誕生日の夕食
その日の夕食は、ハンナが腕に磨きをかけて、カインの好物を沢山作ってくれた。
コンソメスープ、ハンバーグ、ウィンナー入り卵焼き、そして大好物のチキンカレー。
チキンカレーの鳥肉は、今朝テトが穫ってきてくれた鳥の肉を使用している。カインがヴェイツと会っている間、届けてくれたのだと、ハンナが教えてくれた。
お礼を言いに診療所に行こうとしたが、テト君も準備で忙しそうだから、とお礼は出発前に言うことになった。
呼ばれて台所に向かうと、既に料理は並べられていて、カインは目を輝かせた。
「うまそ~!」
「美味しそう、でしょ!」
「まーまー。今日くらいいいじゃないか」
注意するハンナを、ゼイロが窘める。
「しかし、このチキン、大きいなぁ」
「でしょ? テト君がすごく大きな鳥を穫ってくれたから、一羽丸ごと使っちゃった」
メインのチキンカレーの肉は、一つ一つが大きく、一口では収まりそうにない。ピリッとした香辛料の香りが、鼻孔を掠め通り、胃袋を刺激する。
ぐぅと腹が鳴った。ゼイロとハンナが笑う。
「そろそろいただこうか」
「そうね。わたしもお腹鳴りそうだわ」
皆が食卓に着き、両手を組む。
「空の神よ。あなた様の導きにより、今日も生きてこれました。あなた様に感謝を」
「サリュス」
「サリュス!」
夕食前の挨拶を済ませ、さっそくチキンカレーを一口頬張った。
「カインの服は出来たかい?」
「ええ! なかなか良い出来映えに仕上がったわ。そっちは準備完璧?」
「もちろんさ。皆がくれたプレゼントとヴェイツさんも手伝ってくれたおかげで、思っていたよりも充実したよ」
「よかったわ。たった五日だから不安だったけど」
「村の皆には感謝しきれんなぁ」
チキンカレーを半分程食べ、次はウィンナー入り卵焼きを口に入れる。そして、コンソメスープで休憩をとる。
「カイン、村の人たちの思いに応えて、絶対に魔王を倒すのよ」
「おう!」
「返事は、はい、でしょ」
「はははは。結局、口調は直らなかったな」
ゼイロが笑いながら、ハンバーグを食べる。
「それにしても、もう十六歳になったか……早いものだな」
感慨深そうにゼイロが呟いた。
「ほんと、月日が流れるのは早いわね。子供を産んだ頃は、まだピチピチだったのに、今じゃすっかりおばさんよ」
「ハンナは今も昔も綺麗なままだよ」
「そんなこと言っても、高いお酒は買わないわよ」
「本当のことなのになぁ」
両親の惚気を右から左に流し、水を飲む。そして残りのチキンカレーを頬張った。
「おかわり!」
「もう一杯目食べたの? もっと。ゆっくり食べなさい」
「だって母さんのチキンカレー、しばらくお預けなんだぜ? いっぱい食いたいじゃん!」
「だからってもう」
ハンナは苦笑する。
「カインは、母さんのチキンカレーが本当に大好きなんだから、しょうがないよな?」
「な!」
「たく、そんなに煽てて。いっぱい食べてくれるのは嬉しいけど、急いで食べると身体に悪いからゆっくり食べなさい?」
「おう! とりあえず、おかわり!」
「はいはい」
ハンナがカインの皿を持って、料理場に行く。その背中を見ていると、ある事に気付いた。
カレー鍋の横に、見覚えのない小瓶が一つ置かれていた。中身はない。
「なぁ、母さん。その小瓶、前からあったっけ?」
「あ……ああ! この小瓶ね!」
ハンナが慌てた様子で、小瓶を鍋の影に隠す。
「塩、そう塩よ。これね、エルザ様が風車を直してくれたお礼にって、貴重な塩をくれたの。せっかくの記念すべき日の前日だから、全部使おうかなって」
「なんで隠すんだよ」
「隠し味を見せられないじゃない」
「は、ははは。ハンナ、言ったら隠し味じゃなくなるじゃないか」
「そ、それもそうね」
両親が笑い合う。空笑いに見えて、カインは首を傾げる。
「しかし、ここまで無事に育ってくれて嬉しいよ」
ゼイロが話を変える。
「カインが井戸の中に落ちた時は、ダメだと思ったが……いやぁ。なんとかなるものだな」
「え!? オレ、井戸に落ちたのか!? 初耳なんだけど!」
「ああ、そういうこともあったわね。カインが四歳の時かしら? そこの井戸に落ちたのよ」
ハンナが指した方向は、家の中にある小さな井戸だ。カンデレラの地下には、地下水が溜まっている大きな湖がある。各家には、そこに繋がっている小さな井戸があり、風車の力で水を汲み上げている。
「普通は死ぬのに、引き上げた時は無傷だったんだよ。あの時はびっくりしたよ」
「それってオレが勇者だからかな? 勇者の奇跡とかそんな感じで」
「だと思うぞ……カイン」
「ん?」
盛られたチキンカレーを受け取りながら、ゼイロを見る。
「魔王を倒したら、またこうしてチキンカレーを食べよう」
「もちろん! さっさと魔王倒して帰ってくるからな!」
元気良く返事して、二杯目のチキンカレーを頬張る。ゼイロの様々な感情が入り混じった表情が気になったが、母から振られた昔話に返していくうちに頭の隅に追いやってしまった。
「あ~……食った食った」
腹を撫でながら、ベッドに寝転がる。風呂も入って、後は寝るだけだ。
(寝るだけ、か)
ごろりと寝返りを打って、天井を仰ぐ。
(このベッドで寝るのも、今日で最後、か)
いや、最後ではない。絶対に帰って、テトと狩りに行き、父の仕事の手伝いをし、また両親と食卓を囲んで、このベッドで寝るのだ。
そう信じているのに、寂しさが胸を突き抜ける。
(しばらくのお預けって考えればいいよな)
両親ともっと話しておきたがったが、明日は早いから、と早く寝るように促された。しばらく会えないというのに、あっさりした対応の両親だ。不満はあるものの、執拗に引き止めようとしないだけいいかもしれない。引き止められたら、その手を取るかもしれないから。
左手を翳す。相変わらず、変化のない甲をぎゅっと握りしめた。
「なんとかなる、よな」
紋章が現れていなくても、自分が勇者だ。それは揺るぎようがない。
「うん。大丈夫だって」
言い聞かせながら、左手を下ろす。
天井をぼんやり眺めていると、急に眠気が襲ってきた。
旅立つ前日。旅立ちの日を告げられたあの日のように、なかなか寝付けないと思っていたのに、気持ちとは裏腹に、ぷつりと、意識が切れた。
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