予言について
「さて、ハルメス詩歌とは、六百年前にサイファー・ユーズリシアが運命を司る空の神の御言葉を綴った本です。これは写本もされておらず、世界で一つしかありませんでした」
「ユーズリシアって」
「直系じゃないけど、一応あたしの御先祖様よ」
それを聞いたジャオリーが目を丸くして、ドロシーを見やった。
「と、すると貴女は王族の方ですか?」
「聖女候補のドロシー・ユーズリシアよ」
「……そうでしたか」
ジャオリーは目を伏せて、黙り込む。沈黙が流れる中、ノエルがジャオリーの肩を揺すった。
「先生、お話の途中で寝たらいけませんよ」
「あら、そうね。まさかノエルに注意されるとは思わなかったわ。歳ね、私も」
「先生は実際歳でしょうに」
ジャオリーはノエルを睥睨した。
「貴方はお世辞のおすら言えないのかしら? たく、こういう時は『先生はまだお若いではありませんか』っていうものよ」
「ふふふ……御歳九十の人が何を言うのですか。それを言うと、逆に嫌味になって角が立っちゃうじゃないですか」
「それもそうね」
あっさりと引いて、ジャオリーは再びカイン達のほうに視線を向ける。
「さて、この紙に書いてあるように、サイファー・ユーズリシアは大まかにこのような人生を辿ったと伝えられています」
黒板に張り出された紙を見る。
サイファー・ユーズリシア。
ミュジア・シャンスター・ハンティス五世の第二子として生まれる。
十歳の時、初めて空の神のお告げを聞く。的確な未来予知に、空の愛子として支持を集める。
十七歳の時に父である王が崩御し、王位継承権を放棄し、異母兄弟に全てを託した後、今は夕陽の湖が溶けし街と謳われているホーラスで隠居生活を始める。
二十二歳の時、ハルメス詩歌を書き始める。理由は諸説あるものの、厳密には分かっていない。
三十三歳の時、ハルメス詩歌を書き終えた直後、病死する。妻はいたが、子はいなかった。
「モイラ教は彼が教祖だとしていますが、実際は彼の護衛の一人が、彼の死後に立ち上げたものだと言われています」
「ハルメス詩歌のハルメスってなんだ?」
「色々と諸説はあります。一番有力な説として、彼が気に入っていた吟遊詩人の名前ではないか、というのがありますね。その人の名前は残されていませんが、詩歌と名を付けたのであれば関連性があるのではないか、と」
「ハルメス詩歌が散らばった事件が起こったのは、彼の死んだ直後だといわれています」
ノエルは指し棒で、三十三歳の下を指す。
「王家に対するクーデターが起こり、サイファー様の遺品が狙われました。サイファー様の遺品の中で最も重要だったハルメス詩歌を守るため、護衛だった人たちがハルメス詩歌を一枚一枚千切り、それを持ってどこかへ隠したのです」
「親衛隊が再集結した後にも、ハルメス詩歌は隠され続けました。おそらく、また狙われることを恐れたのでしょう。クーデターが鎮まったとしても、未来のことが記されたものです。悪用されないようにしたのでしょうね」
「で、ずっと隠していたら、隠し場所が分からなくなって今に至る、と」
「そういうことですね」
ヴェイツの言葉にジャオリーが頷く。
「ですが、不思議なことに発見された時期が遅れて出てきたことはないんですよ」
「と、いうと?」
「発見された時期と、予言の内容がちょうど冒頭と被るんですよ。ここで、王と教会が唯一、全世界に公開した予言を見てみましょう」
リズがサイファーの一生が書かれた紙を剥がし、次はあの予言が書かれた紙を張り出した。
ハルメス詩歌の内容は、一般的に公開されていない。様々な混乱を避けるためだという。カインが生まれてくること書かれた予言は唯一、一般的に公開された予言であった。
祝いの花垂る時、礎王、玉座を戴けり
其は、憂き世を祓ふ、導とならん
黎明存らふ時、藍の天に流るる一縷の輝き
暁に聳ゆる影は彼の人を隠ろふ
風、廻れり地に光を宿りし嬰児、生まる
其は深淵の王を喰らふ者なり
