魔物との戦い

 都へ続く旅路は、今の所順調に進んでいた。

 賊や魔物に襲撃されることも、進行を遅らせるようなトラブルもなく、九日目が過ぎようとしていた。



「なんかさ、村の外を出たら魔物と戦いまくるものかと思ってた」


「あの村周辺は、魔物がいなかったからな。が、都に近付いているから、いつ魔物が出てきてもおかしくない。油断するなよ」


「おう!」


「って言っても、ここは見晴らしいいから、そんなに気を張るなよ」



 背負っているショート・ソードに手に掛けたカインに、ヴェイツが言う。

 ヴェイツの言うとおり、見晴らしが良い。森はなく、舗装された道と足首ほどまでしかない草の野原がずっと続いている。

 隠れる場所はないが、奇襲の心配はない。



「最近は魔物がそこら中にいるって聞いたけど、そうでもないんだな」



 テトが呟く。

 村を出発して五日まで、様子がおかしかったが、今は普段通りに戻っていた。



「影響出るほどでもない気がするよな」



 カインがテトの言葉に同意すると、ヴェイツが説明を挟んでくれた。



「十六年前までは、襲撃してくるのは賊と野生の動物くらいだったんだが、いつだったか。魔物が突然出てきて、てんてこまいだったわけよ。商人の馬車が通る経路にも、魔物が出てくるわ、正体が分からないから安全が確認できるまで出せないとかで、貿易に支障が出始めたんだよ」


「へー。魔物ってわりと最近出てきたんだな」


「それ、ばっちゃんが言ってただろーが」



 テトが呆れ顔でカインを見る。



「ま、今でも魔物のことはよく分かってないんだよ。お偉いさん曰く、魔王が魔物を作ってこっちの世界を征服しようとしているらしいが」


「こっちを征服しようとしている魔王を倒すのが、オレの使命ってことだよな!」


「そういうこった」



 カインの溌剌した言葉に、ヴェイツが頷く。



「魔物の研究は進められているが、まだ分かっていないことのほうが多い。商人も安全に物を運ぶために、俺たちみたいな傭兵を雇うわけだ。それで金がかかっちまうから、運ぶ頻度も落ちる。それで、物流が行き届いていないってことだ。だからけっこう影響が出ているわけ」


「傭兵は大忙しってことか?」


「そうだな。傭兵っていうのは、物騒な世の中ほど儲かる職業だ。俺たちにしたら、ありがたいことだよ」


「でも魔王倒したら、魔物が消えてブツリュー? も前みたいに戻るんだろ? ヴェイツは儲からなくなるんじゃないか?」


「ま、俺にも事情があるわけよ」



 ヴェイツが肩をすくめる。



「事情って?」


「大人の男は秘密を隠して、魅力が上がるっていうもんだ」



 カインは、ふーん、と興味なさげに返す。秘密を隠して、何故魅力が上がるのか分からないが、深く訊かないほうが良さそう、というのは分かった。



「……おい」



 テトが低く、二人に呼びかける。



「あれ」



 テトの視線をなぞると、その先には何かが蠢いていた。

 距離はかなり離れている。だが、人ではないことは確かだった。


 影は二つある。一つは丸く、身体が棘で覆われている茶色い生き物。あとの一つは蛇のような胴体で、斑模様。二匹の生き物は、子供と同じ大きさのように思えた。



「ヴェイツ、あれって」


「あれが魔物だ」


「あれが……」



 初めて見た魔物をしげしげと見つめる。

 想像していた魔物と比べると、大人しそうに見えた。そして小さい。


 あれが、魔王が作り出した化け物。人類の敵。


 魔物は怖いだろうな、と思っていたが、恐怖心よりも好奇心が勝って、もっと近くで見てみたいと身体がうずうずし始めた。



「トゲルゥとスネイか。運が良いな。初心者にはうってつけの魔物だ」


「トゲ……?」


「トゲルゥはあの棘の魔物。スネイは蛇の魔物のことだ。毒もないし、良い練習相手になるぞ」


「と、いうことは……」


「これから何が起こるか分からないからな。今の内に魔物との戦いに、慣れたほうがいいぞ」


「それはまあ、確かに一理あるけど」



 渋るテトの背中を軽く叩く。



「心配するなって! 絶対にテトの所に来させないからさ!」


「そうそう。後衛を守るのも前衛の役目よ」


「おれはカインの、その根拠のない自信が不安なんだが」



 半眼になってテトはカインを睨んだ。



「さて、作戦会議でも行くか。あっちはこっちにまだ気づいていないし」



 ヴェイツが二人を手招きする。二人はヴェイツに近寄った。



「まず言わせてくれ。カインが覚えられないから、簡単で頼む」


「馬鹿にするなよ!」


「なーに。そこまで長くはならないから」



 ヴェイツは魔物を気にしながら、二人を屈ませると声を潜め、二人に言う。



「いいか? トゲルゥは棘付きの殻で内蔵を守っているんだ。棘も長いから、まずカインのショート・ソードでは、殻まで届かないし、届いたとしても殻は割れないだろう。だから、トゲルゥの相手は俺がする。二人はスネイを頼む」


