川端の二人
サタンとルシウスが息子達の後を追って、ヒガテン川に着いた頃には、既に周りには誰もいなかった。
ただ、悲惨な後が残っていただけであった。
「遅かったか」
「そのようですね」
不自然に無数の石が転がっている場所を見下ろし、二人は険しい表情を浮かべる。
その石の群れは、頭と手足のように見えたが、肝心の胴体は見当たらない。胴体らしき石はあるが、それらは粉々に砕かれていた。
「これはレッキーニの身体、だったのでしょうね」
「そうだな」
「この状態では、魔核はもう……」
サタンはレッキーニの身体をじっと見据えながら、ルシウスに言葉を投げる。
「ルシウス、道路に馬車の跡はないか」
「見てきます」
ルシウスは道路に出た。道路には馬車を引いた跡はあったものの、今日付けられたものとしては古い跡のようだ。おそらく、昨日以前のものだろう。
ルシウスが気になったのは、新しい足跡だ。新しい足跡には、小さな足跡と、普通の足跡、大きな足跡がある。
小さな足跡と大きな足跡は、リズタルト達だろう。レッキーニの身体がある方向へと向けられている。普通の足跡も同じ方向に向かっていた。大きさと形からして、人間と似たような形の姿のグルーテリュスか、人間と似たような形が取れるグルーテリュスかどちらかだろう。一人ではないようで、複数の足跡がある。
(この足跡の主達が二人を浚い、レッキーニを壊したか)
もう少し早く着いていれば、二人とレッキーニを救えたかもしれないのに。
(悔しがってもいけない……)
滲んでくる後悔は後回しに、ルシウスはサタンの許に戻った。サタンはレッキーニの身体……足の所を漁っていた。
「何をやっているんですか」
「いや。今は全部を運ぶことは出来ないが、身体一部分をせめて創造主に届けようと思ってだな」
そう言って、サタンは何かを懐に入れる。
「道路に馬車の跡はあったか?」
「新しい馬車の跡はありませんでした。新しい足跡はありましたが」
「と、なると、犯人は陸地から襲い、舟に二人を乗せて移動したか」
「関所に舟を厳しく取り締まるよう、手配しましょう」
振り返ったルシウスの肩を、サタンが優しく掴む。
「いや、止めておけ」
「何故ですか! 二人が攫われてしまったのですよ!?」
声を荒げるルシウスを宥めるように、サタンが片手を軽くあげる。
「まぁ、聞け。確かに関所はある。にも関わらず、何故わざわざ舟を使った?」
「欺くためでしょうね。水路には至る所に関所があります。どのルートを使っても、必ず関所が当たるよう設計されています。見つかりやすい水路よりも、陸路を使うほうがバレずに目的地まで運べることができます」
「正攻法で行くと、そう考えるだろう」
ルシウスは半眼でサタンを見据える。
「裏の方法があるとでも?」
「いくらでもあるさ。欺くため、というのもあるだろう。だが、正攻法で行くとそれは些か危険すぎる。つまり、連中は水路でもバレずに運べるよう手配しているはずだ」
「しかし、関所を通らない道はありません」
「汚い手を使えばいいさ。汚い手を使っている奴らはかなりいる。雲隠れにもなるさ」
ルシウスはハッとなり、サタンを凝視した。
「まさか、賄賂ですか?」
「そのまさかだ。危ない薬が出回り始めたと訊いたのでな。その経路を調べてみたら、関所の役人が商人から賄賂を受け取って、舟の中を調べずに関所を通しているのを目撃した。危ない薬だけではない。他の禁止品も前から出回っている」
「危ない薬って……私の耳には入ってきていませんが」
「つい最近のことだ。他の街にも出回っているようだぞ」
「また間蝶のようなことを……ですが、今は小言言わないでおきましょう」
嘆息するルシウスに、サタンは苦笑する。
「そうしてくれ。関所の役人と商人は後で取り締まるとして、ルシウスは城に戻れ」
「ちょっと待って下さい」
踵を返したサタンを止める。
「貴方は何処に?」
「少し散歩だ」
「こんな時にですか」
「なーに。無理はせんよ」
ルシウスの横を通り過ぎる際、サタンはルシウスの肩をぽんっと叩き、小さく呟いた。
ルシウスは振り返り、サタンの背中を凝視する。サタンは軽く手を挙げて、ひらひらと振りながら、裏通りに続く建物と建物の間の道へと消えて行った。
その背中を見送り、ルシウスは盛大な溜め息をついた。その表情は少し安堵している。
「なるほど。もう既に、犯人の目星はついている、と」
片眼鏡の位置を直し、ルシウスは空を仰いだ。
(ということは、私の役目は時間稼ぎと目眩まし。たく、千年経ってもグルーテリュス扱いが荒い)
肩をすくめる。ルシウスはドラゴンの翼を出して、その場から飛び去り城に向かう。
飛びながら、ルシウスはブツブツと呟く。
「まったく、帰ってきたら文句言わないといけませんね……禄に説明とか考えとか伝えず、それが私に伝わっていると思っている。直接言わないと、私だって分からないんですからね! 本当に自分勝手な奴だ! あれがこの世界の王とは、本当に嘆かわしい」
いつも面倒事を押しつけては、自分は楽そうで楽ではない役目を背負う。
いつも仕事をサボってばかりで、周りや自分を振り回し、それを楽しそうに高見の見学をする、迷惑としか言いようがない。
嘆かわしいという言葉以外、思い付かない。だが。
「本当に嘆かわしいのは、なんだかんだで従う私だ。ああ、本当に嘆かわしい」
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