ジャオリー先生
フライボンを全て運び終え、一行は受付に赴いた。ちなみに研究に使う分のフライボンは、魔物専攻の研究生とばったり会ったので、そのまま持って行ってもらった。
受付でノエルの名前を出し、ジャオリーの研究室の場所を聞いて、そこに向かう。
魔法学、生物学、言語学、と棟ごとに分かれているらしく、ジャオリーがいるのは考古学の棟だという。
考古学の廊下には、お世辞にも綺麗とは言えなかった。通れることは通れるが、廊下には発掘された物らしき壷や像が無造作に置かれており、色々な意味で通りにくい。
とりあえず置いたもので、歴史的にはあまり価値はないのか。あるいは貴重な物だが、研究室に入りきれないため、置かれているのか。前者であってほしい。
扉の上に『ジャオリー』と書かれた表札がぶら下がっているのを見つけ、一行は立ち止まった。
「ここ、だよな?」
「そうらしいな」
扉の周辺には、他の扉のように物は置かれていない。やけに整理されていた。
扉にノックをする。間もなくして、扉が開いた。扉を開けたのはリズだった。肩にはキラが乗っている。
「さっきぶりですね。どうぞ中に」
促されてカインは、失礼します、と言ってから入室した。
研究室は思っていたよりも、整理整頓されていた。ところどころに、兎や犬、猫を象った可愛らしいぬいぐるみが置かれている。定期的に掃除をしているのであろう、埃も溜まっていなくて清潔だった。
壁一面が本棚になっている。二階もあるらしく、階段があった。中心には円型の大きな机が置かれている。その上には本と書類が積み重なっていた。
「私にお客さんとは、あなたたちですか?」
老婆の声が聞こえ、カインは振り向いた。
ノエルが車椅子を押している。キィキィと音を鳴らしている車椅子に、その人は乗っていた。
黒縁眼鏡を掛け、ロープを羽織っている一人の老婆は、膝には冷えるのか、膝掛けを敷いていた。皺だらけの顔を寄せて、その人は淡く笑んだ。
「はじめまして。私がミラ・ジャオリーです。ハルメス詩歌に纏わる事を調べております。カインさん、でしたっけ?」
「は、はい。カイン・ベルターです。カンデレラから来ました」
「カンデレラ……なるほどね」
ジャオリーは目を細める。
「まずお礼をさせてください。リズのお手伝いをしてくれてありがとうございます」
「私の代わりに手伝ってくれて、ありがとうございました。おかげで何の憂いもなく、警備に集中できました」
「ていうか、ノエル! 手伝いの内容を言ってくれよ!」
「リズが説明してくれると思いまして」
「やっぱりわざとだったか……」
ふふふ、と含み笑いをするノエルに、リズは溜め息をついた。
「立ちっぱなしもなんでしょう。どうぞ、椅子にお掛けになってください」
ジャオリーが円形の机の脇に置かれている椅子らを指差し、促す。カイン達は椅子に腰を掛け、カイン達と向き合うようにジャオリー達が移動する。ノエルはジャオリーを置き、リズと共にその場から離れて行った。
「さて、さっそくですが本題に入りましょうか……いずれは私の許に訪れるだろうと思っていましたよ。勇者さん」
息を呑む。勇者、と確かに言った。名前と出身しか言っていないのに、どうして。
「驚いていますね」
「どうして……」
「年齢的にもそろそろと思っていたんですよ。ハルメス詩歌については謎が多いですし、魔王を倒すため、ハルメス詩歌を探すでしょうし、行き着くのはハルメス詩歌について研究している先生の所。で、貴方たちが来たのでそういうことだろうな、と話したところなんですよ」
移動式の黒板を運んできたノエルがほくそ笑みながら、説明する。リズも箱を持って、ノエルの後ろを歩いていた。
「念の為、紋章を見せてくれませんか? ああ、疑っているわけではありませんよ? ええ、一応、念の為に」
「それ、疑っているように聞こえるわよ」
ジャオリーが苦笑する。
カインは手袋を外して、左手の甲を見せた。ジャオリーはじっと、刻まれている紋章を見つめる。
「たしかにそれは、モイラ教において光を表す紋章ですね」
「ほう……本当に現れたのですね。まさか勇者様に会える日が来るとは」
再び手袋をして、カインは先程から黙っているリズを一瞥する。リズは俯いており、表情を窺えなかった。
「さて、カインさんはハルメス詩歌のことをどれくらい知っておいでですか?」
「えーと、未来のことが書かれた本だったけど、昔なんだかんだあってバラバラに散らばった、ということくらい?」
「貴方が生まれると告げた、予言の内容は?」
「聞かされたけど、難しくて覚えてないや」
けろっと言いのけるカインに、ジャオリーはくすくす笑う。
「予言は回りくどいですからね。ハルメス詩歌がどういった経緯で書かれたものなのかは?」
「えーと……」
「すいません、コイツ、勉強嫌いの無知でして、常識が欠けているんです。お手数をお掛けしますが、教えてもらってよろしいでしょうか?」
「何気にオレを罵るなよ!」
「では、一から教えますね」
ジャオリーが後ろに控えていたノエルに目配りをする。ノエルはリズを見て、小さく首を傾げた。
「リズ? どうかしましたか?」
ノエルに話しかけられ、リズはばっと顔を上げた。
「え? ああ、ううん。ごめん、ボーッとしていた」
「帰ってきたばかりですからね。疲れているのでしょう。後は私に任せてもいいのですよ?」
「それくらいは大丈夫だよ。ありがとう」
リズは淡く笑む。肩に乗っていたキラがリズの耳元に口を寄せる。リズは箱から紙を取り出すと、それを黒板に貼り付けて広げた。
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