「スネイの特徴は?」


「スネイは獰猛だ。胴体は蛇寄りだが、敵を締め殺さない。が、スネイの武器は鋭い歯だ。噛みつかれないように気を付ければ、問題なく倒せる」



 トゲルゥは頑丈、スネイは歯に気を付けろ、とカインは要所を頭に練り込ませた。



「要約すると、トゲルゥは俺に任せろ、スネイには噛まれるな、死ぬ気で避けろ。以上だ」


「もし、スネイに噛まれたらどうなるんだ?」


「さっきも言った通り、毒はない。が、噛まれたら大怪我間違いなしのダメージを負う」


「大怪我……」


「大出血するぞ。こう、ドバーと」



 ドバー、と手で表現するヴェイツに、テトが小さな声で張り上げる。



「どこが初心者向けの魔物なんだ!?」


「まーまー。魔物は大体そんなもんだって。一匹だけだし、気を付けたら噛まれないって。応急処置すれば、生き残れるから。ただ、癒しの魔法使える奴いないから、怪我はよしてくれ」


「魔法か~。そういえば、習ったことないな」



 村に魔法が使える大人はいなかった。だから、魔法と聞いてもあまりピンッと来ない。


 魔法は素質がないと使えなく、どんなに魔法を使いたくても素質がなければ話にならない。素質があったとしても、本人や周りに気付かれにくく、そのまま埋もれてしまう例も少なくはないという。


 魔法のことは小難しそうで自分とは無縁だと、大して興味はなかった。



「おし! やってやるぜ!」


「テメェのそのやる気、一体どこから出てくるんだ……」



 呆れ気味に呟きながらも、テトは諦めたかのように溜め息をついた。



「よし、それじゃいっちょ行くか!」



 ヴェイツがグレイヴを片手で構える。二人も各の武器を構えた。


 魔物が同時に後ろを向く。それを見計らって、ヴェイツが走り出す。カインもその後を追いかけた。


 足音が聞こえたのか、魔物が振り向く。トゲルゥの棘がぶるりと震え、棘の根本が光り始めた。その光が先端まで届く前に、ヴェイツがグレイブを振りかざす。


 グレイヴは棘をへし折りながら、重力に従い、殻を叩き割った。まるで、瓶を割ったような甲高い音と共に、金茶色の何かがトゲルゥから吹き出した。



(すげぇ……一撃で倒した)



 ヴェイツの鮮やかな一振りに見惚れていたが、テトの一喝で我に返る。



「余所見するな! 来るぞ!」



 カインはショート・ソードを構え直し、スネイを睨んだ。


 近くで見たスネイは、よく知っている蛇とは大分異なっていた。

 瞳孔が開いた丸い目に、鳥の嘴のような口。顔よりも大きくて平べったいが肉厚が逞しい。蛇のように絞め殺さないのは、見るからに蜷局を巻けない身体だからなのだと分かる。


 スネイがカインをじっと見つめる。敵意があるのかないのか、感情のない目からでは窺えない。

 スネイが口を大きく開く。口内には鋭い歯がびっしりと詰め込まれていた。

 スネイは口を開いたまま、飛びかかってくる。


 それをショート・ソードで受け止める。スネイの歯は、剣と渡り合えるらしい。ショート・ソードの両刃を咥え、ガチッガチッと両刃と歯がかち合う音が聞こえてくる。


 スネイはショート・ソードを喰うつもりなのかと思わせるほど、ショート・ソードを離さない。力も強く、このままだと力負けして、ショート・ソードを落としてしまいそうだった。

 すると、矢がスネイの胴体に突き刺さり、スネイが剣から離れた。



「カイン、今のうちにトドメを!」



 テトの叫びに柄を強く握り締め、怯んでいるスネイにショート・ソードを振りかざす。頭を斬り裂き、血潮が吹き出た。スネイが地に倒れる。ピクピクと痙攣した後、動かなくなった。


 一息ついて、カインはショート・ソードに付いた血糊を軽く振り払い、鞘に収めた。



「ご苦労さん。初めてにしちゃ上出来だ」



 ヴェイツが歩み寄りながら、二人を褒める。



「思っていたより、大したことなかったな」


「二匹だけだったからな。もちろん多数の群れで行動する魔物もいるから、気を引き締めろよー」


「分かっている」



 テトとヴェイツが話し合っている中、カインは先程殺したばかりのスネイの死骸を眺める。その時、スネイの目が鈍い光を発した。


 まだ生きているのかと思い、警戒しながらその目を覗き込む。すると、頭がぼんやりとし始めた。


 警鐘が鳴り響く。これ以上はいけない、と。だが、スネイの目から、目が離せない。抗えない。


 妖しく光る目に惹かれるように、吸い込まれていく。


 吸い込まれ、沈んで。そして、蒼い、闇が見えた。

 蒼い闇。それは不思議と懐かしく、まるで母の腕に抱かれたような心地に包まれた。

 そして。



「カイン! 行くぞ!」



 テトの声に、一気に現実が戻ってきた。

 スネイの目を勢いよく逸らし、テトに顧みる。



「お、おう!」


「? どうした?」


「なんでもない! 早く都に着かないとな!」



 スネイを一瞥する。スネイの目は濁っており、息絶えていることを教えてくれた。

 胸を撫で下ろす。もう、あの妖しい光はない。


 振り払うように、スネイの死骸から目を逸らし、歩き出す。背中に視線が突き刺さっているのを感じたが、それに気がつかない振りして二人の許に駆け寄った。



(さっきのは、なんだったんだ……?)



 考えても分からない。あの蒼い闇が、瞼の裏にこびり付いてしまい、とても深く考えられない。

 だが、助かった、と何故かそう思った。

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