聖女と聖女候補

「は、花嫁ってどういうことだってばね!?」


「落ち着け、カイン! あまりの衝撃で、口調がぶれてらっしゃるぞ!」


「テトも落ち着こうな」



 叫んだ後、冷静さを取り戻したヴェイツがカイン同様に口調がブレているテトの背中を擦る。



「そういう予言が二年前に発見されたのだ。機密事項だから、勇者である貴殿に見せられないが、つまりそういうことだ」


「ガディウス様? たしか聖女って結婚できないんじゃなかったのでは?」



 聖女ではないが、聖女候補であっても婚姻を結ぶことは出来ない。結婚を経験したことがない女性が聖女として君臨できるのだから、聖女候補が花嫁になるとは俄に信じられなかった。



「そうだ、できん。だが予言がそう告げている。おそらく、なんやかんやがあるのだろう」


「なんやかんやって……」


「アンタ、わりと投げやりなところありますよね……」



 テトとヴェイツは肩をがっくりと下ろし、頂垂れる。



「あんたが勇者様?」



 ドロシーと呼ばれた少女が、しげしげとカインを見据えながら、問うてきた。



「そ、そうだけど」


「ふ~ん……」



 ドロシーはカインからガディウスへ視線を移した。



「ガディウス様、ほんとうにこの人があたしの将来の旦那様なの? 案外フツウなんだけど」


「んなっ!」



 カインは自分の顔を整っているとは思っていない。が、堂々と言われると頭にきた。何か言い返してやろう、と口を開こうとしたら、先に聖女フィリアがドロシーを叱った。



「ドロシー、めっ! ですよ」



 聖女フィリアが笑顔でドロシーを叱る。ドロシーは肩を竦めて、フィリアの方を向く。



「うっ、でも叔母様~」


「ドロシー。たとえそう思っても、素直に口に出したら駄目ですよ。人の心に傷を残してしまうことがあります。傷は痛いでしょう? ほら、謝りましょう」


「うう……」



 フィリアに促されて、ドロシーはカインに振り返る。



「わ、悪かったわね」



 そっぽ向きながら謝罪される。嫌々ながら謝った感があったが、とりあえず置いておくことにした。完全に許してはいないが。



「勇者様、ごめんなさいね。この子ったら、理想が高くて……」


「い、いえ。お、気遣いな、く……?」



 緊張で言葉が途切れ途切れになる。フィリアは微笑し、カインは少しばかり恥ずかしくなった。



「挨拶が遅れましたね。わたくし、フィリア・ユーズリシアと申します。モイラ教の聖女をやらせていただいております。名ばかりの聖女ですが、以後よろしくお願いします」



 はたして、聖女と今後も会うことなどあるだろうか。そう思ったが、カインは軽く自己紹介した後、頷いてみせた。



「ガディウス様。頼み事っていうのは?」


「聖女候補であるドロシー様を、旅に同行させてもらいたい」



 ヴェイツは瞠目した。



「旅に同行ですか? 聖女候補ってことは、ドロシー様は王族の方でしょう? 万が一、何かあったら」



 カインはきょとんとした。すると、背後からテトが囁いてきた。



「聖女っていうのは、王族の女性から選ばれるんだよ。大神官はそうでもないが、歴代の大神官はだいたい貴族の出らしい」



 なるほど、と心の中で納得する。なら、ガディウスは貴族の可能性が高いということになる。道理で、どこか気品があるわけだ。

 ガディウスは沈痛な面持ちで、目を伏せる。



「だが、予言にはドロシー様も旅に同行すると記されていた。どうか同行させてはくれぬか?」


「まあ、俺はアンタに雇われている身ですので断れませんが……」



 後頭部を掻きながら、ヴェイツはカインを一瞥する。ガディウスもカインを見た。



「勇者よ。予言が違えば何が起こるか分からない。引き受けてはくれぬだろうか?」


「は、はい。わかり、ました」


「かたじけない」



 ガディウスが頭を下げる。



「ドロシー様は世間に疎い方だ。色々と迷惑をかけると思うが、どうかよろしく頼む」


「ちょっとガディウス様! 迷惑かけるってどういう意味よ!」


「……まあ、こういうお方だ。世間のことを教えてくれると助かる」


「はぁ……」



 困惑しながら返答する。



「なによ、その返事! 頼りないわね!」


「ドロシー。そう怒鳴ったら駄目よ」



 フィリアが目くじらをたてるドロシーを宥めた。それを横目で見たガディウスは、眉間に人差し指を押し当て、大きく溜め息をついた。



「勇者様」



 フィリアがゆっくりとカインの許に歩み寄る。カインの前に立つと膝をついて、カインの両手を自分の両手で包み込んだ。ふわっと甘い匂いが鼻孔を擽った。



「少し気が強い子ですが、とても良い子なんですの。どうか仲良くしてやってくださいな」



 フィリアが微笑む。カインはどぎまぎしながら、頷いた。



「あと、もう一人、ドロシーに付き人を付けさせたいんだが」


「はぁ……もう一人ですか」



 ヴェイツが胡乱げに言う。



「女性でドロシー様の護衛でもある。腕が立つし、足手まといには絶対にならない」


「アンタがそう言うなら、そうでしょうけど……ま、確かにドロシー様の為になるでしょうね」


 男ばかりの一行に女が加わる。その女が思春期で、世間をよく知らない子供なのだ。同じ女がいてくれたのであれば、女特有の現象が起こり対応に困った時も頼りになる。精神的にもドロシーの為になるだろう。



「オレも構わな……構いません!」



 構わないぜ、と言い掛け、一拍置いて慌てて言い直す。



「かたじけない。リコリス、前へ」


「は~い」



 おっとりとした女性の声が聞こえた。その後に女性像の裏から、一人の女性が現れた。


 女性は二十代後半か三十代前半に見えた。ふくよかな体型で、お世辞にも痩せているとはいえない。丸くて縁が真っ赤な眼鏡を掛けている。苔色の髪はウェーブがかかっており、緩く一つに括っている。声もそうだったが顔もおっとりとしていた。優しげな黒目が細められ、女性は一礼した。



「リコリスです。ドロシー様の護衛です。どうぞ気軽に、リコリスと呼んでくださいな。よろしくお願いします」


「リコリスはドロシー様が言うことを聞く、数少ない人物だ。存分に使ってくれ」


「どういう意味よ、それ!」


「そういえばドロシー様。御挨拶と自己紹介がまだでしたな。ほら、礼儀の基本ですよ」



 しれっとドロシーの言葉を無視して、ガディウスが促すと、ドロシーはぐぬぬと唸りながら、カインたちのほうに向き直る。



「ドロシー・ユーズリシア、十四歳。次期聖女候補で、聖女フィリア様の姪よ。これから一緒に旅をするんだから、様呼びじゃなくて呼び捨てにすること! 堅い口調もなしよ! ということで、よろしくね!」



 よろしくね、と言っているわりにはふんぞり返っている。

 カインは、これからどうなることやら、と心の中で嘆息した。

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