「この予言が発見されたのは、今から十六年前……ちょうど都で花祝いと一緒に、ルイス・グライス・ハンティス十八世の即位式が行われた直後に見つかりました」
ジャオリーの台詞を合わせるように、ノエルが指し棒で『祝いの花垂る時、礎王、玉座を戴けり』の文字をなぞる。
「祝いの花垂る時、これは都で毎年行われる祭り、花祝いのことです。花祝いの時に即位した王は、歴代で今の王だけです。ですからこの礎王は、ルイス・グライス・ハンティス十八世のことで間違いないかと」
次に『其は、憂き世を祓ふ、導とならん』を指す。
「王族はこの文を、魔物が跋扈している今をルイス・グライス・ハンティス十八世がなんとかしてくれる、という解釈をしています」
次に『黎明存らふ時、藍の天に流るる一縷の輝き』を指す。
「黎明存らふ時。これは、季節を表しています。存らふ時は、長く留まるという意味があり、黎明は太陽のことをいいます。つまり、太陽が長く空にある季節ということで、夏を示しています。藍の天に流るる一縷の輝き……これはおそらく時間ですね。おそらく夜に近い夕方のことを指し、流るる一縷の輝きは、流れ星を指していると王族の方は考えているみたいですね」
次に『暁に聳ゆる影は彼の人を隠ろふ』を指す。
「これが前の文章が夕方であることを示す証拠だといわれています。影は魔物のことだといわれていて、彼の人を隠ろふは魔物にとってとても重要な人物……魔王ではない誰かを指しているのではないかと解釈しているようです」
次に『風、廻れり地に光を宿りし嬰児、生まる』を指す。
「これは場所を示しています。風、廻れし地……これは風が絶えず吹き続けている地でカンデレラのことを指します。光を宿りし嬰児……嬰児とは赤ん坊のこと。つまり、モイラ教において光を表す紋章を持って生まれてきた赤ん坊……つまり貴方のことですね」
カインは左手の甲を一瞥し、再び前を向いた。
最後に『其は深淵の王を喰らふ者なり』を指す。
「深淵の王……つまり魔王です。深淵は闇の事を指し、最も闇に近い存在が魔王、ということらしいですね。王族は光を宿した子供が魔王を倒すと、解釈しました。実際に貴方が生まれてきましたし、この予言がちょうど今のことを指していることは間違いないでしょう。そう、まるであたかも予定されたかのように発見された」
「今まで発見された予言も、この予言のように冒頭の部分が起こった後に発見されてのですよ。歴代の王や教会も、残りの予言を血眼になって探したのですが、結局見つけることが出来ませんでした。諦めたところでひょこっと出てきたのです。中には散々探した場所の目につく場所にあったのに、誰も気付かなかった例もありました。貴方たちは、どこで予言が見つかりそうなのか訊きに、先生の許に訪れたのでしょうが……」
沈黙が流れる。ジャオリーが満開の笑顔で、一行に告げた。
「つまり、いくら探しても見つからない時は見つからないし、その時が来ないと現れないっていうことです」
「それじゃ困るんだけど!?」
「大丈夫でしょう。予言が外れたことは一度もないですからね。倒すと予言されていたら、いずれは倒す時が来るっていうことです」
カインの叫びに、ジャオリーがしれっと返す。カインは肩を落とした。
「おれたちはこれから、どこに向かえばいいのでしょうか?」
「そうですね……過去に予言が発見された場所を巡るというのは、どうでしょう?」
「発見された場所に? どうしてよ?」
「どうせ世界を歩き回らなくてはいけませんし、予言は世界各地で発見されています。いつ出るか分かりませんし、目的を持って歩き回ったほうがよろしいでしょう?」
「一理ありますけど……」
理解はしているが、納得できていない。そんな表情を浮かべ、テトは視線を逸らす。
「当てずっぽうで回るよりかは良くないか? 俺は賛成だな」
「専門家が言うんでしたら、仕方ないと思いますよ~」
煮えきれない子供組に対して、大人組はジャオリーに賛同する。子供組はジャオリーと大人組の顔を交互に見て、互いに顔を合わせた。
「みんな、こう言っているけど……そうするしかないのか?」
