倉庫の中で

 麻布らしきものに入れられ、運び出された。


 麻布の中に入れられた時間は短く、すぐに布から出してもらった。


 複数の気配を感じる。男の低い声たちが、本物に間違いないか、はい、と会話しているのが聞こえてきた。


 頑張って耳を傾けるが、囁き声で上手く聞き取れない。

 足音が遠ざかっていく。扉が閉まる音がした。


 目隠しくらい外してほしかったな、と思っていると、横でジャラジャラと鎖の音が聞こえた。どうやら隣にいるキリランシェロが動いているらしい。キリランシェロにしては活発に動いているようで、ずっと鳴っている。


 何をやっているの、と訊こうとしたら、突然何かがのし掛かってきた。


 頭が引っ張られる。倒れそうだったので、倒れないように踏ん張った。首にツったような痛みが走ったが、声を耐えた。

 ビリビリと、と布を裂く音が耳元でした。それと同時に視界が開けた。


 薄暗い。どうやら倉庫のようだ。周りに大小の木箱が沢山積み重なっている。木箱以外にもあるようだが、薄暗くてよく捉えられない。


 倉庫であることは確かだが、見覚えのない場所だった。



「リズ、とれた?」



 名前を呼ばれ、振り向く。さっき暴れている時に解けたのか、キリランシェロの口元を覆っていた布が無くなっていた。口が自由になったので、リズタルトの目隠しを口で取ってくれたのだろう。だが、目隠しはされたままだった。



「ん」



 返事をしたかったが、口元の布が邪魔でまともな返事ができない。



「とれたの、目のほう?」


「ん」


「そのままでいて」



 キリランシェロはリズタルトに寄りかかって、手繰りならぬ口操りでリズタルトの顔に近づく。

 キリランシェロが千切りやすいように、頭を動かす。


 結び目をキリランシェロがくわえた感覚がした。強い力に引っ張られながらも、何とか踏ん張る。


 ビリビリ、と布が裂く音が聞こえ、ぽとっと口元を覆っていた布が落ちた。



「ありがとう、キラ」


「オレのもとって」


「うん」



 リズタルトは目隠しの結び目をくわえ、一生懸命解く。キリランシェロのように牙がないので、舌の動きで解かなくてはいけない。

 時間が掛かったが、なんとか解くことに成功した。



「ありがとう」


「どういたしまして……」



 舌をたくさん動かしたから、痛いし疲れた。


 一息ついて、改めて倉庫内を見渡した。外から光は漏れていない。唯一の窓らしきものといえば、通気口くらいか。光源は、うっすらと光っている夜光石を利用した照明だけだ。倉庫街の倉庫かもしれない。


 サン・ダルクには倉庫街がある。官吏から庶民まで幅広く使われていて、倉庫の規模は大小ある。この規模は中くらいで、庶民ではなく、商人か低級の官吏が使っている倉庫のようだ。



「キラ、怪我はない?」


「うん。リズは?」


「大丈夫。それよりもキラ、何か聞こえる?」


「この倉庫、だめ。壁が厚い」


「臭いは?」


「薬の臭い。充満はしていない。ただあるだけ。あと、毛皮の臭い」


「とりあえず、今は問題ないってことだね」


「うん」



 床を見る。ちょうど尖ったものが落ちていたり、あるということはなかった。あったら、手足を縛る縄も切れるのだが、そんな都合良くあるわけがなかった。



「ねぇ、リズ。ここって倉庫街だと思う?」


「多分。誰の倉庫かは分からないけど」


「多分、ヴァンパイアの誰かだと思う」


「え? なんで?」



 確かに襲ってきた連中は、ヴァンパイアと同じ背格好をしていた。だが、似たような背格好をしている種族は他にもいる。姿を自由に変えられる種族もいる。それなのに、どうして断定できるのか。



「さっきの偉いの、多分執事」


「え」



 リズタルトは予想もしなかった単語に、思わず素っ頓狂な声を上げた。キリランシェロは淡々と言い続ける。



「朝オレと話した、ヴァンパイアの執事。ヴァンスロット、だっけ? 声の感じは誤魔化せていたけど、同じ声だった、と思う」


「ちょっと待って。どうして、ヴァンスロットがそんなことを」


「さぁ? 興味、ない」


「興味ないって……」



 攫われたというのに、無関心すぎる。キリランシェロらしいといえば、キリランシェロらしいが。



(まあ、あの男がヴァンスロットの可能性が高いってことは分かった。それだと色々と辻褄が合うし、キラの記憶力は絶対だ)



