天使が微笑む都 ハンティス
天使が微笑む都、ハンティス。それが首都の名前だ。
別名、白亜の都とも呼ばれているそこは、王が住む城も城下町の建物も、道路も、階段も全てが真っ白で、太陽を浴びた街並みは眩しく、目が眩みそうだ。だが、それでも目に焼き付けたいと思うほど、景観が美しい。ただ白いだけではなく、一軒一軒に細かい装飾や像が彫られていた。それだけではなく至るところに、様々な形の像が設置されている。
「すげぇ……」
行き交う人々の多さに、カインは口をあんぐりさせる。テトも目を見開き、喧騒を立てている人々の群れを見て立ち尽くしていた。
「この通りだけで、カンデレラの数十倍の人がいるぜ……」
「これでも少ないほうだぞー? 祭りが終わった後だからな」
「祭り?」
「そう。花祝いっていって、この都が誕生したことを祝う祭りなんだよ。王に代わって、領地を治めている領主の一族も集まるし、滅多に表に出てこない王族も出るから、王族を一目見ようと一般人も各地から集まってくる。見世物もたくさんあるから、世界一派手で華やかな祭りだといわれているんだ」
「へぇ。その時期に行きたかったなー」
「このレベルの群れに慣れていないんだから、むしろ被ってなくてよかったと思え。あの祭りの人の多さを舐めたら圧死するぞ?」
ヴェイツが真顔で囁く。テトが若干引きながら、訊ねた。
「そ、そんなに多いのか?」
「多い。昔、子供が押し潰されて死んだ事件があったくらいだ。その子が生きていたら、俺と同じくらいだっただろうな」
「そういえば、ヴェイツって何歳だ?」
「俺? 二十九だけど」
「思っていたより若いな!」
「カイン? それはどういうことかな?」
ヴェイツが笑顔で、カインの頭を拳でぐりぐりと抉る。
「たたたたたた! ちょ、なんで怒っているんだよ!」
「あー……ヴェイツ、悪い。悪気はまったくないんだ」
「そっちのほうが質悪くないか?」
テトがヴェイツを窘めると、ヴェイツが肩をすくめながらカインを解放した。抉られた場所を擦り、カインは唇を尖らせる。
「たく、なんで大人っぽいってだけで怒るんだよ」
「言ってねーから」
「それを言ってくれたら、悪い気はしなかったが……」
ヴェイツがテトに振り返る。
「なぁ、テト。俺って老けて見えるか?」
「あー、そうだな……二十九なのに貫禄があると思うぞ」
「なぁなぁ! 神殿ってどこにあるんだ?」
モイラ教の本殿、サイファー神殿に赴き、大神官ガディウスと面会する。それが今の目的だ。ガディウスと会えば、これから何をするべきか教えてくれるという。
「神殿は外れのほうにあるぞ」
「中央区じゃないんだな」
「礼拝堂はある。が、神官たちが暮らし、修行している神殿は岩山にあるから外れのほうにあるんだ。大神官はそこからあまり出ない。月に一度、中央区にある礼拝堂に教典を読みに行くくらいだな」
「王様といい、大神官といい、外に出ないとかもったいねぇな」
「それくらい忙しいってことよ。今日中に面会は無理だろうから、神殿には紹介状を渡して、日程を訊くくらいしかやることがないな」
ヴェイツがカイン宛に持ってきた手紙は、ガディウス直筆の紹介状だった。それをサイファー神殿の門守神官を見せれば面会出来るという。ただ、ヴェイツが言っていた通り、紹介状を持っていった日に面会するのは無理だ。
「まずは宿を確保するか」
「はい! オレ、腹が減った!」
そろそろお昼時だ。ずっと保存食ばかりで、いい加減にまともな食事にありつけたい。
「宿を確保してからな。その後、美味い店に案内してやるよ」
「マジで!? なら早く宿確保しようぜ!」
「中央区の宿は高いから、ここら辺の宿にするぞ。俺から離れるなよ」
ヴェイツが歩き出す。周りを見ながら歩きたがったが、迷子になることは確実なので、余所見をしたい欲求を抑えながらヴェイツの後を必死に付いて行った。
宿を無事確保出来た一行は、ヴェイツお薦めの店で食事し、腹が膨れたところでサイファー神殿に向かった。
サイファー神殿は都の外れ、というより端の場所にあった。サイファー神殿は岩山に大理石で出来た小さな神殿をいくつも築き、それを総称した名前なのだという。下から見ても、至る所に小さな神殿が点在しているのが分かる。
岩山の名は、グランベ岩山といい、この大陸で一番標高が高い岩山らしい。一番空の神に近い場所として頂上を聖地とし、その頂上を誰も通らせないために頂上に続く唯一の道の上にいくつもの神殿を建設したのだという。神殿一つ一つが関門のような役割を果たしているということになる。
岩山の麓には、岩山への入り口の役割を持つ神殿がある。そこにいた門守神官に紹介状を渡し、ガディウスといつ面会できるか、ガディウスの付き人と会い確認してもらうと、明後日の朝には面会できるということだ。
細かい時間を聞き、神殿を後にした一行は、今日は休んで、明日は買い出しのついでに都を回ることにした。初めての旅でもあり、カインは自覚はなかったが身体は思っていた以上に疲労が溜まっていたらしい。周りを警戒する必要もないのもあり、宿のベッドに寝転がった直後、睡魔が襲ってきて起きた時は朝日が昇っていた。
