刀を折ってやっただけだ」


「刀を折った……だと?」


「侍たちって、天童先輩。その一緒に飲んでいた二人組に襲われたんですか?」


「いや、そいつらとは別の連中だ。おうって店の二階で飲んでたんだが、連中の1人がふすまを開けて入ってきて、最初は俺たちと飲みてーのかと思ったんだが。いきなり小太刀を抜いて斬りつけてきやがったもんだから……」

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