イカネの料理人

 作業が全て終わったのは、翌日の夕方前だった。

 卵を漬けた壷と籠に入れたフライボンの薫製を押し車に乗せ、一行はイカネに向かった。



「本当に助かりました。僕一人だと、明日まで掛かっていました」


「いいって。早くジャオリー博士に顔を見せに戻るぞ」



 押し車を引いているヴェイツが、片目を眇める。

 カインとテトは押し車の後ろを押し、他の三人は魔物の襲撃に備え、周囲を注意深く窺っていた。

 魔物の襲撃はなく、無事にイカネに着いた。門を潜ると、すぐエプロンを来た中年の女性たちに囲まれた。



「リズちゃん、おかえりなさい!」


「ただいま戻りました」


「それで、フライボンは?」


「ここに」



 女性達の中で一番恰幅の良い女性が、前に出てきて目を輝かせた。



「あらまぁ! 今年もこんなに作ってくれて! ほんと、助かるよ」


「いいえ。今年はこの人たちに手伝ってもらいまして」


「ああ、ノエルちゃんが言っていた旅の方ね! ありがとうございます! これで、美味しい料理が作れるわ!」



 この女性達は料理人だろうか。皆が押し車に乗っている壺と燻製をまるで宝物を見ているような目で覗き込んでいる。



「あ、この人たちは、イカネの厨房で働いている料理人です。みんなのお母さん的存在です」


「いやだねぇ! お母さんだなんて!」


「子供より世話が焼ける人たちの世話を見ているけどね!」


「そう言われたら、たしかにそうだねぇ!」



 女性達が豪快に笑い飛ばす。



「ねえ、あなたたち。作ってもらった上にここまで運んでもらってなんだんだけど、これを運ぶの手伝ってくれないかい? 食堂は三階にあるから、アタシらだけじゃ辛くてね」


「これ、重いもんな! いいぞ!」


「またそう勝手に……」


「ついでだから俺は構わないぞー」


「まあ、大変だから手伝ってあげるわ」


「あ、リズさんはジャオリー先生のところに行ってくださいな。あとはわたしたちがやるので」


「ありがとうございます。では、また後ほど」



 リズは一礼して、去っていった。

 その後ろ姿を見た料理人たちは、うっとりと顔を緩ませる。



「ほんと、リズちゃんは良い子よね~」


「マナーもしっかりしているし、しかも仕草もどこか上品で……王子様みたいね~」


「たしかに物腰は柔らかいが」



 テトとカインはドロシーを横目で見る。そこに本物の王族がいるが、何も知らない方が幸せかもしれない。



「なによ?」



 視線に気付いたドロシーが、胡乱げに二人を見やる。



「なにも」


「絶対に失礼なことを考えていたでしょ!」


「まーまー。さっさと運んで、ジャオリー先生のところに行くぞ」



 ヴェイツが押し車を引く。カインとテトは押し車の後ろを押した。ドロシーは頬を膨らませていたが、なんだかんだでその後を付いて行った。

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