 本当に興味がないようで、キリランシェロは目を瞑ってうとうとし始めた。リズタルトは小さく嘆息した。



(あの男がヴァンスロットだとすると、やっぱりどっかのヴァンパイアが首謀者なんだろうな。ヴァンパイアは基本、同族以外と馴れ合わないし)



 ヴァンパイアの里は北にある、昼夜問わず暗雲が漂う島にある。太陽の光が決して差し込まないそこは、ヴァンパイアにとって良い住処だ。


 その理由として、ヴァンパイアが太陽光に弱いというのも一つだが、ヴァンパイア以外のグルーテリュスが滅多に近付かないから、というのがある。

 ヴァンパイアは自分がヴァンパイアであることを誇りに思っており、多くは他の種族を下に見ており、他の種族が自分たちの里の中にいることをあまり快く思わないらしい。王都にいるヴァンパイアは変わり者か、良い意味でも悪い意味でもヴァンパイアの中のヴァンパイアくらいだ。


 ヴァンパイアは排他的なのだ。よって、ヴァンパイアが他の種族と組むことは、とりあえずない。



(ヴァンパイアで官吏といえば、第一補佐官のグラディウス補佐官と、アテーレ侍官、ハテノ地官、ヴォルト呉官……この四人かな? ヴァンパイアは目立つから、他にいないとは思うけど。グラディウス補佐官は……するはずがないから除外。残りは三人。けど、よくは知らないからこれ以上は絞り込めないな)



 消去法で犯人の目安は立ったが、だからといって犯人の目的が分かったわけではない。自分たちは人質だ。皇子と魔王補佐官の息子を人質に取るくらいだ。余程の何かを要求するだろう。



(転覆の可能性が一番高いな……僕たちを浚う時点、反逆罪だ。でも、普通の転覆なら僕たちを殺す。なら、しばらくは殺されない心配はないけど……でも、目的が分からないから、これから生かされる保障もない)



 だったら逃げるか、だが情報が足りない、と自問自答を何回か繰り返して、とりあえず止めた。

 考えてもしょうがない。これは賭けに出るか出ないかの問題だ。



(逃げるために縄を切るか。それとも大人しくしているか……でも、キラは拘束魔法であまり自由には動けないから、一緒に逃げるのは難しい、よね)



 キリランシェロを見る。舟を漕いでいるが、眠りは浅いようだ。



「キラ、キラ」



 何回か話しかけると、うっすらと瞼を開いた。



「ん……?」


「キラ、今歩けるくらいには動ける?」


「なんとか歩ける、と思う。でも、走れない」


「両手は?」


「指は動ける。でも、腕は無理」


「拘束魔法は解けそう?」


「むり」


「無理かぁ~……」



 肩を落とす。どうも二人で脱走は無理みたいだ。



「リズ」


「なに?」


「一人で逃げて。オレと一緒じゃ、足手まといだから」



 先程の問いかけで、リズタルトが考えていることが分かったらしい。だが、リズタルトは首を横に振った。



「キラと一緒じゃなきゃ、僕も逃げないよ」


「リズ」



 珍しい彼の咎める声色に、リズタルトは声を潜めながら強い口調で言う。



「キラを残したら、キラがなにされるか分からない。そんなのイヤだ。だから一人じゃいかない」



 キリランシェロと目が合う。菫色の瞳に虎視されるが、リズタルトは怯まずその目を見つめ返した。

 先に折れたのは、キリランシェロだった。リズタルトから視線を逸らし、嘆息する。



「わかった。けど」


「けど?」


「妥協して」


「妥協って……」


「しなきゃ、納得しない」



 むすっと返してきたキリランシェロに、リズタルトは思わず苦笑した。



「妥協って言われてもなぁ……」



 一人で逃げるのは嫌だ、という自分の意見と、リズタルトだけでも逃げてほしい、というキリランシェロの願い。

 これを妥協にできる脱走方法。


 考えて考えて……やがて、ある方法に辿り着いた。

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