宿の主人にもう一晩泊まると伝え、一行は市場に向かった。ヴェイツから離れないように注意しながら、品物を見た。
どれもカンデレラでは見たことがない物ばかりで、思わず目移りしてしまう。
あれもこれも気になる、ときょろきょろしていると、ある事に気が付いた。
食品や日常品も売っているが、それ以上に絵や小さな像、鮮やかな食器、奇妙な形の食器を売っている人が多いのだ。
「なぁなぁ。絵とか売っている人ってなんだと思う?」
こっそりとテトに訊くと、速攻で答えが返ってきた。
「芸術家の卵だろ」
「芸術家の卵?」
「テメェ……まさか、ばっちゃんから教えてもらった、都のことを全然覚えてないとか言わないよな?」
「習ったっけ?」
するとテトは、盛大な嘆息をついた。
「さすがにばっちゃんが可哀想になってきた……」
「オタクら、どうしたよ」
先に歩いていたヴェイツが振り返り、訝しげに二人に声を掛ける。
「この馬鹿が都の最低限の知識すら覚えていないことに、嘆いていたところだ」
「馬鹿っていうな! 馬鹿って言った奴のほうが馬鹿なんだぞ!」
「テメェは、自分が馬鹿だっていうことを自覚しやがれ!」
「まーまー。こんな所で喧嘩するんじゃないの。で、都の最低知識って」
「芸術のことを知らなかった」
「あー……それは、なぁ」
ヴェイツが苦笑する。
「カイン。昨日言ったハンティスの別名覚えているか?」
「たしか、白亜の都だっけ?」
「それ以外にもう一つ、別名があるんだ。それが『芸術が花開く都』だ」
「芸術が花開く都?」
ヴェイツは頷く。
「何代か前の王に、芸術をこよなく愛する王がいて、その王がもっと良い芸術が見たいと、芸術家優遇の法とか学校とかを作ったんだよ。たとえば、税を減らすとか。それが今も続いているから、次々と新しい芸術が生まれ、ハンティスは芸術家や芸術家の卵がたくさんいるわけ」
カインがぽんっと掌に拳を乗せた。
「ああ! だから都が、村のお得意様だったわけか!」
「今更かよ」
「カンデレラ産の石は高級品だから、名の売れた画家の御用達なんだよ」
へ~、とカインは感興に呟いた。
風車の修理をしていたが、たまに製粉の手伝いもしていた。風車の力で臼に入れた鉱石を粉状に砕いて、それを大小様々な袋に詰めて、絵の具の材料として出荷される。
その出荷された材料が絵の具になって、絵画の一部になる。そう思うと感慨深かった。
「あ、ということは、そこら辺の像とか、店の中にあった絵画って」
「全部ハンティスで育った芸術家たちの作品だな。大体は依頼されて製作されたものだが、中には芸術家が勝手に彫ったり描いたり、完成した作品を勝手に置いたのが、そのまま放置されている物もある」
「自由だなぁ。怒らねぇの?」
「芸術家には寛容なんだよな、ハンティスって。その代表なのが、広場の中央にある、初代国王モーゼス・デュランゴ・ハンティス一世の像だな。あまり売れなかった若い彫刻家が、処罰覚悟で広場中央に置いたら、当時の王様が像をえらく気に入ったとかで、そのまま設置されることになったんだとよ」
「それ、見てみたい!」
「買い出しが終わったらな。今日はたくさん時間があることだし、ゆっくりと見て回ろうや。案内してやるよ」
「あのな、おれたちは観光で来たわけじゃ」
苦言を申すテトの肩を、カインがぽんと叩く。
「固いこと言うなよ~。いいじゃん、どっちしたってやることないし」
「息抜きも大事だぞー。じゃ、ちゃっちゃっと終わらせるか。これ、持ってくれるか?」
抱えていた紙袋をテトに渡し、ヴェイツはゆっくりと歩き出す。テトは溜め息をついてヴェイツの後を追い、カインもそれに続いた。
「そういえば、鳥の彫刻も多いよな」
店の先、窓枠、像、様々な場所に鳥の彫刻が置かれている。鳥の姿は見たことがない種類のもので、神秘的な姿をしていた。それぞれ形状は微妙に異なるものの、同じ鳥を象っているようだった。
「ああ、あれな。初代国王が戦で味方とはぐれて迷った時に、上空を飛んだ鳥を象っているんだ。巨大な鳥で神秘的な姿に惹かれるように、その鳥を追いかけたら味方と無事に会えたんだとよ。それにちなんで、迷った時に道標を示してくれる縁起物として、その時の鳥をモチーフとした商品が出てくるようになったわけだ。商品だけじゃなくて、ああいう感じで、建物に彫る場合もあるんだ」
「へぇ」
カインは店の門の上に刻まれた鳥の彫刻を見上げた。
「あ、ちなみに勝手に彫られたヤツに隠れ羊っていうのがあって、ハンティスの至る所で彫られているんだが、それを全部見つけた人は幸せになれるっていう言い伝えが」
「マジで!? 観光ついでに探そうぜ!」
「どう考えたって、今日中は無理だろーが!」
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