魔法
ドロシーとリコリスを旅のお供に加え、一行はイカネに向かうために、北に向かった。
イカネに行く道中、一つ街がある。街の名は『水面に浮かぶ街ヴァレン』といい、その名の通り、海の上にある街で、水上都市と呼ばれている。イカネに行くには、このヴァレンをどうしても通らないといけない。本大陸とイカネがある大陸の真ん中にあるからだ。
道中、何度か魔物に襲われたが、リコリスの短剣捌きとドロシーの補助魔法で、難なく倒すことができた。
リコリスは体型に似合わず俊敏で、一瞬の間に魔物の懐に入り、魔物に致命傷を負わせた。ドロシーは補助魔法の他に、癒しの魔法や火の攻撃魔法も使え、戦闘は大分楽になった。
リコリスはガディウスの言葉もあり、戦闘力に関しては期待していた。だが、ドロシーに対しては期待もなく、守らなくてはならない存在だけなのだと思っていた。
足を引っ張ると思われていたドロシーだったが予想以上にパーティーに貢献するので、カインだけではなく、ヴェイツもテトも目を見張った。
野宿もそうだ。リコリスは野宿の経験があるのか、手慣れた手付きで手伝ってくれたが、ドロシーはふてくされていた。
お風呂がないのは有り得ないだの、柔らかいベッドで寝たいだの。そんな我が儘を言っては、一行を困らせた。
いつまでこれが続くんだ、と辟易していたが三日目で何も言わなくなった。諦めたというより、もうすっかり野宿に慣れた様子で、文句垂れることもなく熟睡するまでになった。
初日は柔らかいベッドじゃなきゃ眠れない、とか言って寝不足になっていたのに。順応性が高い次期聖女候補である。
五日目。ヴァレンは目の鼻の先という所まで来た時だった。
ドロシーがカインに訊ねたのは。
「カインって、魔法使えないわけ?」
「使えないけど? 素質ないし」
「素質がない? 一応あるみたいだけど?」
カインの返答に、ドロシーは胡乱げな顔になった。
「ああ。そういえば、聖女って龍脈の流れを感じることができるんだっけか」
「りゅうみゃく?」
ヴェイツの呟きに、カインは首を傾げた。
「はぁ? 龍脈のことも知らないの?」
信じられないとばかりに、ドロシーは半眼でカインを見据える。
「魔法が使えないのは、周りに使える人がいなかったでしょうから置いとくとして! でも、龍脈のことを知らないなんて、勇者としてどうなのよ!」
「勉強嫌いだったんだから、しょうがないだろ!」
「いや、テメェが開き直るのはおかしい」
「うん」
「ですねぇ」
テト、ヴェイツ、リコリスまでもがドロシーの味方になり、カインはガクリと肩を落とした。
「今から勉強しましょうねぇ。勇者なんですから、魔法使ったほうがカッコいいと思います~」
おっとりした口調だが、有無を言わせない何かを感じて、カインは渋々頷いた。
「実践はドロシー様にお任せしましょう。わたしは魔法について教えます~」
リコリスが眼鏡をぐいっと上げる。
「龍脈っていうのはですね~。グリュースっていう、生命と魔法の源が流れる川みたいなものです。わたしたちの目には見えないんですが、この大地の下で葉脈のように流れているんですよ~」
「じゃ、オレたちの真下にも、龍脈が流れているってことか?」
「そういうことです」
カインは足下を見た。この下に、龍脈が流れている。なんとも不思議な感じがした。
「魔法の素質っていうのは~、その龍脈に流れているグリュースと共鳴できることをいうんですよぉ」
地面からリコリスに視線を戻す。
「共鳴……?」
「波長が合う、というべきでしょうか? 龍脈には六種類あって、水、火、風、地、光、闇に分けられます。これを属性といいます」
へぇ、とカインは相打ちを打つ。共鳴する、という意味が分からなかったが、とりあえず続きを聞くことにした。
「簡単に言いますと、六種類の龍脈と素質のある人には相性があって、相性が良い属性の魔法はその分威力が増すんですよ~」
「つまり、地の龍脈と相性がすげー良かったら、すげー魔法を使えるってことか?」