「流れ的にそれしかなさそうだな」
「……もう! 仕方ないわね!」
「勇者さんたちも納得してくれたところで、私から提案があるのですが」
視線がジャオリーに向けられる。ジャオリーはにこにこと笑いながら、一同を見渡し、リズのほうに顔を向けた。
「リズを案内役として連れて行く、というのはどうでしょうか?」
「………………はい?」
リズはたくさんの間を置いてから、小さく首を傾げた。
「だからね、リズ。この人たちを予言が発見された場所に案内してほしいの」
「え、え? 僕ですか?」
戸惑うリズ。ジャオリーはリズと目を見つめながら、強く頷いた。
「貴方しか適任がいないわ。世界中を回っているし、予言が発見された場所にも実際訪れたことがあるでしょ? 剣も魔法も使えるし、しっかりしているから私も安心よ」
「いや、だって、予言が発見された場所は、調べたら分かりますし」
「どれくらいあるのか、貴方も知っているでしょ? 調べる時間もあまりないでしょうから、ね?」
リズとジャオリーはしばらく見つめ合い、やがてリズが溜め息をついた。
「あの、僕とキラも一緒に連れて行ってもらえますか? 迷惑にならないようにしますので」
「オレは賛成だぞ!」
カインが手を上げながら、席を立った。
「座れ」
テトがカインの裾をくいっと引っ張り、カインは素直に着席する。
「リズがいれば心強いな。食べられる魔物についても詳しいし」
「そうですね~。食材がなくなった時に頼りになりそうですね~」
「あたしは皆がいいんなら良いわよ」
「テトは?」
「……………………………………反対しても、ダメなんだろ」
渋々と頷いたテトの返事を聞いて、カインは笑顔で振り向いた。
「全員いいってさ!」
「ありがとうございます」
リズは笑みを繕い、ジャオリーに視線を向けた。
「では、僕は準備に取りかかります」
「ええ。大体四日くらいかしら?」
「え、そんなに掛かるのか!?」
「休学届を出さないといけませんし、準備もしないといけません。それに、学院の皆に挨拶しておきたいですから……」
「あ、そっか」
「では、これで失礼します」
一礼して、リズはそそくさと研究室から出て行った。扉が閉まると、ヴェイツが口を開く。
「ちょうどいい。せっかくだから、身体を休ませようか。ゆっくりと休む時間なんてなかったしな」
「そうですね~」
「宿まで私が御案内しましょう」
「よろしくお願いしますね、ノエルさん」
リコリスがノエルに笑いかけ、ノエルも笑い返す。
テトはジャオリーに顔を向け、頭を下げた。
「ジャオリー先生、今日はお時間をいただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
テトに続き、カインもお礼を言った。ジャオリーは首をゆるゆると横に振る。
「いいえ。こんなに人と話したのは、久しぶりで楽しかったです。皆さん、リズのことをよろしくお願いしますね。あの子、わりと一人で背負い込もうとしますからね」
「任せてください!」
「逆にカインのほうがお世話になるかもな」
「うぐっ!」
「では、失礼します」
テトはカインの首根っこを掴み、部屋を出て行く。ノエルもその後に続き、他の一行もその後を追った。
扉が閉まる。
気配が完全に無くなったところで、ジャオリーは肩の力を抜いた。
「そう……とうとうこの時が来てしまったのね」
ジャオリーは呟きながら、窓の外を見やる。外は朱色の衣を脱ぎ捨て、瑠璃色の衣に変わっていくところだった。
「傍観者でいたかったけど、ちょっと気になることが出来ちゃったし……」
車椅子を回転させ、ジャオリーは予言が書かれている紙を仰いだ。
「私はここでやるべきことをやるしかないわ……申し訳ないけど、リズに任せるしかないわね」
憂い気に溜め息を漏らす。
その音は研究室に空しく響き、ジャオリーは皺だらけの顔を険しくさせた。
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