蚕市
久しぶりの城下は、活気に満ち溢れていた。
市場通りを通ってみると、両脇にはテントがずらりと、所狭しと並べられていた。そのテントの下には、服や鞄など布に関する作品が置かれている。素人や職人に関係なく、出店が許可されているそこは出店の数も多いが、訪れる客はもっと多かった。
市場通りは、毎月なにかの市場を開いており、今週は蚕市のようだ。
スタッフの指揮が適切のおかげで、混雑していても問題なく見回ることが出来た。
「布地だけのところもあるね」
「あそこ、フラン・ドールからの出店だって」
「通りで、さっきから客がそわそわしているわけだ」
フラン・ドールは別名職人の街と呼ばれ、時計や武器、多種多様の職人が数多く住んでいる。
「あの布、好き」
キリランシェロが視線を投げて、素人が作った布を見つめる。布は緑のグラデーションが映し出されて、境目も絶妙に馴染んでおり、確かに綺麗だった。
「きれいだね。ココナちゃんに似合いそう」
ココナ、とはキリランシェロの妹の名前だ。現在、四歳。
「正式な場で映えそうな生地ですね」
後ろに控えていたレッキーニが言った。普段なら、リズタルトか、キリランシェロに話しかけられないと発言が許されないが、城下だと浮いてしまうので、今は話しかけられなくても発言をするように、と言ってある。
「ココナちゃんの正式なお披露目はまだまだ先だけどね」
「でも、良い色。あれもいい」
ゆらり、と吸い込まれていくように離れていくキリランシェロの肩を掴む。
「すぐ離れないの! はぐれたら大変だよ」
「うん」
あっさりと頷いて、ぴたっとリズタルトの腕にくっつくキリランシェロを、リズタルトは横目で見据えた。
「……キラ、くっつきすぎ」
「いや?」
「いやじゃないけど、歩きづらいよ」
「ドラゴンの姿のほうが、いい?」
「あ~。たしかにドラゴンの姿だったら、肩に乗せられるけど……」
ドラゴン族に限ったことではないが、このような場所を出歩く時、姿を変えられない種族に会わせて姿を変えて歩く。まだ姿を変えられない子供は、親の肩を乗せるのが普通だ。だから、変じゃないが。
「キラはふらふら~って飛んじゃうから、ダメ。でも、二の腕くらい離れて」
「わかった」
キリランシェロが二の腕分の距離を置く。それを後ろで見ていたレッキーニが、くすくすと笑った。
「仲がよろしいですねー」
「レッキーニも、キラがどこかに行かないか見張っておいてね」
「畏まりました」
「キラ、もしはぐれたらレッキーニに集合ね」
「うん」
「私を集合場所にしないでくださいよ……」
「レッキーニが護衛で良かったよ。小柄だけど、やっぱり大きいから」
「お願いですから、絶対にはぐれないでくださいね!?」
「わかっているよ」
もしはぐれて、自分たちの身に何かあったら、全責任はレッキーニが背負うことになる。護衛を引き受けてくれたのに、迷惑は掛けられない。
「ねえ、リズ。服買おう」
「え? なんで?」
服はここで買わなくても、戻ればたくさんある。
「服は十分あるでしょ?」
「お忍び用に」
「それもあるでしょ?」
「質が良いから、だめかなって」
「質? ……ああ!」
キリランシェロが言いたい事が分かった。
つまり、いくら庶民の服に似せても、作っているのが王室御用達の職人で、布も一流の物しか使わない。服の布を見ただけで庶民ではないと勘づかれてしまう。
だから、お忍び用にここで服を調達し、服を見ただけで気付かれないようにしよう、と伝えたいのだ。
「そうだね……お金も十分あるし、ここで買っておくのもいいかもね」
「ついでにレッキーニも買う?」
「いや、私は必要ないので。お心気遣いだけで」
ゴーレムに服は必要ない。レッキーニのようにゴーレムの騎士は、正式の場ではマントを羽織るが、普段勤めの時は胸にエンブレムを付けるだけでいい。
「どんなの買う?」
「そうだなぁ。動きやすいものがいいかな」
「オレは汚れても構わないやつがいい」