「はい。ここで補足です」
ビシッと、リコリスが人差し指を立てる。
「魔法の素質は人類の半分くらいありますよ。素質ある人の方が多いですね」
「そんなに!?」
カインは驚愕した。てっきり、一部の人しかないかと思っていたのだ。
「それだったら、なんで村の人たちみんな、魔法を使えなかったんだ?」
「魔法は特殊な技能ですからね~。簡単な魔法でしたら、習得するのに時間は掛かりませんが、ちゃんとした所で習わないとまず習得できませんよ~」
なるほど。村人の中には素質がある人がいた可能性が高いが、ちゃんとした所で習わなかったから、いなかったのか。
「素質のある人は大体、弱い魔法しか使えません。相性が良くてもです。強い魔法が使える人はほんの一握りしかいません。これは絶対に覚えておいてくださいね~。とりあえず、今はこんな感じでしょうか?」
「十分よ。その龍脈に流れているグリュースを感じることができるのが、叔母様である聖女フィリア様、そして聖女候補であるあたしってこと!」
ドロシーが誇らしげに胸を張った。その凄さがイマイチ分からず、カインは首を傾げる。
「龍脈の流れを感じるって?」
「一目でその人が魔法の素質があるか、どの属性の龍脈と相性が良いか分かるのよ!」
「それ、すげーな!」
「でしょでしょ!」
褒められてとても嬉しいのか、ドロシーはさらに鼻高々になる。
「なぁなぁ。テトは素質あるか?」
「光属性と相性が良いみたいだけど……弱い魔法しか使えないみたいね。他は……風属性少々?」
「じゃ、オレは?」
「う~ん……なぜか水属性と相性がずば抜けているみたいだけど、他はあまり……勇者様って光属性のイメージがあるんだけど」
「それはっ!」
テトが声を張り上げた。一斉に皆の視線がテトに向けられる。
「それは、その……」
視線が痛いのか、テトが言葉を詰まらせた。視線を泳がせ、何度も言葉にならない言葉を繰り返す。そして、ようやく言葉になっている台詞を紡いだ。
「それは先入観だ! 別に勇者が光属性の魔法が得意っていう、決まりなんかねーだろ」
「まあ、たしかにそうだけど……水だけ馬鹿みたいに相性が良いのも、勇者の為せる技なのかしら?」
「そんなにオレ、水と相性がいーの?」
「良すぎよ。こんなに相性が良い例、初めてだわ」
「じゃあさ! 派手な魔法使える?」
「訓練次第ね」
ドロシーが頷く。カインは、両の拳を握り締めた。
「よっしゃ! オレ、頑張るぜ!」
「やる気が出てきたわね……いい? この中で魔法の扱いが上手なのはあたしよ! これからあたしが指導するから、指導する時は先生って呼ぶこと! いいわね?」
「おう! ドロシー先生!」
「よろしい」
そんな二人の様子をヴェイツとリコリスは生暖かい目で、テトは呆れ顔で眺める。
「微笑ましいですね~」
「仲良くなってよかったなぁ」
「どっちが年下なのか年上なのか、微妙に分からん……」
「あ、テトも一緒に訓練するのよ!」
テトは心底嫌そうな顔をして、声を張り上げる。
「はぁ!? なんでだよ!?」
「したほうがいいと思うぞ」
「わたしも賛成です~。光属性って回復魔法と補助魔法が使える属性ですから、習得したらこれから役に立つと思いますよ」
「ということで、あたしのことは先生と呼ぶように!」
「誰が呼ぶか!」
「生意気よ!」
「テメェに言われたかねーよ!!」
ぎゃーぎゃーと言い争うドロシーとテトを見て、ヴェイツはやれやれと肩をすくめ、リコリスは笑い、カインは目をキラキラさせて足下を見た。
意地でも先生だと言わないが、なんだかんだ言って一緒に魔法を習ってくれるだろう。喧嘩はヒートアップするかもしれないが、口喧嘩を収める必要は感じなかった。
それよりも今は、自分が派手な魔法を使う姿を妄想し、心を躍らせることに夢中だった。
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