「それ、お忍び用じゃなくて、作業用じゃない?」
キリランシェロは、芸術活動をしている。絵画から彫刻……芸術と感じた物なら種別など関係なく、手につける。
「兼用?」
「汚れた服で出歩かないの。作業用は家にあるでしょ?」
「それじゃ……お忍び用の服と、糸を買う」
「縫い物なんてしないでしょ?」
「粘土で、細くて真っ直ぐな線が作れるかなって。あと、最近糸を使った芸術があるから試したい」
「ああ、なるほどね」
「ついでに、布、見たい」
「布も芸術活動に使うの?」
「うん」
何に使うが分からないが、深くは訊かない。芸術が全く理解できていない、というわけでもない。が、彼の説明は分かりにくい上に、芸術関係になると尚更分かりにくい。だから訊かない。
「どんな布がいい?」
「さっきの、グラデーションのやつとか」
「わかった。じゃ、買おう」
「お土産、買いたい」
「見ながら決めようか」
そんな会話をしていると、レッキーニがぼそっと呟く。
「こんな賑やかな市場は、久しぶりだなぁ……」
二人に話しかけたわけでもない。だが、耳が拾ったのでなんとなく気になって、レッキーニに話しかけた。
「久しぶりって?」
「ルタポが現れる前は、毎月これ以上の賑わいがたくさんあったのですが、ルタポが現れてからというものの、市場も活気がなくなってきまして……だから、こうも賑わっているのは、本当に久しぶりで」
「道の安全が確保されつつあるってことだよね」
「はい。魔王様が通行税をちゃんと使っているからでしょうね」
「そ、そうだね」
ちゃんと通行税をあるべきところに使っているのは宰相であるルシウスだろうが、言うべきことではないな、と口を噤んだ。
ルターナ・ポニュレウスの数は減らないが、それでも被害は少なくなっている。だが、ルターナ・ポニュレウスが強くなっている。それを抑えきれないと、せっかく活気が戻ってきたというのに、逆戻りになってしまう。
(ルターナ・ポニュレウスを何とかしないと、根本的な問題は解決しないだろうけど)
ルターナ・ポニュレウスの正体を考えると、それは難しい。たとえ魔王であろうと、そう簡単に手を出せないのだ。だから、ルターナ・ポニュレウスの正体を知るグルーテリュスは、魔王に文句を言えないのだ。
だから魔王は……父は、通行税を無駄にしないよう、実際に道を歩いて確かめている。通行税を振り分けるのはルシウスなのだが、魔王の捺印がなければ決定にはならない。父は振り分け表をちゃんと見て、無駄になる、と思ったらルシウスと話し合う。それでいい、と思うまでとことん話し合う。それを知っているリズタルトは、根本的な問題を口にしない。
(父上は出鱈目だけど、ちゃんと民の事を考えている)
思い出すのは、昨晩の事。出生を知ったあの時のこと。
外れたことがない予言書、ハルメス詩歌。それによると、いずれ自分は父の命を奪う運命にあるという。
(どうして、父上が討たなければならないんだろう。どうして、討つのが僕なんだろう)
父が討たれる運命であるだけならば、それから守ろうと思えたのに。どうして、その討つ相手が自分なのだろう。
「リズ、どうしたの?」
キリランシェロの声に、リズタルトは重くのし掛かる事実から我に返った。
「あ、ごめん。ボーッとしていた」
「酔った? 休む?」
「大丈夫。買い物をしようか」
早く切り上げて、キリランシェロの腕を引っ張る。キリランシェロは首を傾げていたが、素直に付いてきてくれた。レッキーニも心配げな目をしていたが、訊いてはこなかった。やはり、遠慮はあるらしい。
(優しいな、二人とも)
リズタルトは、二人と目を合わさず、少し俯いた。
(けど、僕は二人と同じグルーテリュスじゃない。それどころか、傷付けてしまう立場なんだ)
先程まで市場の活気に上向いていた心がまた下降して、リズタルトはぎゅっと縮む胸を無理矢理抑えつけた。
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